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鏡の前には、知らない自分がいた。
白く長い髪の毛。紅い瞳。そして頭頂部には、白い髪を掻き分けて、長い耳が生えている。
その耳はまるで、ウサギのように長い。耳は肌色ではなく、白の毛で覆われている。
顔は人間と同様の目と鼻と口がある。しかし頬あたりにはウサギのような髭も生えている。
そして少女の身体。白のワンピースを着ていて、胸元は仄かに膨らんでいる。
そう。鏡に映るそれは、異世界に転生した俺の、いや私自身の身体だ。
私は剣と魔法もある異世界に、兎の獣人、兎人族として転生していた。そしてここは兎人族の村。住む者はみんな兎人族で、人間とは隔絶された場所。
「アリスの髪は本当に綺麗ね」
同じく鏡に映っている女性が、私に言った。この女性は、私の母だ。やはり白の毛並みで、頭頂部にはうさ耳が生えている。
母は鏡に映る私を見ながら、ブラシで髪をとかしていた。
「アリスー! 早く早くー!」
また別の声が、私を呼んだ。彼女の名はイリス。私の妹だ。
「待ってて! もうすぐ終わるから!」
私はイリスに返事をした。
「ふふ。もうできたわ」
母がそう言ってにっこりと笑う。
「お母さん。どう? 綺麗?」
私が尋ねると、母はそっと抱きしめてきた。
「ええ。とっても綺麗よ」
母が言った。私は母の温もりの温かさが心地よくて、目を閉じる。
「うん。ありがとう」
私はしみじみと言った。この人は優しい。私にとっては二度目の人生だけど、これ程に愛を感じたのは初めてかもしれない。
「アリスー! まーだー?」
イリスの声が私を急かす。
「ほら、行きなさい。イリスが拗ねちゃうわ」
母は私から離れた。木製の椅子から立って、木製の化粧台の鏡に映る自分を横目に、玄関を出た。
家の外には、兎人族の村の景色が広がっていた。歩きやすく地ならしをした地面。木造の住宅とお店。畑と、村の通りを行き交う兎人族たち。
そして我が家の玄関の先には、先ほどの鏡に映った私を一回り小さくしたような女性が立っている。彼女が愛しき妹であるイリスだ。今日のお昼に食べるサンドイッチが入ったバスケットを持っている。
「早く行こう! アリス!」
イリスは私の手を掴んだ。私とイリスは今日ピクニックをする予定だ。行先は村から出て少し先にある森の湖だ。
「おーい、アリス!」
果物屋のクウロおじさんが私に声を掛けた。彼も兎人族だ。ふっくらとして太り気味のお腹に、老けた顔。そしてやはり、うさ耳が生えている。
「クウロおじさん! 何か用? 私とアリスは今からピクニックに行くのよ!」
イリスが威張って言った。全くもう、といった感じの表情をしている。忙しさをアピールして大人ぶっているのだろう。
「がはは! 知ってるよ。だからほら、これ持ってきな!」
クウロおじさんは私にバスケットを手渡した。中にはリンゴなどの果実が入っている。
「クウロおじさん、貰っちゃって良いの?」
「なーに子供が遠慮しているんだよアリス! 良いに決まってるだろ!」
がはは、とクウロおじさんは笑った。
「アリス。お前はな、子供にしては少し大人すぎる。もう少しやんちゃして、色々なことを経験して来い!」
そして私の頭をガシガシと撫でる。悪くはない。私のことを思って撫でてくれていることが伝わる。この人も良い人だ。
「ありがとう、クウロおじさん」
私たちはお礼を言って、その場を去った。