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仮面舞踏会


 手紙にてフリージアとルピナスが無事結ばれたという知らせを受け、私は喜んだ。それと同時に「羨ましいな、こんちくしょう!」とも思った。そして、その心を読んだモリオンに笑われた。


『笑う』


(笑うな)


 時は過ぎ、今日は休日!ギルドの依頼を受けた。また大暴れするぞー!決して恋が実らないからといって八つ当たりしているわけではないです。モンスターならぶっ飛ばしてもいいよね?とか思ってないです。


『嘘だな』


(ハハハ、そういうジョークだからね)


 私が心の中でモリオンと会話していると清流の音が聞こえてきた。今回は水魔の討伐。そういうモンスターはだいたい川に引きずり込もうとしてくるので、いかにして距離を取るかが大事になってくる。川が見えてきたところで私は川から距離を取る。河川敷のように岸が斜めになっているのではなく、平行に近いので気をつけなくては。

 この時、私は気がつかなかった。普通、人を川に引きずり込もうと思うなら視界は遮られ、川が見える頃にはすでに人は川岸まで近づいている方が良いということを。周りに木がないことに疑問を抱くべきだったと。その時は一瞬だった。


 "バシャンッ!!"


 川の水が一気にこちらまで流れ出てくる。私を川に近づけるだろうとばかり思っていたので、まさか川の方を私に近づけるとは思ってもみなかったのだ。私はあっという間に水の中に閉じ込められた。風を……だめだ。火で蒸発させ……火力が足りない。そもそも水に締め付けられており、物質を発生させる余地、空間がない。


「ゴボッ、ゴボッ」


 息止めも長くは続かなかった。酸素を求めて息をしても入ってくるのは水ばかり。あぁ、こんなにも水責めは辛いのか。


「ケホッ、ケホッ!」


 突如私を閉じ込めていた水が無くなる。私は膝をつき、咳をする。何が起こったのか状況を把握するべきだったが、咳をするだけで手一杯だった。周りを見渡すことすらままならない。


『"これは儂のものだ。手出しをするな!"』


 しかし、言霊は聞こえてきた。いつもなら飛び跳ねて喜ぶセリフだが、そんな余裕はない。それでもモリオンが助けてくれたんだと嬉しくなった。少しした後、大蛇の姿のモリオンが近づくのを感じた。


『……大丈夫か?』


 なんと言葉をかけるべきかモリオンが困っているのは珍しい。


「なん……とか」


 私は笑顔で見上げた。そこには美しいモリオンの姿があった。太陽に照らされても美しい黒だ。


「ふぅ……なんだか変な感じがする」


 一通り咳は終わったが、まだ異物感は抜けない。


『無事でよかった』


「それは……!」


 私のことを好きとかそういう!?


『儂の玩具だからだ』


「ですよねー」


 私はそう言った後、水魔の絶命確認をする。水魔は馬の姿をしており、ケルピーだと分かった。うわぁ、土が盛り上がって水魔に突き刺さってる。モリオンが土属性魔法を行使したみたいだ。さすがモリオン、ちゃんと絶命してる。抜かりない。


「でも、どうやって魔法を?」


 私はかがみこんで地面を見つめるが、ここから水魔のところに至るまでに地面に亀裂がない。突如水魔のところの地面が突き出しているのだ。


『……?儂も指輪で動けん状況には変わりなかった。しかし、魔法は使えたぞ。水魔のいるあたりの地面をこう突き出したわけだ。それで終わりよ』


「あの距離をここから?」


 私は十メートルほどある川を指差してこう言った。


『あぁ、そうだが?』


「マジか……」


 モリオンからしたら当然なのかもしれないけど、普通そんなことできないんだよ!基本的に魔法とは自分の周りで起こすものだ。手から炎を発するとか、自分から数メートル範囲の土を動かすとかそういうものだ。そこからだんだんと魔法の範囲を広げていき、相手を捕捉するのだ。いきなり相手のいるところに魔法ドーンはできないのである。やっぱりモリオンは規格外だ。



***



 十月には仮面舞踏会がある。仮面をつけるのは普段話すことが少ない上流貴族を狙うためだ。仮面で誰なのか分からないのに玉の輿なんてできない?顔の上が仮面で塞がっていても髪の色とか他のところで判断できるということだよ。


(私もアネモネだってことがバレるだろうし、壁の花確定だな)


『儂は他の場所に用があるからな。一人ぼっちで楽しんでこい』


(全く楽しめると思ってない言い方なんだよな)


 私はベッドで寝っ転がりながらモリオンと話す。心の支えであるモリオンもいない。しかし、何の案も浮かぶことなく、当日がやってきてしまった。

 ダンスパーティーの時と同じ会場は金が散りばめられている。その明るさとは裏腹に私の心は沈みきっていた。あの時のようにブローディを誘うということも考えた。しかし、二度目となると不慣れだから公爵がエスコートするという言い訳も効かない。ダンスに誘われるはずもないし、はしたなくならない範囲で食べまくることにした。私がティラミスを手に取った時、横から声が聞こえた。


「赤髪の美しい方、私と踊っていただけませんか?」


 赤髪?私のことか?私がそちらを向くと肩まで届く美しい黒髪の男性がそこに立っていた。仮面の奥から覗くのは赤い瞳。それにこの上品な低い声は……


 "モリオン!?"


「アネモネ嬢、返事を」


 男性は小声で呟く。周りもまさか私が誘われると思っていないので、注目している。私は咄嗟に返事をした。


「はい、喜んで」


 返事をすると男性は私の手を取り、皆が踊っている場所までエスコートしてくれる。踊り始めると男性は次のステップが何か教えてくれた。おかげでミスなく踊れている。


「モリオン?」


 私は踊りながらそう聞いた。しかし、答えを聞く前に確信した。この小馬鹿にしたような笑みはモリオンだと。


「やっと気がついたのか。このまま舞踏会が終わるまで気がつかないのかと思っていた」


 ダンスという至近距離でありながら、より近づいて小声で話をする。


「声で気がつくよ。でも、どうやって潜入したの?というか擬人化?なんで?」


「バレそうになったら毒を仕込んで、元からこういう貴族がいたと思い込ませた。擬人化したのは面白そうだったからだ」


「擬人化の方もどうやって?ていうか、擬人化できたの?」


「そうだ。毒の応用で人の形に変化させることができる。体に負担がかかるからあまりしたくはないが」


 擬人化できるというのは衝撃の事実だ。しかも、大変だっていうのに擬人化したのは仮面舞踏会に現れて恋をしている私を揶揄するためってところか。


「今日のアネモネは一段と美しいな」


 あぁ、やっぱり!からかわれた!そうだと分かっていたとしても耳元で囁かれれば肩は震えるし、顔も赤くなる。そして、モリオンはその様子を見て笑うのだ。蛇の姿では見ることが叶わないその笑みに私は胸が痛くなる。



***



 踊り終えた後、デッキに出る。秋の涼しい風が頬を撫でる。少し寒いくらいかもしれない。


「これでも着ておけ」


 モリオンはジャケットを脱ぐと私に被せてくれる。私はモリオンに微笑む。


「ありがとう。心眼って本当にすごいね」


「人の姿の時に心眼は使えん。他の力も封じてある。そうじゃないと人間になりすませないだろう?あと心を読まずともそのくらいは分かる」


「そっか。心眼に頼らなくても分かるんだ。なおさらすごいじゃん」


 何故だろう。いつものように会話しているだけなのに。感傷的な雰囲気になる。舞踏会という状況だからだろうか。私が俯きがちにそう考えていると腰を引き寄せられる。


 "そしてキスされた"


 ほんの一瞬。少し唇が触れ合っただけのキス。唇が離れたとはいえ、まじかにあるモリオンの顔は悪い笑みを浮かべている。私の胸が痛む。どきどきしたとかそんな明るいものじゃなくて……泣きたくなるようなそんな痛み。

 同意無しでキスしたらダメでしょ。好きかどうか分からな……いや私がモリオンのことを好きなのは周知の事実だ。むしろ……この一点が問題で。


 "モリオンは私のことが好きじゃない"


 そう、そうなのだ。擬人化したのも甘い言葉を囁くのもキスしたのも全部、全部からかうため。私のことが好きなわけじゃない。そんなこと前から分かってたのに。

 それでもモリオンと一緒にいるのは楽しくて……あぁ、そうだ。そうだったね。モリオンのことを好きだと思うのは楽しくて、そして……


 "楽だった。学園生活とか嫌なことを忘れられるから"


 そんな恋に恋するような淡いものだったはずなのに……なんでこんなに苦しいんだろう。息が詰まるんだろう。前なら嘘でも嬉しかったのに。


「……どうした?」


 モリオンにとってみれば慌てふためくか、顔を赤らめるか何らかのアクションがあると思っていたのだろう。明らかに嬉しそうではない顔に疑問を抱くのも当然だ。


「ただ……複雑な感情を抱いてるから今のモリオンが心を読めなくてよかったと思ってるよ」


 私は正直に気持ちを伝えた。


「そうか」


 モリオンは素気なくそう言った。特に気になっていたわけではないんだろう。あぁ、今心が読めなくてよかった。きっとこんな私の心を知ったら困惑してしまう。きっと指輪に戻ったらバレてしまうけど、今だけは感傷に浸らせてほしい。


 "あぁ、本当にモリオンのことを好きになってしまったんだな"


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