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 兵たちが私たちの方へ駆け寄ってくる。私とイリスは身体が震えて、動けないでいた。


「駄目っ!」


 聞き慣れた声がした。と思ったら、私の視界が真っ暗になる。同時に温かい温もりが、全身を包み込む。それは今朝と同じ感触。母の優しい抱擁だ。しかし、その抱擁から母の震えが伝わってくる。母だって怖いのだろう。でも、それでも私たちを守ろうと必死なのだ。


「お願いです。この子たちだけは、どうか。どうか!」


 母が男に懇願した。


「獣人が、人間にお願いをするとは。汚らわしい」


 男が言い捨てた。


「人と獣の血が混ざった忌まわしき存在め。貴様たちは本来、存在してはならない。だが兎人族の娘は物好きに需要がある。貴様に言われなくても、その二人は殺しはしない。だがな」


 男がそう言った直後。視界が一気に晴れる。母は無理やり私たちから引き離されたのだ。そしてすぐに、兵たちに拘束された。


「貴様は別だ。雄と成人した雌は全員死んでもらう。汚れた血の遺伝子が、後の子供たちに混ざらないためにも」

「遺伝子……?」


 男の言葉が、母には分からないようだった。その様子を見て、私はハッとした。遺伝子って概念は、この世界にあるのだろうか。もしないのならば、何故この男はその言葉を知っているのか。


 そんな思考を巡らせている間に、男は剣を抜きながら母に近づいた。


「アリス、イリス……」


 兵に拘束されたまま、母がこちらに振り向いた。そして私たちの名を呼んだ。


 母と目が合う。その瞬間、全てが遅くなったような、そんな気がした。舞い散るの火の粉は空中で止まっている。兵たちと男は目を開いたまま、瞬き一つしない。ただ私の心臓だけが、バクバクと脈打っている。


 これはきっと、走馬灯のようなものだ。大切な人が、今、死んでしまう。心も脳も身体も、全てがそれを悟ったのだ。


「愛してるわ」


 母がそう言った直後。止まっていた時間が動き出した。男はその剣を、母に突き刺した。


「うぐっ!」


 母の呻き声。一瞬の激痛に苦しむように、母は天を仰ぐと、大量の血を口から噴き出した後、絶命した。


「お母さぁぁん!」


 母の死に様を見たイリスが、大声で泣き叫んだ。


「おい、黙れ!」


 兵の一人がイリスの腹を殴った。イリスは嗚咽を漏らした後、気を失ってしまった。


「獣人を見るたびに思い出す。昔、思い知ったことだ」


 男はイライラしたように言った。彼は母の鮮血を浴びて、顔面が血塗れだった。


「これは未来への投資だ。貴様たち獣人が一切いなくなれば、貴様たちと同じように苦しむ獣人はいなくなる。だから精々、人間の役に立ちながら、一切の幸福を感じることなく、死んで行け」


 男が言った。投資……。この世界に投資の概念があるとは思えない。それに、男が語った思想には思い当たる節がある。


 昔思い知ったこと、と言ったか。それはつまり、この男も似たような経験をしたということなのだとしたら。


「もしかして、ビオ・ブラウンか」


 私が尋ねると、男は目を見開いた。


「どうして、その名を……まさか、貴様は……!?」


 男の反応を見る限り、ビオ・ブラウンで確定だろう。そして自身の発言が前の世界の俺の言葉をそのまま引用していたことから、彼も俺の正体に察しがついたようだ。


「ぷっ……あはははは!」


 ビオ・ブラウンは、高笑いをした。


「だから言っただろう。自分がもし同じ目に遭ったら、と」


 彼は言った。そうだ。私は前の世界でビオ・ブラウンにそのようなことを言われたのだった。


「しかし俺も思い知ったよ、犬養。貴様は確かに正しかった。人類の発展には、ヒエラルキーを循環させる必要がある。この世界にもそれが必要だ。だから俺は獣人をこの世界から消し去る。雌の子供以外を皆殺しにする。だが犬養。貴様には前世での恨みがある」


 彼はそう言うと、私に近づいた。そして思い切り私の腹を殴った。


「うぐぅ!」


 私は苦痛で呻き声を上げてしまう。


「苦しいか、犬養。俺も苦しかったぁー。貴様に殴られた時は、どうして俺がこんな目に、と思ったものだ」


 彼はそう言って、またも私の腹を殴った。


「でも貴様が正しいよ。貴様みたいな弱者は幸福になってはならない。精々家畜のように人間の役に立てるだけ立ってから、世界の為に死ね」


 彼はそう言うと、私の胸倉を掴んだ。そしてその顔を、思い切り寄せる。


「ふふふ。なあ犬養。私は今貴様を殴っているよ。貴様が言うには、この立場は早々逆転しないんだったなあ!」


――――馬鹿はそうやって、ありもしない仮定を定義する。今、お前を殴っているのは誰だ? この先、この立場が逆転すると思うか?


 私の言葉が、いちいちブーメランとなって突き刺さる。


「決めたぞ犬養。貴様を売るのはやめだ。貴様は俺が直々に、奴隷として飼ってやる」


 私に下品な表情を向けて、ビオ・ブラウンは言った。



 そしてこの瞬間から、物語は始まる。


 奴隷という、元の世界にもあった文化。その奴隷の扱いを受ける日々。元の世界での私の思想が、如何に愚かだったかを思い知る。


 迫害を受ける者たちの苦しみを、その身でもって実感する。


 正しいと思っていた世界の在り様は、これ程までに違っていたと知る。


 やがて私は自身に生えたケモ耳に誓う。


 獣人の、獣人による、獣人のための革命。


 ケモ耳革命を、遂行することを誓うのだ。

今回は物語のプロットのような作品でした。

この後は主人公が色々と仕打ちを受けた後、奴隷から逃げ出して、同士を集めてケモ耳革命を起こすような感じです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読みやすい。 [一言] 春節企画へのご参加ありがとうございます。 復讐に燃えるビオ・ブラウンの気持ちがわかって、主人公に全く同情ができない感じなのですが、物語が進むうちに、主人公が深く後悔…
[良い点] ある種の『ざまぁ』ですね。 主人公側がざまぁされる方ですが。
[一言]  因果応報を地で行く話でした。差別主義というか自分の気に喰わないものは、痛めつけて良いという優越感に浸りたいだけな気がする。  差別した者が異世界転生して、差別される側につくのは何とも言えま…
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