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ウナギ釣りのお供と友と

◆◆まずはウナギのブッコミ釣りのイロハについて~この部分ではウナギ釣りをしたことが無い読者さまに向けて、参考までに釣り方のノウハウに触れておきます。怪異についての記載はないから、ウナギ釣り経験が豊富なかたや、興味が無いかたは次の◆◆マーク部分までスクロールして飛ばしてしまって構いません。


 土用のうしが近付くにつれ、今年のウナギかば焼き相場がニュースに取り上げられたりしますが、養殖モノでも結構お高いですな。

 昔はともかく、近頃は買ったことがありません。

 自分で釣っちゃうんで。ハイ。


 漁協が有って漁業権を持ってる川や湖沼だと、釣りをするのに遊漁料を払って鑑札かんさつというモノを貰う必要がありますが、都市部を流れている2級河川やその支流なんかだと、まず漁協が存在していないことがほとんどです。


 無料で釣りが楽しみ放題なんですよ。

 ま、念のために釣りをしたい川の近くの釣具店で、漁業権の有無は確認しておいたほうが無難ではありますけどね。

 仮に漁協があったとしても、アユやマス類狙いででもない限り、雑魚の日釣り券は数百円くらいで買えますよ。


 さてさてウナギに話を戻しますと――


 ウナギって、実は思ったほど釣るのに難しい魚ではないんです。

 どこにでも居る魚だから。

 仕立て船が必要だとか離島の磯に上がらないと、みたいに釣り場を選ぶわけでもないですしね。


 水辺ならコンビナートの岸壁から大都市を流れる小川や小水路、さらにはダム湖や渓流と呼ぶのも躊躇ためらわれる山奥のチョロ流れまで「えっ? こんな所で!」っていう場所でまで、所かまわず釣れちゃうんだ。

 それも缶コーヒーくらいの太さがある、腹が黄色い天然物が獲物なんだから、こたえられないんですよ。


 もっとも四国の山奥の石清水に住んでるようなヤツは、サワガニばかり食ってますから頭ばかりが大きくて、身は筋肉質で細い「ガニ食い」なんて呼ばれているらしいんですけどね。

 ゆったり流れている川に住んでるウナギとは、味も歯応えも違っているんでしょう。


 そうそう。以前観たテレビ番組では、マンホールの蓋を開けて、中を流れている下水から釣り上げるのをやってましたっけ。

 いや、さすがにそれは極端な例ですが。

 下水管に住んでいたウナギを食べたいとも思いませんしね。


 それはともかく、ウナギ狙いは場所を選ばないだけでなく、釣り方も単純明快です。

 サビキで豆アジしか釣ったことがない初心者さんにもお薦めですよ。


 まあウナギは夜行性だから、昼間に釣ろうと思えば「穴釣り」なんていう独特な釣り方になるんですが、夜にやる「ブッコミ釣り」なら――夜釣りというと敷居しきいが高そうに思えるかもしれませんが――断然楽チンです。


 夜釣りだとブッコミ釣り以外にも「置きばり」なんていう釣り方もあるんだが、置き鈎は延縄はえなわみたいな仕掛けでね。趣味の釣りというよりは漁ですな。

 釣果は期待できるんだが、私はあまり好みじゃない。

 漁は専業の方にお任せするべきですね。


 ああ、昼間にやる穴釣りというのは餌を付けたはりを、竹の棒なんかでおほりや護岸の石垣に開いている水中の穴に押し込むという釣り方ですよ。

 だからひざももまでは水に立ち込まなきゃ釣りにならない。

 しかも一つの穴に入っているウナギは最大でも一尾だけで、入っていない穴の方が圧倒的に多いんだ。

 一ヶ所で粘っても時間の無駄だから、次から次へと穴を探して歩き回らなきゃならないんです。

 暑い時分だとはたから見てるぶんには涼し気なんだが、やってみると足元はぬかるむし日差は厳しいし、中腰の恰好を保って背中や腰を痛くするしで結構重労働です。


 その点、ブッコミは楽しい釣りです。椅子に腰かけてですから、しんどくもないですし。

 始めるのは陽が落ちて、少しは涼しい風が吹き出すころから。

 いわゆる半夜はんや釣りとか夕まずめの釣りというヤツでね。

 釣り座の横には蚊取り線香を焚いて、ラジオでナイターなんか流してね。

 加えてぶらぶら歩いて行ける近所なら、冷えた缶ビールをグイとやるのもいいもんです。


 竿もリールも思い切り安い、初めて子供が持つような「ちょい投げセット」のコミコミ千円以下なんて品物で充分です。


 道糸はナイロンの3号から5号くらいなら何でもOK。出来れば4号以上の太めの糸がいい。

 予期せぬ大物が喰い付いてくることが有りますからね。


 道糸にナツメ型かオタフクおもりの8号から10号くらいの重さの物をを通したら、端にストッパーとしてヨリモドシを結びます。


 ヨリモドシのもう一方の端に、2号から3号くらいのハリスを20㎝ほど結ぶのですが、手っ取り早く”鈎付きハリス”を使っても構いません。

 ハリスの材質は根擦ねずれに強いフロロカーボンが良いでしょう。


 鈎は釣りの入門書だと『うなぎバリ』を挙げていることが多いようですが、『流線型』でも『丸せいご』でも何でも良いんだ。

 相手が食い意地の張った天然ウナギだから、チヌ鈎でも伊勢尼いせあまでも構わず喰い付いちゃう。

 すでに持ってる鈎があれば、それを使って下さい。


 極端な例を挙げると「しのぎ釣り」という特殊な釣り方だと鈎すら使いません。

 木綿糸に通したドバミミズの束に食らいつくと、空中にまで持ち上げられてもウナギはくわえた餌から口を外さないんですよ。


 さて、竿とリールに仕掛けがそろったら――ここがウナギ釣りの最大のきもと言ってよいでしょうが――釣り餌選びです。


 いえ、肝と言いましたが実のところウナギは何でも食いますよ。

 ミミズや昆虫、エビや魚肉ソーセージ。鶏レバーや鰹の塩辛なんてものまで。


 ですから餌選びで最大に注意する点というのは『ウナギは食うが、他の生き物はあまり好まない』物をチョイスすることなのです。


 つまりドボンと水に放り込んで放置していても、ウナギが寄ってくるまで餌が長く残っているというのがミソ。


 ミミズみたいに色々な魚が好む餌なんかだと――魚を寄せる餌としては優秀なのですが――入れた瞬間からウグイやモツゴの猛攻にさらされますので。

 ウナギが寄ってくるまで”もたない”んですな。


 生レバーやソーセージも案外餌持ちが宜しくない。

 小魚の攻撃には一時的になんとか耐えることが出来ても、モクズガニやザリガニ、手長エビが食い荒らしちゃう。

 しかもウナギにとっては、カニや手長エビは大好物のゴチソウだから、レバーやソーセージには目もくれず先に餌取りのエビやカニばかり食べちゃうんだ。

 それでお腹がいっぱいになるんで、鈎が付いた餌には見向きもしないんです。

 困ったもんですよ。本当に。


 まあ酷く汚い川でウナギ以外の生き物が――イトミミズとアカムシ程度で――あまり住んでいなければ、ミミズでもレバーでも行けるには行けますが、下水管の中で釣るのと一緒で食べる気にはなれませんな。


 ですからブッコミ釣りに一番適している餌は昔から、田んぼなんかに住んでいるチスイビルだとされていました。


 え? ひるですよ。蛭の一種。

 びたっと吸盤で皮膚に吸い付いて血を吸う環形動物です。

 チスイビルを餌にすると、ウナギ以外の生き物は滅多に喰い付いてくることが無いんですよ。


 蛭にも種類があって、血を吸わない生活をしているヤツもいるんですけどね。

 カワニナやタニシを食べる大型のウマビルなんかがそうです。

 稲を食い荒らす侵略的外来種のジャンボタニシも退治してくれるんです。

 ジストマの中間宿主であるカワニナを食べる上に、ジャンボタニシまでやっつけてくれるんだから、ホタル以上に人間の味方というわけで、見た目だけで嫌っちゃ可哀想ですよ?

 ちなみにウマビルはナマズの延縄釣りに最高の餌だと言われています。


 チスイビルだって、悪い血を吸わせる療法があって医療用に無菌培養されていますからな。

 ウナギの餌として有能だという取柄とりえ以外にも役立つ生き物なんですよ。


 けれども農薬を撒くようになって田んぼから蛭は消えてしまいましたから、手に入れるのが大変だ。

 医療用の小型の培養チスイビルだと、一匹で200円からします。

 スズキやマゴチ、タイ釣りに使うちいさめのクルマエビ――いわゆるサイマキ――並みですよ!

 更にペット店である程度大型のヒルを買おうと思えば、一匹3,000円は下らない。

 こうなるとグラム単価で比較するなら黒毛和牛やウナギよりも高く付きます。


 もう、店で鰻重を食べる方が安く上がりますな。


 ですから、いくら最適の餌であったとしても今はチスイビルは使われないんです。


 そうなると次善の策としては、活きたザリガニかアユの切り身を使う事になります。


 ザリガニは簡単に捕まえられるし、殻が堅いので餌取りとして釣れてくるのはコイやナマズくらい。良い餌なんです。

 しかしザリガニは特定外来生物として今年から放流が禁止されるので、残念ながら今後は活きたものを水辺に持って行くことが難しいでしょう。


 すると消去法として、アユの優位性が際立ちますな。

 アユも魚肉ソーセージと同じくらいにはカニやエビから攻撃を受けるのですが、実はウナギはことほかアユの匂いを好むのです。

 アユは漢字だと香魚こうぎょと書くくらい香りの強い魚だし、ウナギはアユが産卵のために海へと下る秋には、それを追っかけて川を下ると言われるくらいアユが好きなんですよ。


 だから今ではアユが一番ウナギ釣りには良い餌だ。


 毛鈎のドブ釣りで釣れてくるような稚アユなら一尾がけでもよろしいが、スーパーに並んでいるような塩焼き用の養殖物だと、出刃包丁でダンダンダンと適当に筒斬りにして鈎を通します。


 仕掛けと餌の用意が終わったら、いよいよ釣りの開始です。


 ポイントは――極論すればどこだって一緒なんですけど――したせきした・橋の下ってとこですかね。分かりやすさで言えば。

 暗くなるとウナギは巣穴から這い出して、餌を探してアチコチ活発に泳ぎ回りますんで、ココじゃないと! って場所は無いんです。ホント釣れる時はどこでも釣れる。

 ま、ちょっと見、水の流れが変わって深みの有るような場所を選ぶといかにも釣れそうな気がするから、釣り人の方の精神衛生には良いってくらいの差ですかね?


 それから仕掛けを投げ込むときは、気合を入れて沖めに投げなくてもよいですよ。

 ウナギって魚は、河岸の護岸や障害物に沿って移動する生き物だから。

 50㎝くらいの深さがあったら、足元ポトンで充分なんだな。


 まあ足元に乱杭やテトラがあって直ぐに根掛かりしそうなら、せいぜい5mほど沖に投げる程度で構いません。

 流心近くにまで飛ばすと、錘が流されまくって仕掛けが安定しないってことも有りますし。


 さて仕掛けを投げ込んだらリールをちょいとばかし巻いて道糸を張り気味にし、あとはアタリを待つだけです。

 竿先にクリップで留める鈴をつけておくのもオツなもんです。

 ウナギが餌をくわえると、鈴がチリンチリンと教えてくれますからね。

 クリップ付きの鈴――いや鈴付きクリップかな?――は自作しても良いんだけど、出来合いが釣具屋で売ってます。店に寄って違いはあるかも知れませんが、だいたい50円から150円くらい。安いものですよ。


 待ちの釣りだから竿を2~3セット並べるのも良いでしょう。

 1セット1,000円なら、3セット用意しても3,000円だ。

 けれどアユ餌なら、欲張らずに竿は一本でも結構。匂いを頼りにアチラさんの方から探しに来てくれますからね。


 餌の投入を済ませたら蚊取り線香に火を点けます。

 肌に吹き付けるタイプの忌避剤でも良いんですが暑ければ汗で流れちゃうし、蚊取り線香の煙はいかにも夏を感じさせてくれますからね。釣趣ちょうしゅが増すってものです。


 それが終わったら、あとは椅子に腰かけて鈴がチリンと鳴り出すのを待つだけです。

 ちなみに私は、小型のクーラーを腰掛けに使っています。

 クーラーボックスの中には氷と一緒に、冷たい飲み物や食べ物なんかを入れておいてね。


 ああ、ひとつ助言しておくと、クーラーボッククスには釣ったウナギを入れてはいけません。

 直に氷に当てるとウナギが死んじゃいますからね。


 ウナギは水を1/5ほど入れた蓋付きバケツに入れて、活かしたまま持ち帰ります。

 水をいっぱいに入れてはイケマセン。蓋を押し上げて逃げちゃうんでね。

 そして水替えをしながら二晩くらい、泥を吐かせるのが美味しく頂くコツなんですよ。


 不思議なことに、形状も生態も似ているアナゴの方では……まあ海の魚だという違いはあるんですが、この泥を吐かせるというのは聞いたことがありませんな。

 東京湾の泥底狙いなんかで出る乗合船の納涼釣りだと、釣った所謂いわゆる江戸前アナゴは船頭さんが捌いてくれるんですが、特に何を吐かせるでもなく三枚にしてくれますからねぇ。

 持って帰って白焼きや蒲焼きにして、臭いと感じたことはありません。


 オヤ、ごめんなさい。近所の川でのウナギ釣りの話をしなきゃなんないんだった。

 どうもジジイになると、話が取り留めもなくなってダラシナイな。

 勘弁かんべんして下さいな。


 そうそう。アユ餌でブッ込んだら、あとはクーラーボックスにでも腰掛けて、鈴が鳴るのを待ってるだけですよ、というトコまでお話をしたんでしたっけ。


 で、その『待つ間』の必需品がラジオなんだな。

 ま、今のヒトはスマホでゲームなんかしちゃうんでしょうけどね。


 でも、こう……スマホをいじるとしたら、両の手が塞がっちゃうじゃないですか。


 だからラジオが良いんですよ。

 贔屓ひいきチームのナイター中継に耳を傾けつつ、クーラーに忍ばせた缶ビールのプルタブをプシュッとね。


 ぐっぐっぐっと喉を潤しているうちに、鈴がチリリと鳴れば最高です。

「来た来た、来たあ!」って、心躍る瞬間ですな。


 けれど慌てちゃイケマセン。

 最初のチリンは、ウナギがアユの切り身を咥えただけなんだ。

 ここでアワセをくれてやれば、スッポ抜けて終わり。

 相手が鈎を飲み込むのには、ちょいとばかし時間がかかる。


 『ヒラメ四十、コチ二十』なんて釣りの格言が有りますでしょ?

 ヒラメ釣りではアタリが有ってからアワセを入れるまで40秒待て、コチ釣りなら20秒待て。

 魚が鈎を口に入れるまで、そのくらいは時間がかかるって教えです。


 ウナギの場合はそこまで時間は要しませんが――あんまし待ちに徹すると相手が穴に潜っちまいますからね――最初のチリンで置き竿をソロリと手持ちに変え、ゆるゆると穂先を送り込みながら相手がグイグイと強引に引っ張り始めるのを待ちます。

 ウナギがゴクゴクと騒ぎ始めたら大アワセを入れて、ガッチリ鈎掛かりを確認したら太糸を信頼して一気にリールを巻き上げる。


 岸にまでブリ上げたら、道糸を掴んでバケツの上でハリスを切り、ウナギをバケツに落として閉じ込めるんです。

 釣り上がったばかりの活きの良いウナギを、片手で手で握って空いたもう一方の手で鈎を外すのは難しい。

 ハリスごと切っちゃうのが初心者にも簡単な”たった一つの冴えたやり方”ってもんでしょうねえ。


 こんなだから『天然ウナギの肝吸いや肝焼きを食うときには、前歯で慎重に肝を嚙みながら食え』って言われるんでね。

 ウナギが呑んでた鈎を、今度は人間サマが飲み込まないための知恵なんですよ。

 まあ自分で釣ったヤツならば、鈎を持ってるのが分かってるんだから、包丁を入れたときに気を付けて取り除いてやれば問題ありません。

 それでも怖ければ、かぶとや肝を食うのは諦めることですな。


 そうそう、養殖モノを食う時ならば、前歯で鈎を探すのはかえって野暮やぼってもんです。

「こいつ分かってねえな。ただの半可通しったかぶりだな」って、お店の人から逆に軽く見られちゃいますからね。


 あと、持ち帰って家で泥を吐かせ終わったウナギを料理するときには、バケツに氷を入れてやれば楽に事が進みますよ。

 冬眠状態で動かなくなりますからね。

 動かなければヌルヌルのままでも簡単に握れます。

 きりかアイスピックで俎板またいたに頭を固定すれば、あとは背開きでも腹開きでも、お気に召すままって寸法です。


◆◆夜釣りで起きたこと


 夜釣りに行って、怖かった経験ですか?


 ……いやあ、無いですねえ。

 暗くなると公園のトイレに入るのすらビクビクもののビビりなんですが、釣りとなるとハナシが別でね。


 今まで数え切れないくらい夜釣りに出掛けてますが、幽霊なんかを見た経験って一度もないんですよ。


 ハンドル握ると人が変わる、なんて言いますでしょ?

 それに近い感覚かなぁ。

 ニンゲン、ハンドルならぬ釣竿を握っても、別人格が降臨するんですな。


 釣りに行くときはビビりな私が、勇気凛々自信満々の勇者サマってわけだ。


 気になるのは「狸を見やしないか」って事くらいでしてね。

 いえ、タヌキに化かされるって心配なんかじゃありません。


 なんの縁起担ぎなんだか、私の釣りの大師匠おおししょう

「釣りの行きがけに狸を見ると、何故だか分かんないんだけど、その日は坊主ぼうずを食らうんだよ。」

って言ってらっしゃったもので。


 ああ、坊主ってのはオデコとも言いますが、すなわち「毛が無い」。そこから転じて「さかなが無い」という古くからの他愛もない洒落しゃれです。


 そんな訳で、狸だけは勘弁な、とは思いながら道を急いではいましたけどね。


 あ!

 そうそう。一度だけ不思議な目に遭ったことがありましたよ。

 別に怖い体験ってわけじゃないんだが、今思い出しても妙に平仄ひょうそくが合わない事がね。


 そん時は、原付に乗ってR川までウナギを狙いに行ってたんだが、日暮れになってもアタリが全然無くてね。

 オマケにラジオの野球中継も、贔屓ひいきの地元チームのエースがボロクソに打ち込まれて全然盛り上がらないんだ。


 原付だからビールを飲むわけにもいかなくて、オヤツ代わりにクーラーボックスに山のように冷やしてたトマトとキュウリを齧りながら、ヤケクソみたいに煙草ばかり吹かしていたんですよ。


 ああ、トマトとキュウリですか?

 ウナギの夜釣りは暑い時分ですからね。

 火照ほてった身体の熱を取る夏野菜を丸かじりにするのは、暑気払しょきばらいの意味合いもあって、なかなか捨て難い良さがありまして。

 ええ、子供のころの夏休みを思い出すようで、ビール抜きでもオツなもんなんですよ。


 敗戦処理の後継ぎピッチャーが更に3点を献上したところで

――今日はツキの無い日だな。これ以上粘るより、帰って冷酒ひやでも飲むのがマシか。

と吸い殻をドロップスの空き缶に押し込みました。


 やれやれ、と立ち上がったら、そのタイミングで

チリン

と鈴が一つだけ鳴った。


 おっ?! っと思いましたが慌ててはいけません。

 相手が充分、鈎を飲み込むまで待たなきゃね。


 置き竿を手持ちにかえて、ゆるゆると静かに穂先を送り込みながら、続きを待つ。

 送り込んだ穂先が、送り込んだぶんだけ、徐々に徐々に引っ張られる。

 木杭や流れ藻なんかが引っ掛かっているんじゃなく、明らかな生命反応です。


 相手は――まだウナギとは限りませんが――確実に糸の先にいます。


 ゴク、ゴクと激しいアタリが来たところで、グイと竿をあおって大アワセを入れます。


 掛ったのがウナギかナマズだったら、頭を振って体をくねらせ、水底みなぞこを這いまわるような抵抗が始まる。

 浅い場所なら8の字を描くように大暴れするでしょう。


 これがコイだったら、沖めがけてトルク感の有る逃走を試みます。

 スズキやブラックバスみたいに華麗なジャンプなんかはしないんだが、60㎝を超える大ゴイだったら、まるでダンプカーでも引っ掛けたみたいな状況でね。

 一気に竿をそうとするんだ。


 なのにその晩は、モッタリした重々しい抵抗感は有るんだが、糸の先で相手はぜんぜん暴れない。

 ポンピングしてリールを巻くごとに、徐々に寄っては来ているんですがねぇ。


 釣りをする人なら必ず経験がある『古雑巾ぞうきんでも引っ掛けたような』とか『古長靴でも引っ掛けたような』という……アレです。

 四コマ漫画のオチにあるように、ゴミを釣り上げちゃったみたいな感じなんですよ。


 「はあぁ……このタイミングでゴミ掛かりかよ。最後までツイてねえなぁ。」

なんて呟きながら、キャップランプを点灯して岸辺ギリギリまで進み出ます。


 最後、道糸を掴んでゴミを引き上げなきゃなんないですからね。

 無理に竿でブリ上げようとしたら、安竿は穂先が折れてしまいますでしょ。


 よいしょう! と引っ張り上げたら、あんじょう捨てられた古い雨合羽あまがっぱでした。

 レインコートと言ったほうが分かり易いかな?


 ガックリして雨合羽を用意していたゴミ袋に押し込みます。

 ゴミを放置して帰るわけにもいかないですからね。

 ついでに、近くの空き缶なんかも拾ってゴミ袋に回収すると、ちょっとだけ気分が回復しました。


 ま、今回ウナギは釣れなかったけど、またの機会が有るわけだし、なにより釣り場をキレイにするのに貢献も出来たと考えればですね。


 竿を畳んで肩に担ぐタイプの竿袋に入れ、蚊取り線香を折って吸い殻入れのドロップ缶に始末します。

 ドロップ缶とゴミ袋を原付の前カゴへ入れると、椅子代わりのクーラーボックスを荷台に括り付けようと持ち上げました。


 ……?


 妙に軽い。


 クーラーには保冷剤とトマトにキュウリ、それにマヨネーズを入れていたんだが――そしてトマト2個とキュウリ3本はまだ残っているはずなんだが――空身からみみたいに軽いんだ。


 「なんだぁ?」とか言いながら蓋を開けると、クーラーの中に残っていたのは保冷剤だけ。

 夏野菜とマヨがね、消えちゃったんだ。


 しかもね、気が付くと野球中継の音がしない。


 あれあれ、とキャップランプで辺りを照らして回っても、落っこってないんですよ。ラジオ。


 ――しまったな。ゴミを引き上げるときに、川の中に蹴落としちゃったか。


 この時にはね――うーん、なんて言うんだろう――ラジオが惜しいっていうより、せっかく合羽と空き缶を回収したのに、替わりにラジオをゴミとして川の中に残しちゃうのかって、それが歯痒はがゆくってねェ……。


 まあ言うても仕方がありませんから、最後に蓋付きバケツをクーラーボックスの上に括り付けようと持ち上げました。


 ……?!


 今度は重いんだ。

 かなり、と言うかムチャクチャに。


 ウナギが釣れなかったから水も入れてないし、全く空のはずなんですが。

 しかも中で何かが動いている気配がする。


 恐る恐る蓋を開けると、缶コーヒーどころじゃない、ウイスキー瓶くらいの太さが有る大物がニ匹入ってたんですよ。


 残念ながらウナギじゃなく、食用ガエルだったんですけどねぇ。


 それを見たら、何だか可笑おかしくなっちゃってね

「馬鹿野郎! ラジオとキュウリの代金なら、カエルじゃなくてウナギで支払え! 俺はカエルは食わねェんだよっ!」

って、ゲラゲラ大笑いしながら食用ガエルを川に放してやりました。


 河童かっぱだかかわうそ仕業しわざだかは分からないけれど、イヤに律儀りちぎあやかしじゃないですか。


 私の話はこれでおしまいです。

 不思議な目に、遭ったと言やあ遭ったんですが、肝心かんじんあやかしの姿はチラリとも見ていない。

 キュウリとトマトとマヨ、それにトランジスタラジオを泥棒されて、替わりに食用ガエルをもらったっていう、ね。

 ただ、そんだけ。

 間抜けな話でしょ? 都市伝説にも成りゃあしないっていう。


 その後ですか?

 いえ、特に何もありません。至って元気で、こうして無事に還暦も迎えることが出来ましたからね。

 不自由なのは、ちょいと老眼が進んじまったくらいなもんですねぇ。


 ああ、アレが有ったあと、R川に夜釣りに行ったことはありません。

 「カエルじゃなく、ウナギ持って来い!」なんて啖呵たんか切っちゃいましたからね。

 次に行ったとき、ホントにウナギ持って出て来られたら吃驚びっくりするじゃないですか。

 たぶん実際に顔を合わせても気の良いヤツで、仮に一緒に酒を飲んだら愉快なんだろうけど、やっぱりちょっと怖いような気がしますからね。


 私は――前にも言いました通り――竿を握ってない時には、至って臆病者なんですよ。ハイ。

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