ダンスパーティー
私は宰相の息子、ブローディに連れ去られ、空き部屋までやってきた。
(これは何か恋愛のフラグが立ってしまったのでは!?私にはモリオンがいるのに!!)
『違う。そもそも儂は心が読めるんだぞ?そうでないことなどすぐに分かる』
(それもそうか。ならモリオンはそれが分かっていたから助けなかっただけで、もしも違っていたら助けてくれていたと……)
『いや?そんな面白い状況で助けるなどありえん』
(そうでしたね!私はただの玩具ですもんね!)
心の中でこんな会話が行われていることなど露知らず、ブローディは話を切り出した。
「まさかあの時のあなたが男爵令嬢だっとは。私がギルドにいたことを口に出したりしたらどうなるか分かりますよね?」
ブローディは後ろ手にドアを閉めた後、そう言った。恋愛どころの話ではない。脅されているんだが?
(助けて!モリオン!)
『算段はとっくについているんだろう?自分でなんとかしろ』
バレてるじゃん。しょうがない。ここは私だけでどうにかしよう。
「もちろん口外するつもりはありませんよ。私としてもギルドにいたことを知られるのは都合が悪いですから。でも、そう言われても信用できませんよね。ですので、ちょっとした願いを聞いていただきたいんです」
私はブローディが何かを言う前に膝をつき、手をついて頭を下げる。いわゆるジャパニーズ土下座である。
「"ダンスパーティーのパートナーになってください。お願いします"」
私は顔を上げて訴えた。
「パートナーがいないのにパーティーに出席した日には私の精神が壊れてしまいます。好きな人や婚約者がいないならどうか私とパートナーになってくれませんか。お願いします」
そう、死活問題であったパーティーのパートナー。今のこの状況ならパートナーの申し込みができるのではと思ったのだ。しかし次の瞬間、私は思い出した。
"男爵と公爵では吊り合わないのでは?"
パートナーいないのにパーティーに出席するのは嫌だという思いしかなかったので、忘れていた。私がどうしようかと考えている間にブローディから返事された。
「……いいでしょう。貴族の礼儀を教えるという名聞でパートナーになります」
なるほど!それなら吊り合わなくても許される!私は急いでこう言った。
「ではさっきのことに関しては他言無用ということで喋りません。パートナー、よろしくお願いします」
「えぇ。どうせダンスなど全くできないんでしょうし、教えますよ。私のパートナーである以上、厳しくいかせてもらいます」
なんだか既視感。あぁ、ルピナスに礼儀を教えてもらった時と同じ感じ。ルピナスは転生者だけど、やっぱり兄妹なんだな。ツンデレ属性。
***
"ツンデレ属性なんて言っていたのは誰だ!?"
先日の私だ!先日の私よ、ブローディにデレの要素は全くないぞ!私はダンスレッスンを受けながら心の中で叫んだ。ツンしかない!妹のルピナスにはデレ要素があったのに!飴と鞭の鞭しか使わないんだが!怒られるばかりで褒められない!ルピナスの教鞭が懐かしい……
「そこ、遅い」
そんなことを考えている余裕もない。そう、私は考えが足りなかった。だから、こんな地雷を踏んでしまったのだ。
「前にルピナス様から教えていただいた時はもっと褒めて伸ばしてくださったのに。同じ兄妹ですけど、違いますね」
ブローディから表情が抜け落ち、鋭かった視線は冷たくなる。これは本気で怒らせてしまった。
「パートナーの話は無しです」
ブローディはそう言い放つと出ていってしまった。私が固まっている中、言霊の笑い声が響く。
『ハハハハハ、地雷を綺麗に踏んだな!見事、見事。地雷を分かっていて踏みにいったのかと思うほどの正確さだ。いやー、面白い』
(どういうこと!?何が地雷だったの!?妹と比較されたのが嫌だったってこと!?)
『違う、違う。そうだな……ブローディの噂について調べたら答えが分かるんじゃないか?』
(答え、知ってるんでしょ?教えてよ!)
『それでは面白くな……ゴホンッ、意味がないだろう?』
完全に面白がってる。だけど、モリオンにとっての私の価値は面白さだ。攻略のための布石として置いておこう。それに誠実ではないにせよ、正論なのは確かだ。調べてみよう。でも調べるってどうやって?唯一の友人であるルピナスには聞けないし……
『あぁ、そうだった。お前には噂を調べる伝手もなかったんだったな』
声が嘲っている。私はイラッとしたが、ここは教えてもらうしかない。
(教えてください!)
『いいだろう』
モリオンの声は満足そうだ。下手に出るだけでいいなんてちょろいもんだな。
『儂がちょろい?そんなことを抜かすなら教えてやらん』
(ごめんなさい!)
油断も隙もない。
『まぁいい。教えてやろう。ブローディは世にも珍しい闇属性魔法の使い手だ』
闇属性魔法は派生魔法と同じく適正があるものしか使えない魔法である。本来、その適正は魔物しか持たないはずだが……
『あぁ、だからブローディの母親は魔物のサキュバスなんじゃないかと囁かれているんだ。その母親は踊り子であったらしいからなおさらな』
なるほど……だから、血筋に関してのことは地雷ってわけか。それに妾の子のブローディが次期当主だから正妻は面白くないだろうね。
『さて噂に関しては分かったが、これから一体どうする?』
面白そうに聞いてくる様は高みの見物。他人事だからって面白がりやがって!でもパートナーがいないのは嫌だ。なんとか懐柔しなくては。それでも人間関係で大事なのはこれだ。
("思ったことをそのまま言うしかないでしょ!")
***
翌日。私はブローディと同じことをした。朝食時に連れ去ったのだ。何度も手を払われそうになったので、その都度掴み直して。あの時と同じく空き部屋にやってくると手を振り払い、ブローディは睨みつけながらこう言った。
「何のつもりですか?」
「前の発言をした時はあなたの事情について全く知りませんでした。だけど、その上で言わせてもらいます」
私はブローディの言葉には取り合わず、私の言いたいことだけを言うことにした。
「"あなたに魔物の血が入ってるかどうかは正直言ってどうでもいい"」
ブローディも昨日の今日でまさかここまで踏み入ってくるとは思わなかったのか、息を呑んだ。
「人間と魔物は殺し殺される関係にある。たとえ半人、半魔だとしてもあなたが食料として人間を殺さないならあなたは魔物じゃない。あなたを魔物だと言ったらそれは魔物に失礼だ」
私は続けてこう言う。
「逆にあなたが魔物の血を持たないにも関わらず、闇属性魔法の適正を持っているなら羨ましい限りだよ。闇属性魔法の火力は類を見ないから」
私はふぅっと息を吐いてブローディを真っ直ぐに見つめる。そして言った。
「私が思っているのはこんなところです。あとはルピナス様もブローディ様も氷属性魔法を使うあたり、兄妹だなとは感じますけど。ではどうしますか?パートナーの件、やめますか?」
「……」
ブローディは黙り込み、迷っている。もう一押し。私は視線を逸らさず、見つめ続ける。折れたのはブローディの方だった。彼は視線を逸らし、こう言った。
「……分かりました。パートナーをやめるという言葉は撤回します」
「良かったー!」
私は胸を撫で下ろす。しかし、ブローディは怒りで顔を赤くして饒舌に喋り出した。
「ですが、まず言葉遣いがなっていません。一応気をつけてはいるのでしょうが、全く駄目です。その上公爵の私に対して敬語を外すなんて何をしているんですか?他の貴族にやっていたらどうなっていたか分かっていますか?」
「すみません……」
さっきまでの威勢はどこへやら私は縮こまる。そして、ダンスパーティーの日までみっちり叩き込まれた。
***
「馬子にも衣装ですね」
ダンスパーティー当日。ブローディからそう言われた。今の私は深い赤色のドレスを着ており、明るい赤髪と相まってグラデーションのようになっている。
「そう見えるなら良かったです」
貶されているのだろうが、私としては着飾ってなんとかなるなら上等な方である。
『馬子に衣装どころか天女に羽衣だな。儂はとても美しいと思うぞ』
私はその言葉に胸が弾んだが、すぐに私を面白がっているだけという事実を思い出す。
(からかわないでよ。もし間違ってモリオンへの返答を口に出したらいけないし、黙っといてね)
『分かった、分かった』
私たちは会場に移動した。パーティーの会場は学校内にある。まるで体育館さながらに別館が建てられているのだ。私が少し見上げると天井は高く、シャンデリアまで付いている。そして、王城でのパーティーと違ってテーブルは全て壁側にあり、真ん中にはダンスを踊るためのスペースがある。
「周りを見渡さないでください。落ち着きがないように見えます。というかそんな余裕ないでしょう」
隣で腕を組んでいるブローディから注意された。緊張しているから気を紛らわせるために周りを見ていたのに!
「承知いたしました」
私は周りを見ることはやめ、真っ直ぐ前を見て一層背筋を伸ばす。えっとそれで足は、手は、表情は……一度に行わないといけないことが多すぎる!
「自分を美しく見せるということを第一に考えてください」
私の頭の中がパンクしそうなところをブローディが練習の時のように指摘してくれる。散らばっていた思考がまとまっていく。
「ご指摘、感謝いたします」
「いえ、言葉遣いも良くなってきています」
あの日から少しは打ち解けたのか、ブローディがたまに褒めてくれるようになった。やっぱりツンデレ属性の兄妹だなと思ったが、口には出さなかった。楽団の音楽が鳴り始めた。
「では練習通りに。私が指導したんです。踊れないわけがないでしょう?」
それはブローディの自信に裏打ちされた励まし。
「はい!」
緊張がほぐれ、まずは楽しもうという余裕が生まれた。そして一曲目を踊り始めた。
***
なんとかダンスを踊りきり、令嬢からのやっかみも対応し終えた。やはりいくら公爵が貴族の礼儀を教えるためと言ったって男爵令嬢をパートナーにするのはよくなかっただろうか?でも、もしこうしなかったらパートナーもいない、ダンスも踊れない、ないない尽くしになっていたはず。それよりはマシだ。
私が飲み物を飲んで一息ついていると目に入ってきたのは所在なさげに壁の花になっている可憐な少女。黒髪黒目で小柄な姿はなんとも愛らしい。こんな美少女を放っておく者がいるだろうか?否いない。なんで壁の花になっているんだ?
「あそこの黒い髪の令嬢について何か知っておられますか?」
私は同じく隣で飲み物を飲んでいるブローディに尋ねた。なんで私と同じ行動なのに所作の美しさが違うんだろう……
「あの方はビオラ・ヒペクリム伯爵令嬢ですね。あの方がどうかされたんですか?」
「パートナーの方が見当たらないなと思いまして……もちろんパートナーがいらっしゃらない場合もありますけど、あれほど美しい人なら周りが放っておかないと思うのですが」
私はだんだんと怒りを露わにするように口調が強くなっていく。なんであんな可愛い子を放っておくんだ!可愛いは正義だぞ!この時の私について弁明するとパーティーでテンションがハイになっていたと言っておこう。
「あぁ、確かにヒペクリム令嬢はユーフォル・ユリオプス公爵子息の婚約者だったはずですね」
「そのユリオプス公爵子息は今どちらに?」
「……あー」
ブローディにしては珍しく歯切れが悪い。一度チラッと会場の方を見たが、今はそっぽを向いている。私はなんとなくでブローディが一瞬見た方へ視線を向けた。それだけで分かった。
「もしやとは思いますが、あそこにおられる方ですか?」
その視線の先には大勢の女性に囲まれた男性がいた。
"ギルドの時に会った攻略対象の一人、チャラチャラした茶髪である"
私は婚約者を放っておくなんてと一瞬で怒りの炎が燃え上がった。




