学園生活
始業式が終わり、私は教師に案内されながら三年生の教室に向かう。ここはシュッツ学園。貴族が通う学園。私は成り上がりの男爵令嬢だが、ここに通うことになった。しかも転入生として。こんなにアウェイな状況ってある?本当にやっていけるのかな。これだったらモンスター倒す方が何倍も楽だよ。こんなに心地の悪い心拍の上がり方は久しぶりに感じる。
「アネモネ・アンスリウム男爵令嬢です。今年度からこの学園に入りました。さぁ、あそこの席へどうぞ」
教師の声は冷たい。教師も納得がいっていないのだろう。本当に四面楚歌だ。私は視線を感じながらもルピナスに言われた通りお辞儀をする。制服の紺のワンピースを手で摘み上げる。
「「フフフ……」」
クラスの何人かから失笑される。私の緊張感が一気に上がる。思わず下を向きそうになる。だめだ、ここで弱気になっちゃ。いざとなったら切り伏せればいいんだから(やらないけど)。そう思っても一度抱いた恐怖心は消えない。
「さっき笑った方、私が教えた礼儀作法がなっていないとおっしゃられるの?まぁ、もちろんまだまだ指摘するところは多いけれど形にはなっていたはずよ?」
ルピナスはピシャリと断ずるように言葉を放つ。それだけでシンッとその場が静まり返る。すごい。私はルピナスに救われ、その後は笑われることもなく過ごせた。しかしだからといってルピナスと仲良くできるかというとそれは別問題だ。男爵令嬢と公爵令嬢。身分が違う。親しげに話しかければ礼儀がなっていないと言われるだろう。
もちろん事前の話し合いで、私からルピナスへ他の令嬢に私のことを無視するように言ってくれと頼んでいる。私に被害を出すタイプのいじめになったら面倒だ。無視されるのが一番マシ。しかし……
「はぁ……ここ物置部屋でしょ」
私は寮のベッドに寝転がる。説明を終えると寮に案内されて今日は終わった。私は一人部屋。しかし狭い。縦長の物置部屋を空にしてベッドを置いただけの部屋。テーブルも置けやしない。どうやって勉強しろっていうんだ。
「まぁ、確かにこのくらいの狭さの方が心地いいからいいけどさ。同室の人がいても大変だし」
私は独り言を呟く。そうは言っても返答が返ってこない寂しさはあった。これからやっていけるんだろうか。でも、所詮血筋を貶されているだけ。
"私にはどうしようもない"
そうやって正しさで言い訳する。私は自嘲した。自分のそういうところが私は嫌いだ。あぁ、もういい。週末になったらモリオンに会ったり、モンスターを倒しに行こう。そうしよう。
***
次の日から授業が始まった。科目は礼儀作法、ダンス、魔法、国の歴史や政治などだ。しかし、魔法くらいしか自信がない。いや魔法でも座学はできないな。せめて魔法の座学はできるように、得意科目を伸ばす感じでいこう。
「もうすでに知っておられると思いますが、魔法とは神の加護です」
は?私が知ってる話と違う。初回のレクリエーション、ただでさえ基礎知識がないんだからと先生の話に耳を澄ましていたのだが……
「魔物、元は動物であった彼らが悪しき魔法を手に入れ、人間を襲うようになりました。そこを守護神シュッツ様が人間に良き魔法を与え、対抗する術をくださったのです」
おいおい、なんで魔物の魔と魔法の魔が一緒だと思ってるんだ。私達が使う魔法も魔物の魔法と変わりない。
魔物は動物が人間を狩るために進化した結果、魔力を生成する器官を得た。魔力というエネルギー源によって様々な自然現象を起こし、操る。これが魔法だ。人間もそれに対抗するため、進化し、全員が魔力生成器官を得た。前世の私達とは身体の構造が違うのだ。ただし、それを使って十分な魔力を生成できる者は一部の人間のみである。私は父からこう教えられたぞ。
「その有り難き加護を高めるため、女性も魔法を扱える必要があります」
それって……貴族は力をつけるために子供の魔力量を多くしようとする。だから女性も魔力量が多い方がいいということか。そして、今ここにいる令嬢達はその積み重ねで魔力量が多いから……
「つまり、この科目は魔法の制御を学ぶためのものです」
魔法の制御って私、そんなの必要だったことないぞ?抑えないと魔力が溢れるとか。やっぱり私よりも令嬢達の方が魔力量多いんだなぁ。魔法を使って魔物と戦うこともないのに。なんだか宝の持ち腐れ、もったいない気がするな。まぁ、もちろん彼女らと魔法を使って戦うとしても私が勝つんですけどね!魔力量でゴリ押すのは策として強いが、戦いとはそれだけじゃないからね。というか、基本魔物の方が魔力量多いし。自分より魔力量が多い相手の戦い方は分かっている。
ってそんなこと考えてる場合じゃない!きちんと先生の話を聞いておかないと。たとえ、私が知っている情報と違っても先生の言ってることがテストに出るんだから。テストに合格しないと単位を取れず、卒業できない。あー、やっぱり魔物退治に戻りたい。
***
待ち望んだ週末。私は朝早くから寮を出て、王都の郊外の人気の無い山でルビーのネックレスを取り出した。
「モリオンに会いたい」
私は自分の思いを口に出した。そして洞窟に移動する。まだ会って日も浅いし、そこまで久しくもないのだが、モリオンの姿を懐かしく思う。暗闇を照らす紅い二つの光と暗闇に溶け込む体。美しい。
『本当に面白いやつだな』
モリオンの姿を絶賛している私の心を読んだな?その面白いは褒め言葉じゃないだろ。私はカチンときて、モリオンのとぐろによじ登ろうとする。
『何をしようとしている?』
「スキンシップ!とぐろに座ったら後ろの彼氏に、もたれかかりながら座る的な感じになるかと思って!」
モリオンのことが好きなんだからもう積極的にいこう!
『はぁ……』
とても重いため息のような言霊が聞こえたが、拒否の言葉はなかったので普通によじ登ろうとする。だが大きすぎてよじ登れない。傷をつけてもいい壁ならいくらでもやりようがあるんだが……
『やめろと言ってもやめないだろうからな。運び方に文句は言うなよ』
そんな言霊が聞こえるとモリオンの頭がこちらに向かってくる。あ、もしかして……パクッ!
"ライオンの子どもを運ぶのと同じように私はモリオンに噛まれた"
そして、私はとぐろに運び落とされた。工夫してくれたのか噛まれたところは痛くない。それよりは落とされた衝撃の方が大きいかもしれない。私から顔が見えるところでモリオンはとぐろに頭を乗せた。
『で?儂との約束を忘れた訳ではないだろうな?学園とやらに行ったのだろう?面白い話を聞かせろ』
そう、モリオンが私を生かしているのは退屈凌ぎのため。私を面白いと思っているからだ。
"でも、それでも私にはこの言葉が私の苦しい想いを吐き出していいという意味に聞こえた"
ルピナスのおかげで無視に収まっているとはいえ、傷つかないわけじゃない。私は顔を腕で埋めた。あぁ、もう!なんでこれでときめいちゃってるのかな!惚れた弱みなの?
『ふふ、やはり面白い。しかし、顔を隠しても心は読めるのだがな』
ほらこんなこと言うやつだよ?それでも好きになっちゃったものは仕方がないんだよな。
「よし!話をしまくってやる!」
私は一周回って元気が出た。顔を上げ、こう宣言する。どんどん言ってやる!恋する相手だが、飾らず素の自分で勝負してやる!
「無視されるのは辛い。これでもマシなのは分かってるけど。そもそもなんで貴族にしたの?アイスドラゴンを倒したから?アイスドラゴンを倒すべきじゃなかった?」
『お前は魔物退治が好きなんだから、アイスドラゴンは倒すだろ』
私は弱音を吐き、モリオンが慰めてくれる。いや、慰めるというよりは今のままでいいと肯定してくれている気がする。今は辛いけど、そこに至るまでの過程を否定したいわけじゃないから。それをモリオンも分かっているんだ。
私はだんだんとリラックスしていった。モリオンの体は硬いけど体にフィットする。なんだか人をダメにするクッションみたい。弱音も吐き終わり、モリオンとの逢引が終わる頃には私はすっかり元気を取り戻していた。心を読めるおかげか適切な言葉をかけてくれるし、モリオンはカウンセラーだな。今度会いに行く時はカウンセリング料に何か持っていこう。一体何がいいかな?と考えながら私は帰路についた。