嘘食いの獣
「あーあいつ林野と付き合ってるらしいぞ…」
二年三組のいつもどうりの教室の風景、ある者は寝たふりをし、ある者はグループの中心としてムードメーカーとしてネタを提供している。
俺はどちらかというと後者だと自負している。
丁度四時間目が終わり束の間休み時間だ。
その日も俺こと九先日隼人はいつもどうり嘘をつく。
人は一日に2から3回は必ず嘘をつくらしい。
それが俺の場合、少しばかり多いだけ。
もちろん今言ったこともそう、誰と誰が付き合ってるなんてうわさを流したところで誰が流したかなんて…もう分かる訳ない。
話のネタになるだけ…しかも噂をしたやつらを陥れられて一石二鳥じゃないか…。
「マジで!?もてんなー林野は…」
「だよなーあいつマジでリア充爆発って感じ体現してるよな」
「わかるわかる、なんか俺達には手が届かない存在っていうか…」
いつもどうりの何も変わらない日常を、俺は無意識に退屈に感じていたらしい。
それを提案されたとき、心のどこかで自分がワクワクしていたのをしっかりと感じられたからだ。
「ねぇ、九先日くん…だよね?」
俺たちのグループの外から、そんなか細くも強い意志を感じさせる声が聞こえてきた。
「あ…?なんだ…?」
俺が誰にともなく声を出すと、そいつは俺のグループのやつらをかき分けて顔を出した。
「私…同じクラスの椎名七海よ。あなたに話したいことがあって…少し付き合ってもらえないかしら?」
「いいけど…なんなんだ?」
「いいから付き合って…強制ね」
何が何だか分からなかったが、俺を囲んでいた男子グループからは心地の良い嫉妬の視線が向けられていることは明らかだった。
俺はそれに気が付かないふりをし、笑顔を取り繕いながら返答した。
「了解了解。放課後でいいのか?」
「放課後、旧校舎よ」
「はい…」
俺は渋々といった感じで立ち上がり、一旦席を立つ。
後ろからぞろぞろと男グループが近づいてくるが、大体察しはついている。
「おい、お前も…俺たちを裏切るのか…?」
やはりそう来たか…後ろを振り向くと、予想道理の光景が広がっていた。
ただ、俺が思っていたよりもそれはひどく泣いているやつもいる。
「お前ばっかりは…絶対味方だと…思ってたんだけどなぁ…」
「もう…同盟は解散…だな…」
「何言ってんだよ!俺達は心の友だろ?」
「優等生ぶってんじゃねぇよ!こっちはそれすらできないのによ!」
廊下中に響き割った声は案外デカかったようで、ほかのクラスの教室からもちらほらこちらを伺う視線が見える。
「おい…そんな叫ばなくたって…見られてんだろ」
俺の制止も聞くこともなく、男子グループの一人である坂島は殴りかかってくる勢いでこちらに向かってくる。
予想外の行動だったためおじけづくが、当然坂島は止まらない。
クラスの外も中の阿鼻叫喚の嵐だったが、俺の心臓はそんなこともよそにバクバクと今にも破裂しそうな勢いで音を立てていた。
「マジかよ!?ちょっと待てって!」
それを止めたのは、あの女だった。
「ちょっと君、やめてくれないか。そこ、通りたいんだ」
どうやらトイレから出てきたらしいそいつは、あっさりと坂島のこぶしをつかみ取り
力なく離した。
「な…なんだてめぇ…」
坂島も戦意がなくなったのか、下にうつむきそのまま駆けつけてきた先生に連れていかれた。
「お前…なんか…やばいな」
「いいから早く席につかないか?話は放課後でいいだろう?」
「…わかった」
俺はしぶしぶ席に着き授業を受けたが、先程の椎名がやったことが頭から離れなかった。
まるで染みのようにこびりついて離れない。
「では、今日はここまで。日直、号令を」
日直が起立し、号令をかける。
そして俺はすぐに周りを見渡したが、あの女の姿はなかった。
「…行くか」
俺は迷いなく一目散に旧校舎に向かった。
俺の後にあの男子グループが付いてきてくれれば、あいつが何かした時に目撃者になってもらえるためそれはそれで好都合だったがこういう時に限って後ろに人の気配はなかった。
まぁ…それでも何か支障が出るわけでもないだろうし、こっちは男だ。
力も何もこっちが絶対的に上。
それは確定事項だ。
旧校舎に着くと、ご丁寧なことに廊下に張り紙があった。
二年三組にこいとそこには書いてあった。
俺は素直にそれに従い、二年三組の方に足を向ける。
俺は何かが廊下の奥から垂れてきていることに気が付いた。
それは…血だった。
血でできた足跡が、二年三組へと続いている。
嘘…だろ…これ…。
「嘘じゃないよ」
その瞬間、俺の全身は凍り付いた。
明らかに俺の後ろから聞こえるその声は、聞き覚えがあった。
それもついさっき、聞いたばかりの。
俺は声が出せずに、呼吸すらもままならなくなってしまっていた。
はっはっと短く息を漏らし、ただただ身を震わせていた。
「その足跡…誰のだと思う?」
じりじりと、それでいて確実に一歩ずつ距離を詰めてくる。
「さ…だ…だ…?」
「坂島君のだよ。それ」
指をさす方向を見ると、教室の中から誰かがこちらを血走った目で覗いているのが見えた。
「むかついたから、やったの」
身勝手、と思う暇もなく次の言葉は紡がれる。
「それで次は君の番」
「な…なん…なんで…?おれ…な」
「だって君、嘘ついてたじゃん」
「嘘つくって…悪いことだよね?私間違ってるかな?」
両の手のひらを上にあげて、点を仰ぎ見る。
チャンスかとも思ったが、次に俺を見たその女の視線が俺にそれを制止させた。
「……悪、い…?」
「君は悪いことをしすぎたんだよ、だからこれはその報い。私たちの名前はね」
「嘘食いの獣っていうんだ。普通の人の食事はできないから」
彼女はそういうとみちみちと音をたてながらその姿を異形へと変えていく。
「いつも給食を食べたらすぐトイレに吐きにいってるんだけど」
俺はあの休み時間、坂島に絡まれる前にこの女がトイレから出てきているのを確かに見た。
あれは…そういうことだったのか…。
「私たちの主食は、嘘でまみれた人間なの」
「嘘で塗り固められればられるほど、それはおいしくなるの」
「私たちはそれを熟成って呼んでる」
「熟成しきって食べごろだったから、今日食べごろかなー?って思って」
「まぁ…思わぬ前菜も食べれたから、思わぬ収穫だったね」
前菜とは、言わずもがな坂島のことだろう。
そんなことを、平然と言うこの女が人間とは到底感じられなかった。
「後処理が大変だから、またしばらくは我慢しないとなー」
パクっという効果音とともに、俺の視界は真っ暗になった。
そして、俺は目覚めた誰もいない教室の中で目覚めた。
「あれ?…俺…」
「君は私に食べられたんだよ。運のないことにね。いやむしろ幸運と言い換えるべきかね」
「それで…なんで俺はまた生きてるんだ?」
「それはね…私が君を産んだからですっ!」
「産んだ…?」
「そ、私はね。食べた人間を自分の中で複製できるの」
「同類としてね」
俺はその言葉を聞いた瞬間、すべてを察した。
俺はこの女に、どうやら気に入られてしまったらしい。
そしてもう、人間には戻れないということを。