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第五話 東宮御所の怪異

 美緒と行光ゆきみつは、東宮御所の中の書院へと場所を移し、向き合った。行光は書き付けを二、三枚文机に広げ、話しはじめた。

「先の月、ちょうど今からひと月前に、右大臣家の華奈姫様が東宮様のお妃としてお輿入れなさいました。その日は右大臣様も御所に参られ、婚姻の儀式も滞りなく行われました。しかし、その日から、この東宮御所では奇妙なこと、恐ろしいことが起こるようになったのです」

 行光は、東宮御所の建物が描かれている絵図を指し示した。

「お妃様とその女房方がいらっしゃる北の御殿がこちら。東宮様の下で働く我々がいる本殿からは、この渡り廊下からしか行くことができません。この渡り廊下の往来は限られたものしか許されておりませんので、本殿の方には舎人が一人、北の御殿の方も女房が一人、常に交代で見張ることになっております」

 美緒は絵図に目を落とした。本殿側の見張りは渡り廊下を見通せる位置に、北の御所を向いて立っている。北の御所の見張りは、渡り廊下から北の御所に入る扉を入ったところに小さな部屋があり、そこを通らなければ北の御所には入ることができなくなっており、そこに女房が一人待機している形だ。

「北の御所にお妃様が入られた夜、東宮様が北の御所に渡られる直前に、この本殿側の見張りである舎人が渡り廊下に倒れているのが見つかったのです」

「なんと……」

「見つかった時には、その舎人は白目を剥き、口から泡を吹いて体を震わせていました。呼びかけても答えることはなく、結局そのまま目覚めることはありませんでした」

 美緒は息を呑んだ。もし、これが妖の仕業か呪術であるなら、相当に強い相手である予感がした。

「お妃様が住む北の御殿のすぐそば、しかも東宮様のお渡りの直前に事件が起こったために、もちろんその夜の東宮様のお渡りは取りやめとなり、すぐさま渡り廊下を中心に御所内を調べましたが、侵入者も見つからず、原因も分かりませんでした」

「その者が、病で倒れた、ということはないのですか?」

「そうですね…… それは否定できません。しかし、その舎人は東宮御所にお仕えしはじめてから一度も病にかかったことのない頑健な若者で、その者の家族に聞いてもこのような様子になったことはないと言っておりました」

 なるほど、確かに病とは縁遠そうではあるが、若く頑丈な者でも急な病に倒れることはある。まだ妖や呪いの類とは決めきれないと美緒は思った。

「ただ、御所の中を調べたと言っても、北の御殿には東宮様に仕える我々は入れませんので、お妃様の女房方数人からお話を伺うことしかできませんでした。先ほども言ったように、渡り廊下の北の御殿側には見張りの女房がいる部屋があるのですが、そこにいた女房も何も変わったことはなく、物音も聞こえなかったと話しておりました」

「では、今のところ手がかりはほとんどない、ということですね」

 行光はため息をつきながら頷いた。

「はい。とにかく病であったとしても、東宮御所のなかで穢れが生じたことは間違いありませんので、陰陽寮から陰陽師に来ていただき、はらえを行っていただき、御所の中も一通り見ていただきました。こちらがその時に書いていただいた書状です」

 文机の上には、美緒の同僚の陰陽師が作成した報告書が置かれていた。そこには、妖や呪術などの痕跡が見当たらないこと、東宮御所の結界も破れていないことが記されていた。

「東宮御所は都の中でも大内裏の次に強力な結界が張られています。仕組みの上では、御所の主——つまり東宮様が許されない限り、どのようなものも入り込めないようになっているはずです。その結界が破られていないのであれば、妖や呪いではないように思えますね……」

「はい。その書状を書かれた陰陽師も、そうおっしゃっていました。そこで、我々としても、舎人は病で倒れたということで得心し、穢れも祓うことができたので、東宮様の北の御殿へのお渡りをやりなおそう、ということになったのですが……」

 行光は微かに眉を顰め、こう言った。

「また、起きたのです。今度は明らかに奇妙な出来事が」


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