第四話『雑魚の狂気』
「ま、マコト!何で来たんだい!?」
「後で話すよ。ねぇ君、その子達を離してくれないかなぁ……!」
僕がこの場にいる事に驚きミコトは拘束を外そうともがき出す。
そんなミコトを制し、僕は巨大な骸骨に話しかける。
『……?もしやお主、儂に話しかけておるのか?魔力も感じられない様な羽虫が儂に?』
骸骨はまさか自分に話しかけられていると思っていなかったのか不思議そうに僕に尋ねる。
どうやら僕くらいの雑魚は認識すらされないらしい。
不思議と先ほどまであった身体の震えは止まっていた。
「そんなことはどうでも良いんだ……その子は、オウカは無事なんだよな!生きてるんだよな?」
自然と言葉が強くなる。
骸骨の足元に横たわるオウカの安否を尋ねる。
『安心しろもちろん殺した。お前も死ね』
帰ってきた返事は予想外の言葉だった。
いや予想外ではない、考えたくなかった最悪の答えだった。
いろんな思考が頭の中を駆け巡り、徐々に空っぽになるのを感じる。
ギチッ……
頭の中で何かが千切れそうな嫌な音が鳴った気がした。
「殺した?」
もう一度地面に伏したオウカを見る。
よく見るとその首は誰が見ても完全に折れているとわかるくらい変形していた。
心がズンッと沈んでいくのを感じた。
ギチッ……ギチチッ
目の前では骸骨が炎の球を手の平に生み出している。
「マコト!」
「アニキ!」
ミコトが焦り、レンが離れた所から叫ぶ。
よく見るとレンの目の前には薄く結界のようなものが貼られていた。
おそらくこの骸骨が貼ったのだろう。
僕をいたぶるために邪魔者を入れないように。
ミコトは拘束されていてレンもこちらに来れない。
「あぁ、死ぬなぁ」
ふと、足が前に進む。
『良いのか?もう一つのガキも死ぬぞ?』
骸骨が僕の近くに炎の塊を投げる。
「ガッ……!」
地面にぶつかったそれは勢いよく爆発し、僕の体は軽く吹き飛ばされた。
「も、もう……『一つ』のガキ……ね。お前、僕の……子供を!モノ扱いしてんじゃねぇよ!」
それでも僕は立ち上がり再び骸骨の方へと歩みだす。
頭の中が段々と空っぽになっていくのを感じる。
もういいか?いいよな?
僕の頭の中から僕の声がする。不思議な感じだ……でも、嫌な感じはしない。
『いいよ僕』
頭の中の僕に返事をする
ブチッ……
『ようやく出番か……任せろ僕』
そんな言葉が帰ってくる……それが引き金となったのか僕の意識はそこで途絶えた。
〜〜〜
「ッ!コイツ!!」
目の前でマコトが吹き飛ばされ、レンの額に青筋が浮かび上がる。
駆け寄ろうにも目の前の結界が邪魔をして身動きが取れない。
「……原…の世…」
『なんだ?』
結界の向こう側から小さな声が響く。
「マコト?」
「終……黒、……の成れの果て、終……権化……」
所々途切れながらも、言葉は紡がれる。
途端にマコトから魔力が放出される。
赤と青そして黄、三色の鮮やかな魔力がマコトの体から溢れ始める。
魔力は途中で混ざり合い、鮮やかに空間を彩り始めた。
しかしそれだけの魔力量、当然マコトの体は悲鳴を上げていた。
この身体からプチプチと何かが破裂する音が聞こえる。
「やめろ兄貴!体が持たねぇ!」
肌は赤く染まり、出血を始めていた。しかし魔力の放出は未だ止まらない。
とうとう血管が悲鳴を上げたのか体の節々から血液が噴き出す。
「『消傷緑』」
ふと、マコトはそう呟くと緑の魔力が出血の激しい部分に集まり始める。
次には赤く爛れていた皮膚が元通りに再生された。
「まじかよ……」
『何なのだ……これは……』
未だ魔力の放出はとまらない。
魔力を放出しては体が限界を迎え、その体を魔力で治す。
そんな事を数秒繰り返す。
繰り返し混ざった魔力は数多の色を作りその空間を魅了していた。
『何なのだこれはぁぁ!なんだその魔力量は、下手すれば彼の……いや、あり得ない!今すぐ詠唱をやめろ!』
その異様さに骸骨が狼狽え、巨大な土塊をマコトに放つ。
しかし、その魔力の奔流に飲み込まれ土塊は瞬く間に消えてしまう。
「おいおい、マジかよ」
「レン!アオバちゃんを安全な所に」
レンは顔を引きつらせ、ミコトが遠くで倒れているアオバの心配をする。
「無理だもう間に合わねえ!」
「全部混ざって、塗り潰せ」
すでに、彼に意識はないであろう。
しかし彼の口はそう言葉を発する。
途端、溢れた色鮮やかな魔力は一瞬でマコトの掌に圧縮され黒色の球体となる。
「『黒―……ッ!」
掌に凝縮された魔力の塊が今にも弾けそうに不規則に形を変えバチバチと音を立て、地面に落下する。
「あぶねぇな馬鹿息子が……」
その時、誰かの手が凝縮され黒くなった魔力の塊を受け止めた。
「親父!」
「オウスケさん!?」
オウスケは無表情のままマコトの頭をわしづかみにする。
マコトを掴んだ手からは温かい魔力が流れはじめた。
「クソ親父……」
すると、血だらけの体を動かしマコトはオウスケの手を掴む。
その顔は今までの青年からは結び付かないほど獰猛だった。
「……!お前は寝てろ」
その反応にオウスケは一拍、驚きを見せる。
しかし、すぐに込める魔力を強めマコトを眠らせた。
そして、マコトの意識が完全に途絶えた瞬間、もう片方の手で受け止めた魔力の塊はバチバチと弾けるような音を立てながら崩れていく。
「……お前か俺の孫に呪いをかけたのは」
魔力の塊が完全に崩れ去ったのを確認すると、オウスケは骸骨に問いただした。
『そうだが?』
骸骨は突然現れたオウスケを警戒しながらも質問に答える。
「親父、オウカが…」
レンが悲痛な顔を浮かべる。
「はぁ、お前は昔から本当に馬鹿だな」
そんなレンをオウスケは罵る。
まさか今そんなことを言われるとは思っていなかったのか、レンは口を開けて驚いてしまう。
『うるさい、儂はそんな事よりその小童に興味が出た。寄越せ』
「……」
骸骨はその体に炎を纏いオウスケ……いやその手元のマコトに突進する。
「もう良いぞミコトちゃん」
「お手数お掛けします『生命吸収』」
しかしオウスケは狼狽えず、合図を出した。
骸骨の後ろから声が響く。
「え?」
『え?』
レンと骸骨が驚き、その背後を見る。
次の瞬間、レンの視線の先には崩れ落ちた骨の残骸が残り、その後ろにいつの間にか拘束から逃げ出したミコトがいた。
「それじゃあ帰るか」
「帰りましょうか」
そして何事もなかったかのようにオウスケはマコトを担ぎ、歩き出す。
ミコトもアオバを抱き上げ出口に向かう。
「ちょ、ちょっと待てよ!何で二人ともそんなに落ち着いてられるんだ!」
ただ一人、レンだけが状況を飲み込めず混乱していた。
「あぁー、めんどくせぇなミコトちゃん説明頼む」
そんな息子を見て心底めんどくさそうな顔をした後、桜輔は説明をミコトに任せ、すぐにその場から姿を消した。
「いいかい、まずオウカは無事だよ」
アオバを抱き上げながらミコトは話しかける。
「……どう言うことだ?」
「あれがオウカに見えるかい?」
ミコトは先程までオウカが倒れていた場所を指差す。
「あぁ!そう言う事か……」
そこには首の折れた人形が落ちていた。
「あれは呪術の類だね。子供達にはお義姉さんがお守りを持たせてくれているから呪いは届いていないよ。もし届いていてもオウスケさんが付いてただろうし……」
ここで一つ、豆知識をお教えしよう。
帝国には、帝都全体に結界を張り、今や都市の防衛の要とまで言われた女性がいる。
彼女の名はカンナ。
マコトとレンの姉である。
彼女は幼少から結界魔法を得意とし、帝国史上最速で宮廷魔術師の試験に合格し、翌年には皇帝から帝都の結界を張りかえるという大役を直々に任される。
実はそんな化け物が、可愛い甥と姪のために手作りのお守りを渡したことがある。
下手すれば神話級に届き得る、そんなお守りを実は子供たちは持っていたのだ。
「じゃあミコ姉は最初から気づいてたのか?」
「もちろんさ」
自慢気にミコトは頷く。
「じゃあ何でさっさと反撃しなかったんだよ……」
レンがふて腐れたように吐き捨てる。
「それはあいつの記憶を覗いてたからだよ。シードダンジョンの時点で言葉を話すモンスターが出て来るなんて初めてだったからね。ちょっと情報を得ようと思って……それより何でマコトを連れてきたんだい!?危ないじゃないか!」
ミコトはレンの質問に答えると、今度はマコトを連れてきたことを咎める。
「それって誰が危ないんだ?」
所がどういう訳か、謝るでもなくレンは質問を質問で返した。
「僕たちが危ないに決まってるじゃないか!」
即答だった。
「す、すまねぇ」
有無を言わせない勢いに押され反射的に謝ってしまう。
「それにしてもあんなに眠っていたのに魔力が微塵も衰えて無いなんて……」
二人はマコトが魔力を放出させた地点を見る。
あの黒い魔力の塊が落とされかけたその場所は地面が抉られたようにきれいに消失していた。
あのまま魔力の塊が地面に落ちて弾けでもしていたらどうなっていたことか……そう考えて二人は背筋を凍らせる。
そしてそんな物を受け止めたオウスケに、二人は控えめに言ってもドン引きしていた。
「あっ多分騎士団の人たちがもうすぐ到着すると思うから事情説明上手くやっといてね」
それも一瞬、次の瞬間にはミコトはそんなことを言っていた。
「はっ?ちょ待っ……」
レンが振り向くとそこにミコトは居なかった。
出口の方からこちらに走ってくる足音が聞こえ、数人の帝国騎士が走って来ていた。
「まじかよめんどくせぇ〜」
レンは苦笑いを浮かべ、その場に座り込む。
「生存者発見!」
騎士はレンを見つけると、慎重に辺りを警戒しながらレンに近づく。
「も、もしかして!?」
「えっ、あの空白の世代の!??」
レンの顔を見ると騎士たちはどこか既視感のある反応をしだす。
「まぁ、そうだが……」
「じ、自分たちファンでして……よろしければサインをお願いしても……あっ、あと状況説明だけお願いできましたら……」
「……」
レンが開放されたのはそれからニ時間後のことだった。