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翌日の朝。登校のため、俺は駅のホームに立っている。
――――間もなく、特急列車が通過します。
そんなアナウンスが流れた。
周囲には、同じく電車を待っている人々が並んでいる。社会人、学生。様々な人々。
この大多数が、ヒエラルキーにおいての中間層なのだろう。そして下層がいなくなった時、この中から下層に下ろされる奴が選定される。そして同時に、上層から中層に下ろされる者もいるし、中層から上層に上がってくる奴もいるのだろう。
そうやってヒエラルキーは循環させなければならない。しかし、欺瞞や偽善によってその循環は滞っている。
俺は隣に立っている男を見た。スマホを弄っている、30代くらいの男性だ。スーツを着ていて、通勤中なのだろう。スーツはヨレヨレで、体形は太っている。特に腹回りが酷い。まるで妊婦のようにぽっくりと腹が出てしまっている。
ヒエラルキーが循環しないから、こんなデブ男がのうのうと社会にのさばっている。そんな腹でよくもまあ外に出られたものだ。デブというのはそれだけで、自分で健康管理もできない無能、とアピールしている様なものだ。
だが世の中はこんな奴でさえ養護されてしまう。やれ痩せたくても痩せられないだとか、やれ太りやすい体質だからとか。そんなもの、自身の体質に合った努力をすれば良いだけではないか。そしてその努力が出来ないから、デブは無能なのだ。きっとこいつの子も、同じく自己管理の出来ない無能に違いない。
世の中、本当に死んだ方が良い奴らばかりでウンザリする。それもこれも、やはり循環が滞っているからに他ならない。
「死ね!」
思考を巡らせていると、そんな言葉が響いた。と思えば、俺は急激に前方へ押し出される。勢いは凄まじく、黄色い線はあっという前に超えてしまう。
どこか聞き覚えのある声色だ。俺は必死で振り向いた。俺の真後ろには、ビオ・ブラウンがいた。凄まじい、鬼の形相をしている。そして俺の方へ、両手を突き出している。
瞬時に、何が起こったのかを理解した。
ああ、だから馬鹿なんだよ。劣った遺伝子なんだ。
人は誰しも、死に怯えて生きている。時に忘れ、時に思い出す。そうやって、恐怖を繰り返す。まるで呪いのように。
死とは、恐怖からの解放だ。
お前は恨みを果たせたのかも知れないが、俺にとってそれは救いだ。
そもそも、俺が死んだところで何も変わらない。事実を語る者を排除したところで、事実は変わらない。
一人の差別者を排除したところで、もう一人の差別者がお前を差別するだろう。
それが分からないから、お前の遺伝子は劣っているんだ。
「ファッキン・ジャップ!」
彼女は続けざまに、そう言い放った。
何だと。てめえみたいな黒人が、日本を馬鹿にしたのか。
ふざけるなよ。俺の死は、国益の損失だ。てめえの命なんかよりも、よっぽど重いんだぞ。
しかも、劣った遺伝子が優秀な遺伝子を殺した。循環を乱すような愚行を犯してなお、そんな戯言まで吐くとは。
許せない。世界に迷惑を掛けやがって。
「てめえが死ね!」
俺はそう叫んだ。線路内に放り出される直前で、彼女の腕を掴む。そしてそのまま、思いっきり引っ張った。
驚愕の表情を浮かべる彼女。そのまま二人は、線路内に放りだされた。
「世界のために、死ね!」
俺がそう言い放ったと同時に、特急列車が駆け抜けて行った。
俺とビオ・ブラウンは、死んだ。