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 新年。王宮でパーティーが開かれた。私も貴族の一員として参加することになっていたのだが……私がやってくるや否や、ぞろぞろと護衛隊に囲まれ、手錠を嵌められた。は?何がなんだか分からず、抵抗できなかった。そしてこう叫ばれた。


「"アネモネ・アンスリウム、魔物使役の疑いで逮捕する"」


 は!?なんだと!?私は無実……じゃないわ!?今もモリオンの指輪、つけてますね!?モリオン、早く逃げて!!


『だが……』


(早く!!)


『今逃げたらバレる。隙を見て逃げるからな』


 そうだよね……私も気が動転しているのだろうか。


 "怖い"


 護衛隊にしっかり掴まれ、どこかに連れていかれる。あぁ、あぁ、あぁ、嗚呼!分かっていたはずだ。分かっていたとも。私は反論の余地なしに有罪だと。


 "モリオンが私の元を離れて人を喰いにいくことを黙認していたんだから"


 夜中、目を覚ますとモリオンがいないことに気がついていた。知っていた。知っていたんだ。魔物は人を喰うものだ。それはモリオンだって例外じゃない。でも、彼はあくまでも必要最低限の食事で済ませていて。それなら仕方ないって言い訳してずっと一緒にいた。有罪で当然だ、こんな人間。その罰を怖いと思う資格すらないのに。


「入れ」


 いつの間にかやってきた地下牢に放り込まれる。受け身のためについた手は冷えきった床に触れた。


「これだけ聞いておこう。使役している魔物はどこだ?」


 護衛隊の一人が鍵を閉めた後、鉄格子を掴みながらこう言った。


「それは言わない」


 私は護衛隊を見上げてきっぱりと言い切った。モリオンのことになると怯えていた気持ちが消えた。


「そうか。まぁ、お前が死刑になった後に探せばいいだけの話だ」


 そう言うと護衛隊は上に戻っていった。私はモリオンに心の中で話しかける。万が一見られた時のために視線は逸らしている。


(今なら鉄格子を潜り抜けて逃げられる)


『それは儂だけの話だ。お前は?』


(私は……大丈夫だから。逃げて)


『儂ならここを壊すくらい造作もないが?』


 私を面白く思っているだけだろうが、モリオンの一緒に逃げようとする意思は嬉しかった。


(魔封じの薬を飲まされた。今の私は魔法が使えない。それに魔物を使役している人間だと相手は分かっている。暴れたりしたらすぐに分かるし、対策も取られてるよ)


『そう……だな』


 指輪状態だったモリオンがするりと床に降りた。私は最後にモリオンへ言葉を伝える。


(ありがとう。ここまで一緒にいてくれて。楽しかったし、心強かった。もっと伝えたいことがあるはずなんだけど……上手く言葉にできないね。モリオンなら心を読めるから大丈夫か。最後にこれだけ。モリオン、大好きだよ)


 涙は出てこなかった。モリオンへの感謝を込めた笑顔で私はモリオンを見送った。階段を登っていく中、モリオンは一度も振り返らなかった。モリオンの姿が見えなくなると私は体育座りで蹲った。


「ふぅー」


 息を吐く。やはり私はモリオンにとってただの玩具だったか。ああ言っておきながら落胆する気持ちはある。一緒に逃げてほしかった。でもそれ以上に……


 "私はモリオンを逃がすことができた"


 世間体が悪いということは死ぬことよりも恐ろしかった。むしろ人々を敵に回しては生きてはいけぬと本能的に理解していた。それほどまでに恐れていた。だけど、モリオンに罪の濡れ衣を着せて逃げるなんてしなかった。逃げるためなら手段を問わない臆病者の私がだ。それだけのことが私にとっては重要なことだった。



***



「出ろ」


 一夜明け、身を縮こませて寒さに耐えていると護衛隊にそう言われた。私は言われるがままに従う。何も考えず、ただ幽鬼のようにおぼつかない足取りで歩いていく。外に出ると民衆が集まっていた、断頭台をぐるりと囲うように。一斉に私の方に視線がいく。思っていたような暴言は吐かれなかったが、民衆のヒソヒソと囁く声がざわめきとなる。声は聞こえなくとも視線で分かる。私という罪人など邪魔だと思っていることくらい。私は民衆を恐怖させたのだから。いなくなってほしいよな、そりゃそうだ。私だってそう思う。存在を否定される恐怖が私を襲う。怖い、怖い、怖い。でも……


 "それを良しとするくらいには私は成長した"


 怖くてたまらない。それは変わらない。だけど、恐れを抱いたままでもいいかと諦められたのはモリオンのおかげなんだ。社会の恐怖を抱いた時にモリオンがいつも一緒にいてくれたから私はそのことに気づけた。だから、モリオンを逃がせてよかった。本当によかった。きっとモリオンなら逃げ切れる。私は断頭台の上に上がっていく。


 "モリオン、私は君のことを愛していたんだよ"


 アネモネの花言葉は「儚い恋」。赤いアネモネの花言葉は「君を愛す」。片思いで辛いこともあったけど、本当に楽しくて幸せだった。


 "ありがとう、モリオン"


 私の心は凪のように静かだった。


 "ゴゴゴゴッ!"


 地響き?地面が揺れ、私はよろける。そして、目の前の地面がパカッと割れると出てきたのは"モリオン"だった。大蛇の出現に民衆がどよめく。護衛隊も民衆の混乱のせいで上手く動けない。


『警戒されていると言うから先に逃げたというのにとんだザル警備じゃないか。魔封じさえしていれば大丈夫だと舐められていたな。あれなら地下牢で逃げ出してもよかった』


「モリオン……なんで?」


 言葉が上手く出てこない。本当に予想外の出現だった。だってその言い方じゃ、まるで最初から私を助けるつもりだったみたいじゃないか?


『勘違いをしているようだが、儂にとってこの程度命の危機ではない。ならば娯楽を優先するのは当然だろう?』


 大事な玩具だから私を助けにきた、この程度どうということはないから?


「かかれ!」


 護衛隊が向かってくる。


『逃げるぞ。乗れ』


 えっ?モリオンの背中?どこ掴めば……あぁっ!待って!不安定なんだけど!まだ地面に潜らないで〜!



***



「落ちる、落ちる、落ちる!」


 モリオンは地面の中をかき分けてモグラのように進んでいく。もちろん土は魔法で勝手に避けられる。私は空気抵抗を減らすため、モリオンの背中にへばりつく。足の固定と僅かな鱗の出っ張りを手で掴む。


『痛い!鱗を引っ張るな!』


「じゃあ、どこ掴めばいいんだよ!!」


 そんなやり取りの末、私達は洞窟に辿り着く。


『ここは儂が作り出した空間だ。儂以外は誰も入って来れん』


「ふぅー」


 私は地べたに座り込む。これで一息つける。そして、安心すると笑いが込み上げてきた。


「ハハッ、アハハハハ!」


『急に笑うな。気でも触れたのか?』


 モリオンはとぐろを巻き、こちらを見つめている。出会った頃と言葉のキツさは何ら変わっていないけど。でも、今は言葉の裏に心配をしてくれている気がする。


「いやいや違うよ。ただ……"モリオンって結構私のこと好きだったんだね"」


『はぁ?』


 唸るような声は低い。照れ隠しにしても怖いって。


『照れ隠しじゃないわ!』


「でもモリオン、私のこと助けてくれたし、好きなんでしょ?」


『頭お花畑か?助けたから好き?妄想も大概にしろ。儂にとっては好きじゃなくても助けるくらい造作もない』


「思えば最初から疑問はあったよね」


『無視するな』


「大事な玩具だから私と一緒にいるって言うけど、それってどれくらい?」


『飽きるまでだが?』


「飽きるまで"一生"?それはもう愛と同じなんじゃないの?」


『……』


 モリオンは黙り込み、私を見つめる。私も赤い眼を見つめ返す。水滴の音だけがする沈黙。それに耐えきれなくなったのは私の方が先だった。立ち上がってこう言い放つ。


「じゃあ、もういい。諦める。吊り橋効果でも好きになってくれないみたいだし。次はブローディがいいかも……」


 "ドゴォン!!"


 地面が揺れる。モリオンの怒りだ。


『儂の元を離れるのは許さん』


 私は地面の揺れで尻もちをつき、そのままこう言った。


「モリオンは私を愛していないけどモリオンの傍を離れるのは駄目?いい加減気づいてよ。なら何?指輪状態で付いてきてもいいけど、ブローディに乗り換えるからとでも言えばいいの?モリオンが愛さなくても私はずっとモリオンのことを愛してくれると思ったら大間違いだよ」


 私が今まで諦めなかったのは好きになってくれる可能性があったからだ。ゼロに近いけど、ゼロじゃなかったから。でも、ここまで言って気がつかないならもうゼロだよ。なら諦める。


『……待ってくれ!』


 モリオンは慌てたように言霊を放つ。この言葉だけで嬉しいけど、はっきりさせないと。私は念押しする。


「それで?」


 モリオンは視線を逸らしたいのか横を向く。いや大蛇の状態でそれやったらより見えるだけなんだよな。私は左の眼をじっと見つめる。


『分かった……"儂もアネモネのことが好きなんだ"』


 炭酸が弾け飛ぶような喜びが胸の中に湧き出る。


「……ッ、やったー!!」


 私は勢いをつけて立ち上がり、拳を天に突き上げる。


「よかった、よかったぁ。これで私の勘違いだったらどうしようかと思った」


 私は胸に手を当て安堵する。


『ん?勘違いなのか?』


「違います!モリオンは私のことが好きなんです!!」


 せっかく恋を自覚したモリオンに勘違いだと思われたら困る。私は食い気味で返事をする。


『ふふっ、ハハハ!確かにそうだな』


 モリオンは笑っている。目を細めて愛おしげに。私も嬉しさで口角が緩む。


『そうだ。アネモネの返事を聞いておかねばな。で、儂のことは好きか?』


 アネモネ呼びもそうだが、いざ告白しようと思うと喉がつっかえる。


『早く早く。あー、アネモネのこと好きなの勘違いかもしれんなー(棒)』


 告白を急かされたからって早速切り返してきたな。いつも言っていたが、いざ真剣にとなると恥ずかしくなってくる。


「うっ、わ、私もモリオンのことが好きです……」


 しかし、返事をしないといけないのも事実。私は自分の気持ちを伝えた。


「って……モリオン、心読めるんだからわざわざ言う必要なかったじゃん!?」


『ハハハ!』


 いつものように軽口を叩いて、でもさっきまでとは関係性が変わっていて胸が暖かくなる。


 "グゥ……"


 すると私の腹の虫が鳴った。


『さて、これからどうしたものか……まず食べ物は儂が小さくなって取ってこよう』


「ダメだよ!モリオンの姿はバレてる。もし見つかったら……」


 私は声を張り上げる。誰一人味方がいない状況でモリオンまでいなくなったら私は……ん?味方ならまだいるじゃないか……いや違う。


「彼らは一体どこからモリオンのことを知ったんだろう?ただ一人、私たち以外でモリオンのことを知っているのは"ルピナス"だ」




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