変える自分
目覚めた時、僕は病室のベッドの上にいた。
倒れた時、床に頭をぶつけたらしいが、検査の結果特に問題は無かったらしい。
とりあえず体の安静と、取り乱した精神の安定も兼ねて、僕は一日入院することになった。
窓の外を見る。
雲が空の中を流れて、太陽がその裏に見え隠れする。
無常な時の流れを感じた。
僕はいつの間にか昔の記憶の数々に浸っていた。
思い出したくもない、暗黒に塗りたくられた記憶。
でも今はどうしてか静かな心でたどることができた。
そしてその中に、目が覚める宝石のような輝きを見つけた。
マチムラナミ。
それが輝きの名前。
彼女は僕が高校一年の時のクラスメートだった。
そう、僕がいじめられていた時のクラスメート。
僕の周りには敵しかいなかった。
いじめの主犯格は勿論敵。
そして関わりたくないからって見て見ぬふりしている奴らも敵。
でも、マチムラナミだけは僕の味方だった。
僕をいじめる奴らに果敢に立ち向かい、僕を守ろうとした。
「私、ナガタキの事ずっと見てるから」
それが彼女の口癖だった。
「ずっと見てる? そんな、いいよ、僕の事なんて放っておいて」
「できないよっ、放っておくなんて。あんなひどい事、見過ごせるわけないよ」
僕の事で彼女を巻き込むのが申し訳なかったけど、それ以上に彼女の正義感が強かった。
彼女が僕の味方になり始めて数週間。
確かに変化は起きた。
でもそれは望まない変化。
いじめの標的が、マチムラナミにも向くようになった。
彼女へのいじめは僕が休学してからさらにエスカレートした。
そして、僕が退学してから1か月、信じられない知らせが届いた。
マチムラナミが自殺した。
僕は愕然とした。
たちまちに僕の顔は悲痛の涙でぐしゃぐしゃになった。
ベッドに飛び込んで毛布の中に潜り込んで、喉が潰れるまで泣き叫んだ。
僕のせいだ、全部、僕のせいで彼女が……。
葬儀は近親者で執り行われたから、僕は彼女の死姿を見ていない。
それからしばらく、僕も死のうかと思った。
何日も思い続けた。
でも怖くてできなかった。
そして、死んでしまえばそれこそ彼女の死が無意味になるとも思って踏みとどまっていた。
死の衝動から逃れるために、漫画、アニメ、ネット、気を逸らせるものなら片っ端からのめり込んだ。
そしていつしか喪失の悲しみと死の衝動は風化していき、僕は無機質で空虚な人間となり果てていった。
でも、その空虚の奥底では、「何とかしなきゃ」という焦る思いが確実に脈を打っていた。
僕がこの治療プログラムに参加したのは、その脈が大きく動いて、空虚を突き動かしたからだ。
「ズット、ミテルヨ」
あれはもしかしたら彼女のささやきだったのかもしれない。
黒服の女性も、後ろで髪を束ねていて一見別人のようだが、よく考えてみれば彼女と顔つきが似ているような気がする。
彼女はこの世にもういない。
でも、彼女は僕の事をずっと見ている。
この世にいた時から、ずっと。
そう思うと、空虚だった自分の中に新鮮で熱い源が注がれるような気がした。
「がんばらなきゃ。彼女のためにも」
僕はおのずと声に出していた。
上空の雲は動き続け、丸裸になった太陽が病室の中にまばゆい光を差し込んでいた。
僕は四角い部屋の、グレーのソファに座っている。
治療プログラムの、例の部屋だ。
僕の行動を逐一監視する部屋。
その監視者の様子はテレビを通して見える。
紺色のスーツを着た女性が一人、真っ白な壁を背に、僕の行動を監視し続けている。
怖い、逃げ出したい。
何度もそう思った。
でも、僕にはもう一人の監視者がいる。
その監視者の事を思えば、失われつつあった自信に血脈が通って、毅然と立ち直れる。
僕は、僕と彼女のために、僕を変えたい。