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西の庭の薔薇の下へ過去を埋めました。苦しんだ公爵夫人は愛する夫と幸せになります。

作者: ユミヨシ

「ケリウス様。わたくし、貴方様と離縁を致したいと思いますの。」


マリアーネ・ハレティクス公爵夫人は紅茶を飲みながら、目の前の夫、ケリウス・

ハレティクス公爵へ宣言した。


ケリウスは慌てたように、


「何故?結婚して1年たらずで?私は認めない。」


「何故?それはわたくしが言いたいですわ。」


カップをテーブルに置くと、立ち上がる。


耐えて耐えて耐え抜いて来た一年間。

どうしてこの男は反対するのだ?


「結婚してから、わたくしと褥を共にした事はありますの?普段、わたくしと会話はありませんわね。

食事も別。公爵夫人として屋敷の管理も、何も仕事をさせて下さらない。社交もさせていただけない。夜会は他の令嬢をエスコートして出席しているそうね。貴方、わたくしを馬鹿にしているの?貴方がどうしてもっていうから、政略で嫁いできて一年。もう我慢できないわ。離縁させて頂きます。」


マリアーネの歳は20歳。栗色の髪の地味な見た目の女性だった。

政略としてケリウス・ハレティクス公爵へ嫁いで来たのだ。


彼は歳は28歳。若き公爵は何度か婚約をしていたが、結婚まで至らなかった。

それは、彼が凄い黒髪碧眼の美男でモテたからである。

色々な女性と付き合い、社交界の中心であるケリウス。


結婚してからもそのモテぶりは変わらず、夜会には色々な令嬢と出席し、恋を楽しんでいた。

その彼がマリアーネの実家、カレティクス公爵家へ結婚の話を持ってきた時、マリアーネの父は大賛成して、娘への相談も無く、結婚を承諾してしまったのである。

公爵家の娘と生まれたからには仕方がない。

諦めてはいたのだけれども。


しかし、マリアーネはいかに政略とは言え、屋敷でやる事も無かった一年間。

妻として扱いもなかった一年間。

許せなかった。


何よりも許せないのは、彼の不誠実な態度である。


夫婦としての営みもない。

夫婦としての会話もない。

夫婦として夜会へ出席する事も紹介もされた事もない。


夫婦と言えるのであろうか?


悩みに悩んで、恥を忍んで、既に嫁いでいた従姉妹達へ相談した事もあった。


「ああ、わたくしの夫もそうだったわ。夫婦としてやり直したいと言われたからわたくしは許しましたわ。」

「ほだされちゃうのよね。やはり今の生活が大事だし…」


馬鹿な従姉妹達に相談した自分が間違いだったと後悔した。


世間は、白い結婚だとしても、不誠実な態度を取り続けた場合でも改めれば許してしまう風潮だ。


しかし、マリアーネは許せなかった。


その日のうちに荷物を纏めて、屋敷を飛び出したのである。





飛び出してから一年が過ぎた。


そんなマリアーネは今は幸せだ。


「本当に、あの時、屋敷を飛び出してよかったわ。」


テラスで紅茶を飲みながら、美しい薔薇の花が咲く庭を楽しんでいると、背後から声をかけられた。


「マリアーネ。私もお茶を飲むとしようか。」


「エルンスト様。お仕事は終わりましたの?」


「いや、まだだが、疲れたのでね。少し休憩を。」


一年前、屋敷を飛び出して、カレティクス公爵家へ戻って、父の公爵にケリウスの態度を訴えた。


父は眉を寄せて渋い顔をしたが、優しい母が、


「貴方。娘はこんなひどい目にあっていたのですよ。いかに政略とはいえ、可愛いマリアーネが。許せませんわ。」


と味方をしてくれた。


ケリウスは離縁に反対してきたが、三か月後にはどうにか離縁する事が出来た。

慰謝料を請求せず、かなりこちらが折れる形でである。

ケリウスが優秀で王宮での影響力が強いせいでもあった。


悔しかったが仕方がない。

マリアーネは離縁出来た事に安堵し、もう、結婚したくはないと思った。

それに出戻りの自分と結婚したいと思う相手はいないであろう。

諦めていたのだが…


その後、すぐにマリアーネに結婚を申し込んできたのが、今の夫、エルンスト・アレックス公爵である。


彼は歳は35歳。マリアーネより15歳年上だけれども、とても誠意のある夫なのだ。

結婚して一年。


寝室を共にして、共に食事をとり、公爵夫人としての仕事も任されて、マリアーネは幸せだった。


何よりもエルンストの事が愛しい。


そう思えて…



エルンストも前の妻と上手く行かず、離縁していた。


「前の妻はそれはもう浮気者で浪費ばかりしてて困っていた。君はしっかりしていて、浪費も少なくて助かるよ。」


「苦労なさったのですね。」


「ああ…女はこりごりだと思っていたんだが、再婚しろと周りが煩くてね。」


「わたくしで良かったのですか?」


「君なら私の痛みが解ると思ったから。こんな年上で申し訳ない。」


「いいえ。わたくしこそ、貴方様が結婚して下さってとても嬉しく存じますわ。」



とても幸せだった。

だが、夜会でとんでもない物を見るとは思わなかった。



元夫、ケリウスが美しい女性をエスコートしていた。


あの女性は確か…


エルンストが眉を寄せて、


「元妻だ。君の元夫と付き合っているのか。」


するとケリウスと共にその女性がこちらへ近づいて来た。

黒髪を結って胸の開いた真っ赤なドレスを着た女性は濃い青のドレスを着たマリアーネに自己紹介をする。


「わたくし、レイラ・ミッドブルクと申します。まぁ、エルンスト様。マリアーネ様と再婚なさったとか。それにしてもマリアーネ様はお気の毒ね。こんなケチな男と結婚するなんて。それに比べてケリウス様は何でも買ってくださるわ。」


ケリウスはレイラの手を握り締めて、


「ハハハ。美しきレイラの為なら何でも買いたくなる。つまらない女だったからな。マリアーネは。」


エルンストは青い顔をして、レイラの方を見つめていた。

震える拳。悔しいのだろう。


そっと、その拳に手を添えるマリアーネ。


にこやかに、


「レイラ様のお陰で素敵な旦那様に出会えて感謝しておりますわ。エルンスト様はとても優しいの。毎日、わたくしとお話をしてくれて、色々と教えて下さって…彼と一緒に過ごせる幸せ。公爵夫人としても尊重して下さるわ。ケリウス様と違って。ねぇ…レイラ様。ケリウス様はとても浮気者なの。いつまで続くかしら…貴方への愛が。」


レイラはマリアーネの事を睨んで。


「わたくしは魅力的だから、ケリウス様にずっと愛され続けますわ。」


ケリウスもレイラの肩を抱き寄せて、


「私はレイラに夢中だ。」


「まぁ嬉しい。ケリウス様。」



悔しい…なんだかとても悔しかった。


自分にまるで魅力が無かったかのようなケリウスの言い草。

涙がこぼれる。


エルンストが優しく手を握ってくれて。


「今宵は帰ろうか。君はとても魅力的だ。私は君に夢中だよ。」


「有難うございます。エルンスト様。」


「私こそごめん。私はケチだろうか?」


エルンストはケチではない。

欲しいと言えばちゃんと買ってくれて、誕生日や記念日もプレゼントをくれるのだ。

彼はとても領民思いで質素堅実な生活を好んでいた。

だから、自然とマリアーネも贅沢は出来ないと思って生活をしているのだが…


エルンストの唯一の贅沢が、庭に薔薇を植える事である。

彼は薔薇が好きだから、マリアーネも薔薇が大好きになった。


マリアーネはエルンストに抱き着いて、


「ケチではありませんわ。わたくし、領民の事を考えて働かれるエルンスト様が大好きです。」


真面目で働き者のエルンスト様。


愛しさが込み上げる。


二人は馬車に乗り、早々に屋敷へその日は帰宅した。




結婚して、王都で暮らしているが、隣家のレクティウス公爵夫妻と仲良くなった。


公爵夫人のアイリーナとは互いの屋敷のテラスでよくお茶をする程、仲良くなった。

アイリーナも再婚で、元夫には苦労させられたとの事。

マリアーネが元夫のケリウスの事で愚痴をこぼしていると、アイリーナは焼き菓子を摘みながら、


「庭に薔薇を植えるといいわ。今、隣国へ冒険へいきなり出かける人が多いのよ。わたくしの元夫も冒険者になると言って行方不明になったの…」


薔薇は元々、アレックス公爵家の庭に植えてあって、今の時期、色々な種類の薔薇が咲いている。

エルンストの唯一の贅沢な趣味だ。

今更、改めて植える必要もない…そう思えるのだけれども。


アイリーナは立ち上がって、


「我が公爵家の東の庭の薔薇も美しいでしょう。色とりどりで…あの薔薇の下には秘密がありますのよ。大好きなマリアーネ様。一緒に秘密を持ちませんこと…」


無邪気に見えるアイリーナ。

しかし、その言葉を聞いてぞっとした。


もしかして、薔薇の下には元夫の死体が?


そんな秘密を聞いて自分は無事でいられるのか。


すると、彼女の夫のカイド・レクティウス公爵が屋敷からテラスに出て来て、優雅な仕草でアイリーナの横に座った。


「大事な隣人を傷つけたりはしないよ。アレックス公爵夫人。それに例え話だ。暗い過去は薔薇の下に埋めてしまえってね…例え話でも興味があるのなら、アレックス公爵に話をしてみてくれないか。私はもっと親しくなりたいと思っているのだよ。アレックス公爵家と。」


レクティウス公爵が近づいてくるのは、今、アレックス公爵家と新たな事業で手を結びたいと考えているからであろう。

アレックス公爵領の作るワインは評判が良く、王都でも人気が高い。

レクティウス公爵家は王都全般にカフェを展開している。カフェでもワインを提供させて貰い好評だった。互いにいい事業のパートナーなのだ。



エルンストも自分も元伴侶の事を憎く思っている。

それでも…マリアーネは二人を殺すのは嫌だと思った。


一生、その罪を心の中に閉じ込めて苦しむことになるだろう。

そんな事より、エルンストと一緒に幸せになりたい。


そう思えたのだ。


「お話は有難いですわ。例え話としても、薔薇の下に興味はありませんので。」


「そうか。気が変わったら…いつでも妻に話をね。」


「お気遣い感謝致します。」



だから…


マリアーネは誘惑に耳を貸さなかった。その話もエルンストにしなかったのだ。



しかし、エルンストは苦しんでいた。


とある日、隣でうなされるエルンストを起こすと、エルンストは泣きながら。



「私はレイラを殺したい程、憎んでいる。」


「何故?そんなにレイラを愛していたのですか?」


未だ、レイラに囚われているエルンストが悲しかった。


「お願い。わたくしだけを見つめて?わたくし、元夫の事なんて忘れました。ですから、貴方も…」


「忘れられるものか。あの女は散々、金を使って、好き勝手に浮気を繰り返し、私を苦しめて来た。私はただ、平穏に暮らしたかったんだ。愛する妻と可愛い子供と…それなのに。」


「これから、平穏に暮らせばよいですわ。」


「ああ…今の私は幸せだ。君という優しくて愛しい伴侶を得る事が出来て。だが、どうしようもなく、あの女の事を思い出すと苦しい。辛い…」


エルンストの事を愛しているからこそ…手を血で染めるのは必要な事?


エルンストは優しくマリアーネに向かって、


「マリアーネだって辛かっただろうに。すまない。もう、過去の事は忘れる事にする。二人で幸せになろう。」


「そうですわね。エルンスト様。」



そう…エルンストと二人、彼らの事を忘れようとした。


でも…ケリウスはレイラと結婚すると夜会で発表したのだ。


「おめでとう。ケリウス様。レイラ様。」

「美男美女のカップルだな。」


貴族達は口々に祝いの言葉を述べる。

ケリウスは仕事は出来る男で、ハレティクス公爵家に機嫌を取りたい貴族は多いのであろう。

レイラの家の、ミットブルク公爵家も、権力がある公爵家である。

それはもう、二人は沢山の貴族達にちやほやされて。


エルンストの顔を見ると真っ青だ。


マリアーネはそんな夫の手を優しく握り締めた。


エルンストは頷いて、


「私は大丈夫だ。君こそ…辛いだろうに。」


「わたくしも大丈夫ですわ。お祝いに行きましょう。ここで堂々としていないと、わたくし達、負けになりますわ。」



エルンストと共に二人の前に出て、マリアーネは優雅にカーテシーをし、


「ご結婚なさるとの事、おめでとうございます。心からお祝い申し上げますわ。」


エルンストもにこやかに、


「結婚おめでとう。我が公爵家からも祝いを送ろう。」


レイラはフンと横を向いて、


「ケチな元夫からなんていらないわ。」


ケリウスはレイラの左手の薬指を皆に見せながら、


「ダイヤだ。素晴らしい指輪だろう。」


キラキラと光る大きなダイヤ。

自分の時には小さな小さなダイヤだった。


許せない…


マリアーネの心に憎しみが灯った。


それでも…

今度はエルンストが優しくマリアーネの手を握り締めて、


「君には私が贈った指輪があるだろう。」


エルンストが領地で獲れた宝石を加工して送ってくれた美しいエメラルド。

凝った細工が施されていて…


そうだわ…このエメラルドがわたくしにとって一番大切な物。だから…憎しみは今度こそ忘れる事にするわ。


「エルンスト様。参りましょう。」


「そうだな。行こうか。」



二人で共に歩んで行こう。

過去は過去…忘れるにはまだまだ時間がかかるかもしれない。

それでも…愛する人と一緒ならいずれ遠い過去となって、忘れる事が出来るに違いない。




しかし、数日後、ケリウスが河で遺体になって見つかった。


マリアーネが命じて殺したのではない。

エルンストに聞いてみる。


「エルンスト様。ケリウスが殺されたのは・・・」


「まさか。私ではない。ただ、彼は色々な令嬢から恨みを買っていたらしい。そのうちの誰かだろう。」


確かに、色々な令嬢と浮気をしていたケリウス。

その中の女性の一人が恨みを持って、殺させたとしても不思議はないだろう。


メイドが部屋をノックして許可すると、報告してきた。


「門の外で女性が叫んでおります。」


二階のバルコニーからエルンストと共に門の外を眺めれば、遠くでレイラが叫んでいる。

遠くて聞こえないが、きっと、ケリウスを殺したのはマリアーネだと叫んでいるのかもしれない。


エルンストが執事を呼ぶと、


「ミルドブルク公爵家に連絡を。レイラを引き取りに来るようにと。」


「かしこまりました。」



マリアーネは思った。

どこまで、わたくし達を苦しめれば気がすむの?


ケリウスなんて殺していないのに、わたくし達のせいにして…


あまりにも苦しい。辛い…


エルンストがマリアーネに向かって、


「隣家のレクティウス公爵に、庭に薔薇を植えないかと誘われたんだ。君はどう思う?」


マリアーネはエルンストの手を握り締めて、


「西の庭がいいわね。そこへ薔薇を植えましょう。新しい品種の薔薇がいいわ。綺麗な赤い花を咲かせるから。」





西の庭に薔薇の花を植えましたの。

それはもう、美しく咲き誇って。

赤い色はまるで血の色のよう…


やっと過去の事は全て忘れられますわ。

夫も夢でうなされる事も無く、憑き物が落ちたようで、張り切って仕事をしております。


ああ…わたくし、子供が出来ましたの。


愛するエルンスト様と共に暮らせてわたくしはとても幸せです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 途中まで寸止めでモヤモヤしましたが収まる所に収まった感じ [一言] 主人公夫妻はギリギリまでそういった手段に出るのを踏みとどまったのに、夫のクズな元妻はほーんと生きる価値無かった。元旦那も…
2023/09/03 18:09 退会済み
管理
[一言] 前の話の方、再婚したのですね!良き良き。 ぶっちゃけ家で死んだ猫や犬を木の根本に埋めろというのも、自然界のリサイクルでは生み出しにくいリン酸を取り込ませるため…だという説もあります。花の咲く…
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