監視
僕は四角い部屋の、グレーのソファに座っている。
地下室のようなコンクリートの壁に囲まれて窓は無い。
照明は、天井に一個だけ取り付けられた、丸い白熱電球だけ。光の届く範囲は限られているから、部屋の隅は薄暗闇に包まれている。
安っぽい内装だが、ここで一日生活できるだけの日用品は完備されている。
小さな冷蔵庫や電子レンジもある。
飲み食いしたいなら、冷蔵庫からお茶なり弁当なりを取り出せばよい。
トイレは災害時に使うような簡易トイレがある。
そして、テレビもある。
……が、このテレビこそ、僕のいる部屋を特徴づける一番のシンボルであった。
テレビに映るのは、真っ白な背景に、椅子か何かに腰かけているスーツ姿の女性二人。
向かって右の女性が紺のスーツで、左は真っ黒なスーツを着ている。
二人は片時もカメラ目線から外れない。
少し喉が渇いてきた。
僕はソファから立ち上がる。
すると紺の女性が
「あ、立ちましたね」
と言う。
僕はどきりとする。
でも構わず冷蔵庫からお茶を出して飲む。
紺の女性は
「お茶ですね。お茶飲みましたよ。きっと喉乾いたんでしょうね、暑いですから」
と、たわいもないことを言う。
隣の黒の女性は、
「ふふっ、おいしそう」
と、愛想笑いをする。
次に扇風機を付けると、紺の女性が、
「あ、やっぱり付けましたね、扇風機。付けなきゃやってけませんからねー」
と、他人事のような言い方をする。
続いて黒の女性は、
「そうです。じゃなきゃ、死んでしまいますから」
と、微笑しながら言う。
そう、僕の行動は全て、テレビに映る二人の女性へ筒抜けになっているのである。
これは特殊性癖用に作られたプレイ場とかではなく、公的に認定された立派な施設である。
その名も「公共羞恥心順応場」、通称「覗き場」と言われている。
ここは、いわゆる「人の目」を極度に気にしてしまう人が、生活に支障をきたさない程度にまで「人の目」に馴れさせることを目的とした治療施設である。
内容は簡単。
個室に1時間閉じ込められて、テレビ画面の女性から逐一自分の行動を実況されるだけ。
なんだ、その程度かよと、入る前は僕も思った。
でも入ってみたら想像を絶する苦しみが待ち受けていた。
行動を見知らぬ人にずっと監視されるのは、当事者にしてみれば死ぬほどつらい事だった。
始める前、
「過去に失神して病院送りになった方が何人もいます。それでもあなたはこの治療プログラムを受けますか?」
と、再三確認された意味がようやく分かった。
本当に辛い。
苦しい。
呼吸すらままならない。
座ってるだけでも、
「ずっと座ってばかりいますねえ。なんか、しょうもない映画を見ているようです」
と、紺の女性が心無い言葉をかけてくる。
黒の女性はそんなあからさまにひどい発言はしないが、
「座ってるナガタキさんをずっと見続けるのもありですね」
と、冷やかしのようなことを言ってくる。
しかもやたら僕の実名を出して。
僕の名前は事前に女性たちに伝わっているが、見知らぬ人に自分の名前を連呼されるのは気持ちよいものではない。
当事者の僕にすりゃ、反吐が出そうだ。