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失翼の龍操士と霹靂 3話

『さあ、早く背に乗ってください』


 そんな言葉に促されて、俺は恐る恐る白い龍の体に触れる。

 固くひんやりとした白い鱗、かつてのノエシスは赤い鱗を持つ赤龍だったから、その外見は似ても似つかないはずなのに、何処か懐かしい感じがする。


 試しにそのまま、魔力同調をさせてみる。

 問題なくちゃんと同調した……。


 龍操士(りゅうそうし)が契約できるのは……生涯にただ一頭だけ。だから俺と魔力同調が可能なのは、死んだノエシスだけのはずだ。

 流石にこうなると認めざるおえなかった。彼女は自分にとって特別な存在で、もしかすると本当にノエシスの生まれ変わりなのかも知れないと……。


 そうなってくると別の疑問も多々あるが、今は魔力嵐の方が優先であるため考えるのをやめた。


 まず龍と同調させた魔力を使って、その龍と自分に合わせた手綱と鞍を造る。

 これは毎日龍に乗っていたあの頃は息をするようにやっていたことだが、十数年もブランクがある今となっては少し不安だった。しかし不安とは裏腹に、感覚は鈍っていなかったらしく、自分が思った以上に簡単に手綱も鞍も造ることが出来た。


 しっかりと装着された、手綱と鞍の手応えを確認し、これなら上に乗れそうだと頷く。

 その乗るべき背中の高さは、ちょうど俺の顔の高さ程、それに手をかけて、自分の体を一気に持ち上げ、その背に跨った。


 どうにか龍の上に乗ることができたところで、俺は改めて辺りを見渡す。

 十五年ぶりの龍の背に乗ってみる景色、その懐かしさと信じられないような感情に同時に襲われて、思わず手が震えていた。


 だが視界に入った黒い渦状の魔力に、ピタリと体の震えを止める。


 そうだ、今は感傷に浸っている場合ではない。一刻も早く魔力嵐(まりょくあらし)を止めなければ。

 改めて深呼吸をして、目標である山間の崖にある魔力嵐を見据える。

 黒く染まった中心から溢れだす魔力の奔流、それ自体が轟々と音を立てながら、近くの崖を僅かながら削り取っている。


 そう、まだ僅かだ。時間がたてば経つほど広がっていくものではあるが、今ならまだ初期段階で被害も軽微なまま食い止められる。


「行くぞ」


 覚悟を決めると自然と口から、そんな言葉が出ていた。

 それに対して心底嬉しそうな『はい!!』という返事が即座に返ってくる。

 ……本当に妙な気分だ。


 俺は同調させた魔力から、飛び立つようにと指示を送る。

 すると彼女は助走もなく、翼を力強く羽ばたかせることで、一瞬にして上空まで舞い上がった。

 っっ!?!? こ、こんな力技を軽々するなんて……もしかしてノエシスよりもずっと能力が高い龍なのか?


 いや、それよりも今は目の前のことに集中しなくては、龍繰(りゅうく)りの最中に他のことに気を取られるのは危険だからな。



 空に上がったら次は、魔力嵐からほどほどに距離を取りつつも、それが観察が可能な程度の距離と速度での飛行指示を出す。

 何はともあれ、まず必要になってくるのは、発生している魔力嵐に対する観察と分析だ。特に今回は周りの地形をよく理解する必要があるだろう。


 何故なら俺たちはこれから、魔力嵐の周囲を飛行して空中に魔力嵐を消し去るための魔法陣を描く必要があるからだ。

 危険極まりない魔力嵐の周囲をすばやく飛行して、その周りから覆いかぶせるように立体的な魔法陣を空中に描く。これが魔力嵐を消す唯一の方法なのだ。

 そしてその魔法陣は、龍が飛んだ軌跡がそのまま線として引かれることになるので、正確無比に飛行する能力が必要不可欠だった。


 だからこそ魔力嵐への対処は、それなりの技量を持つ優秀な龍操士が担うことになる。

 加えて今回は魔力嵐が発生した場所の地形が、山間の崖付近という悪条件も絡んで、普通の魔法陣を描くだけでなく、どうしても地形の関係で線が引けない分を補う改変まで必要になってくる。

 普通に描けない箇所は他で補って、それでも魔力の流れや術の発動に問題ないように、全体のバランスも調節する……面倒ではあるが、そういう能力だけが自分の取り柄だから、まぁ上手くどうにかするさ。


 そうなると一番の問題はやはり、他でもない俺自身の龍繰りの技術と彼女()の飛行能力との兼ね合いになってくる。

 そうなるとまず懸案事項が、龍繰りの腕が錆びついてる可能性に。そもそも彼女と飛ぶこと自体が初めてで、そこまで能力の把握が出来てないこと。これだけとっても不安要素だらけだ。


 なのにそんな不安を差し置いて、明確な根拠もなく、こんな感情が俺の中で溢れて止まらなかった。


 ——ノエシスの生まれ変わりなら、失敗することなんて絶対に有り得ない。



 奇妙な気分だった。まだ頭では完全にそれを事実として受け入れたわけじゃないのに、俺の中の感情はまるで昔の相棒と再会した気でいるんだ……もしかしたら、ここまでが全て今朝見ていた夢の続きなのかもしれねぇな。


「ははっ」


 自分の考えに思わず笑い声が出る。

 とても馬鹿げた夢だ。だけど夢だとしてもせっかくなら、いい夢で終わらせたいよな。

 よし、最後まで全力でやりきってやるよ!!



 更に意識を深く集中させ、龍との魔力同調も強固にする。

 龍操士が、龍との間で魔力同調を行う理由は主に二つある。まず一つ目が、それによってありとあらゆる事細かな指示や、意思疎通が一瞬にして可能になるからだ。先程からの指示も全て魔力同調によるものだ。

 二つ目が、龍が保有する魔力を、龍操士自身の魔力のように扱えるようになることだ。

 先程も少しだけ魔力を借りて、手綱や鞍を作ったが、次はそういうちょっとしたものではない。

 そう、これから描く魔法陣は、その魔力同調によって龍から借りた魔力を使って描くことになる。龍というのは、総じて人間よりも遥かに魔力の保有量が多い。魔力嵐を消し去るための魔法陣には相応の魔力をつぎ込む必要があり、人間だけの量ではとてもじゃないが間に合わない。

 だから魔力同調によって、その多量の魔力を借り入れることで、魔力の不足を補い魔法陣を描くわけだ。


 さて、これから描くための魔法陣の改変も脳内で完了した。必要な飛行ルートも目星をつけた。

 ……後は指示を出すだけだ。



 頼むぞ……お前が本当にアイツの生まれ変わりだと言うのならば、他でもない今ここで証明してくれ!!


 俺が思考を共有し、魔法陣を描くルートを飛ぶように指示を出すと、彼女は真っ直ぐに指示した場所へと勢いよく突っ込み、白く輝く魔力の軌跡を残しながら、俺の思い描いたルートを綺麗になぞるように飛行を始めた。

 本当に綺麗に、完璧に、俺が考えていた通りの飛行をしてくれて、みるみるうちに魔法陣が描きあがっていく。


 俺自身、何かしらの間違いがないか常に気を払っているが、そんなものは一つもなく、ただただ気持ちのいいくらい、想像とピッタリな線が引かれていった。


 そして数分も経たずに魔法陣は完成して、俺は彼女()に魔法陣と魔力嵐の双方を十分に見ることが出来る位置まで離脱するように指示を出す。


「出来たな……」

『はい、ソロの組み立てる魔法陣はいつ見ても美しくて完璧です!』


 誉め言葉はともかくとして、本当に完璧だった。俺が頭の中で考えていた魔法陣が寸分の狂いなく再現されている。これならば問題なく魔力嵐を消せるだろう。

 ……よし、最後の仕上げだ。


 最後の魔法陣の起動は、魔力同調をしつつ龍と息を合わせて行う。元が龍の魔力だから発動には、本人()の後押しが必要になると言うわけだ。


「発動させるぞ」

『はい!!』


 魔法陣の発する魔力が強まり、魔法陣自体がまばゆい光を放つ。

 その魔力と光が最高潮まで強まった次の瞬間、辺り一面が閃光に包まれ、魔力嵐はその僅かな痕跡のみを残し綺麗に消え去っていた。


 …………消えた、魔力嵐が。


『やりましたね、ソロ!!』

「あ、ああ……」


 本当に俺がやったのか……また昔のように魔力嵐を消せた?


 今までは魔力嵐で被害が出ないようにと必死だったが、その緊張感がなくなると、全てが夢を見ているみたいに思えて、頭がぼーっとする。


 ああ、風がとても心地良いな。


『ほらね、やっぱり!!()()()()()()()()()()()()()ですよねっ!!』

「!!」


 気が抜けて、ぼんやりとしてしまっていた俺の脳内に、そんな言葉が急に響いてきて、思わずビクッとしてしまった。

 だってその台詞は、俺がかつてのノエシスへ幾度となく掛けていた言葉と同じだったから。

『やっぱり俺たちのコンビは最高で最強だな!!』

 そんなかつての声が脳裏に蘇った瞬間、俺の口から思わず言葉がこぼれていた。



「ああ、本当にお前はノエシスなんだな……」


 一度認めると様々な感情が溢れてきて、涙が出そうだった。


『っっ!!!!!』


 なのに、唐突に送られてきた強烈な念波のようなもののせいで、その涙は引っ込んでしまった。もっと正確にすると、急にぶん殴られて引っ込まされた感覚に近い。

 なんでだろう、相手はなんの言葉も発していないのに、とても頭の中がうるさい。彼女の今の感情が脳内に直接叩きつけられたような感覚だ。


『やっと……やっと分かってくれましたね!!最初からずっとそう言ってたのに!!』

「悪かったよ、信じなくて……」


 そう言いつつも、あんな言動を普通、素直に信じるものでもないだろうと。心の中でそっと付け加えた。


『私、生まれ変ってからも、ずっとずっとソロに会いたくて……だから沢山頑張って、探して……でも中々見つからなくて』

「そうか、探してくれてありがとうな」

『それは当然ですよ!!ソロと私は最高のパートナーで、運命の相手なんですから!!』

「んー、その言い方はちょっと語弊がありそうかな」

『何故ですか、どこもおかしくありませんよ』


 前々から思っていたが、この子の言葉選びの感性は色々とアレかもしれないな。


「そういえば、君……エレアは、どうして龍の姿だったり、人の姿だったりするの?」

『それはもちろん、ソロのパートナーだからです!!』

「それは理由になってないかなー」


 あれれ、もしかして、この子からちゃんと事情を聞こうとすると、相当大変になる感じのアレかな。気になることだらけなのに、色々聞いてみてもその疑問がどれほど解けるのか分からないぞ……。


 そんなことを考えていると、遥か彼方に見える地平線から太陽が出てきて、その眩しさに目を細めた。

 ……ちょうど夜も明けたか。徐々に地上が明るく照らされてゆくその光景は、まるで世界そのものが夢から覚めていくみたいだ。


「とりあえず、地上に降りようか?」

『はい!』




 ~・~・~・~・~・~・~・~




 そんなこんなで、なるべく目立たないような場所を選んで地上に降り立ち。そこでごく自然に人の姿に戻ったエレアと共に、なるべく人に見られないように気を付けて家まで戻ってきた。

 いや、昨日の隠し子騒動もあるし、そこは一応ね?


「ここが今のソロのお家ですか?」

「そうそう、狭いし汚くてゴメンな」


 一応、片付けること自体はしているので、散らかってはいないが、元が古くてボロい場所なので、どうしても汚く見えてしまう。


「私がノエシスの時に使っていた、龍用の厩舎(きゅうしゃ)より遥かに環境が悪いのでは……」

「うぐっ」


 もっともな言葉に俺の精神へダメージが入る。だってこの辺って、そもそも良い賃貸がないし、俺自身個室で寝る場所さえ確保出来ればいいと思って最低限で選んだから。

 ちなみに龍用の厩舎は、物凄くキッチリとした建物で隙間風も入らず、魔導式の冷暖房も完備しているスーパー物件だ。全く比べ物になんてならない。


「そうだ、厩舎で思い出しました」

「ん、何を?」

「前世の私のことで伝えなければならないことがあるんです」


 そんな言葉を聞いた瞬間、俺は直感的に不穏な気配を察したが、何も言わずにただ頷いた。


「前世の私、龍のノエシスは、どうやら誰かに殺されたようです」


 殺された……だと?


「そんなはずは……」

「でも確かに私の記憶にあるんです。死の直前に誰かが私の元に近寄ってきた気配が、でも体が動かないうちに何かをされて、そのまま苦しくなって私は……たぶんその先は、ソロの方が詳しいかと」

「……」


 ノエシスが死んだあの日、ノエシスの異変にいち早く気付いたのは他でもない俺自身だった。龍操士が龍との間に結ぶ龍相関(りゅうそうかん)契約は、龍繰りの際に必要なものである他に、契約した龍と人間がお互いに離れていても何か異変があれば分かるものでもあった。

 だからこそあの日、夜明け前より遥かに早いあの時間に、異常を感じて慌てて目を覚まし、ノエシスの厩舎へと向かった。

 到着までは数分も掛からなかったはずだが、その頃にはもうノエシスの意識はなく息もしていない状況だった。俺もできる限りのことはしたが間に合わず。

 その後、専門医がやってきて下した診断は、元々表分かりづらい持病があって、それが原因で突然死したというものだった。


「状況的に私はきっと毒で殺されたのでしょう」

「……でも龍を殺せるような毒なんてそうそう手に入るものじゃないし、毒があったとしても龍が暴れれば毒殺なんて出来ないぞ」

「だから用意周到に準備をしていたのでしょうね。夕食の時点で犯人は食事に龍用の強力な睡眠薬を盛り、それが十分効くだろう頃合いにやってきて(ノエシス)を毒殺したのです」


 確かにそれならば全てに説明がつく。だがそこまでの悪意を持った者がいるだなんて、正直信じたくはなかった。


「なんでわざわざそんなことを……」


 そこまで言いかけて、かつて自分へ嫉妬心を向けていた奴らが多かったことを思い出す。なんなら現在進行形で、嫌がらせをしている奴らもいる。


 いや、そうだとしても、そこまでするのはおかしい。

 故郷の里では龍を大切にしているので、龍を故意に加害するような者は厳罰に処される。下手すれば、極刑もあり得るほどだ。

 ただの俺への嫉妬で、そこまでするにはリスクがあまりにも高い。


 俺がぐるぐると色々と考えを巡らせているとエレアが不安げに「ソロ」と声を掛けてきた。


「だから、どうか気を付けて下さい。もしアナタがまた龍操士として注目されることがあれば、今度はアナタ自身が狙われるかもしれない……私はそれがどうしようもなく怖いのです」

「エレア……」


 その言葉と表情をみて、ようやく気付いた。

 ああ、そうかこの子は、他でもない俺の身を心配して、この話をしてくれたのか。

 以前狙われたのは自分自身で、今回もまた自分も危ないかもしれないというのに……。


 ならば、やるべきことは決まったな。


「エレア」

「はい……」


 名前を呼ぶとエレアは、金色の瞳で不安げに俺のことを見上げる。

 それに対して俺は安心させるようにふっと笑って、彼女の肩に手を置いた。


「大丈夫、今度は俺が君を守るから」

「!!」


 危険があるなら排除すればいい。俺がこの手で十五年前のノエシスの死の真実を明らかにするんだ。

 今度こそ大切なものを守り通す……相手が誰であれ、もう二度と相棒を殺させはしない。

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