ヒロインは冒険者
〈作者の独り言〉
改稿するにあたって前書きと後書きまで手が回りませんでした!ここから前書きと後書きは空白となります!すみません!
『お前、儂に恋幕を抱いているだろう』
「そ、そんなわけないでしょ!」
目の前には暗い洞窟に溶け込む黒き鱗を持つ大蛇。その中で赤い瞳だけが光っている。なんでこんなことになったのか、まずは私の生い立ちから説明しよう。
***
私、アネモネは前世の記憶を持っている。つまりここ、フェタイ王国は前世で知っている乙女ゲーム「アネモネと冒険と恋」の舞台だったのだ。
"だがしかし、私はあまりこのゲームの事を知らない!"
何せ私は無課金勢なので。ちょっと興味があってアプリを入れてプロローグをやっただけなのだ。そこから先のエピソードを見るには課金しないといけなかったし……悪役令嬢転生系の物語が好きだから乙女ゲームというものに手を出しただけで、攻略対象も私の好みとは少し外れていたし。何よりその時にはまさかこの異世界に転生させられるとは思わなかったんだから!
ということで私の興味は乙女ゲームから戦闘に移り変わった。この「モネ恋」には戦闘要素もある。課金でエピソードを解放していくとクエストも解放される。ターン制バトルのクエストをこなしていけば、ゲーム内通貨が手に入って武器ガチャを回せてより強くなるというシステムである。そして、そのクエストでの敵は魔物。
"つまり、魔物がいて魔法が存在する世界なのだ!"
今世の父親であるアーサーが冒険者、魔物退治の専門家であったこともあって私も魔物相手に戦うようになった。生命として生存競争に命を賭ける高揚感に私はすっかり魅入られていた。あの大蛇と出会ったのも魔物退治で北方に行った時のことだった。
***
「ギルドに行ってクエストを確認するから降りてこーい」
父の声が宿屋の一階から聞こえてくる。
「はーい」
私は剣と荷物だけ持ち、部屋を出て階段を駆け下りる。父は私が来たのを確認すると宿屋を出て組合に向かう。私も父の後ろについて行く。冒険者組合、通称ギルドには討伐クエストが掲示されている。そこには……
「【緊急】伝説のアイスドラゴン、討伐者求む!」
私が知る限り、これは「モネ恋」で主人公が平民から貴族になるきっかけである。父とともに主人公がドラゴンを討伐する事で国王陛下から爵位を貰う。それにより貴族の学園に行くことになり、攻略対象とも関わりができるのだ。乙女ゲームのシナリオに関わりたくないのならドラゴンを討伐しに行かなければいいのだが……本当はそうなんだが……
「伝説のアイスドラゴンか……アネモネ、クエストを受けるか?」
伝説のアイスドラゴン、ぜひお目にかかりたい!シナリオ通りとかそんなこと言ってる場合じゃねぇ!私は魔物と戦いたいんだから!
「受けよう!いつでも撤退できるように退路は作るし、死んだりはしない」
私は隣に立つ父を見上げて頷いた。
「……よし、その通りだ。受けよう」
父は私を見て少し考えた後、討伐を受けるために受付へ向かった。私が椅子に座って待っていると周りはざわついていた。
「今までアイスドラゴンは村から追い返すのが精々で討伐が果たされたことはないってのに……」
「王都から騎士団が編成されるという噂だってあるのにたった二人で」
こんな声が聞こえてきたが、ゲームではこの戦闘はチュートリアルだ。父がめちゃくちゃ強くて勝手に倒してくれる。しかし、私が見てきた父は強いが、傷つかない訳ではない。死ぬ程度の致命傷を受ければ死ぬだろう。しかし、父がめちゃくちゃ強くなくても問題は無い。だって、私は初期状態のゲームの主人公よりも強い!つまり、プラスマイナスゼロだ!兎にも角にもドラゴン討伐のためにいつも通り戦うだけだ。
「さて、クエストを受けてきたぞ。討伐の準備を始めよう。まずは買い物だ」
父が受付から戻ってきた。私は意気揚々と立ち上がる。そして、二人で必要な物を買い揃えた。全て買い終わった頃には日が沈んでいた。私達は宿屋に一泊泊まり、早朝宿屋を出る。ちょうどこの村から目的地である山、その麓の村まで物を売りに行く行商人がいた。その人の馬車に相乗りさせてもらって移動する。ちなみに、それには冒険者からのチップも出るので、大体の行商人が小遣い稼ぎとして快く乗せてくれる。馬車に揺られる間、私と父は作戦会議をした。
***
山の麓の村まで着いた。アイスドラゴンがいるのはフェタイディゴ山脈の北方。フェタイ王国は円のように山に囲まれている。その円を形づくっているのが、フェタイディゴ山脈。
フェタイディゴとは「防御」という意味である。フェタイディゴ山脈は隣国からフェタイ王国を守る天然の砦なのだ。フェタイ王国は隣国と比べると小さな国だ。そして、こちらから攻め難い国でもある。
だがしかし、フェタイディゴ山脈のお陰で長い歴史の中でフェタイ王国が隣国との戦いで負けたことはない。だからフェタイディゴ「防御」を略し、フェタイ王国と呼ばれているのである。
フェタイ王国の歴史はほどほどにして話を戻そう。次は山の麓の村から山の中腹にある村まで登った。そして、宿屋のベッドで横になって考える。ここから先を登ったら、そこからはアイスドラゴンの縄張りだ。明日は早朝に出て行かないといけない。日が沈む前には戻らないと危ない、たとえアイスドラゴンを倒す前でも倒した後でも。私は早鐘を打つ心臓を深呼吸で落ち着かせる。眠らなければと思うほど眠れない。しかし、私はいつの間にか眠っていた。
***
早朝に村を発ち、山を登り始める。春が近づいてきているとは言え、標高も高く、雪が積もっている。私は可愛くて結構気に入っているモコモコの服を着ており、完全防寒となっている。しかし、登れそうな道は雪で埋まり、足を取られてしまう。それでも他の冒険者たちはこの道を歩いていったのだろう。だが、私達はそうしない。
"雪も積もらないような垂直の崖を縄で登る"
一見するとこちらの方が危なそうだろう。だが、前者の方法だとアイスドラゴンが現れた時に動きづらい。その点、後者の方は登っている時に現れてもすぐに魔法で空中に浮くことができ、動きやすい。まあ、安定して空中に浮くという芸当ができるならばの話だが。しかし、私達のようにその芸当ができるなら後者の方がいいのだ。
父は金具のついた縄を投げて崖に引っ掛ける。私も父と同じように縄を投げる。ちゃんと引っかかったかどうかを縄と繋がっている腰に体重を掛けて確かめる。
私達は登り始めた。足に力を入れて登って行く。手袋のお陰で縄を掴む手は痛めていない。いつも鍛錬をしている私達は難なく崖を登りきる。広い足場に辿り着いた。だが、まだまだだ。アイスドラゴンを探すにはとにかく登るしかない。
私達はまた次の崖に縄を引っ掛ける。体重を掛ける。登り始める。これを何回も繰り返す。何回か数えられないほど繰り返して高くなってきたなと思い、後ろを振り返る。山の中腹で放牧されている牛達の姿が遠目に見えると穏やかな気持ちになる。
"その視界に青い影が映り込んだ"
私は考えるよりも先に叫んでいた。
「アイスドラゴンが現れた!」
私は縄から手を離し、魔法の詠唱をする。父も私の一声にすぐ反応し、同じように詠唱した。
「「ヴィント」」
風を起こして空中に浮く。そして、いざという時に着地できるよう、私達は足場があるところまで降りていく。アイスドラゴンは私達を踏みつけるつもりで急降下してきた。私達は宙に浮いたまま、それを避ける。アイスドラゴンがドォーンと轟音を立てて足場に着地する。積もった雪が舞い上がった。
その時に私はアイスドラゴンの全容を目の当たりにした。巨体を浮かせる頑丈な羽、手のような前足につく鋭い鍵爪、人を踏みつけられるほどの大きな後ろ足。そして何より、硬い氷に包まれて青く煌めいている。アイスドラゴンは自分から冷気を発する。その冷気で氷を作り、鎧としているのだ。
私の心臓が早鐘を打つ。楽しみでしょうがない。アイスドラゴンは口から吹雪を噴く。
「ファイア」
父が火の魔法で吹雪をかき消す。
「ヴァサファル」
私は父が防御してくれることを前提に滝の魔法を仕掛けた。アイスドラゴンの真上から水を叩きつける。アイスドラゴンは氷に守られていて攻撃が通らない。あちらの方が魔力量も上だし、氷を溶かすつもりで火の魔法を使ってもこっちが魔力切れを起こしてしまう。ならば攻撃を通そうとするのではなく、呼吸ができないようにすればいい。アイスドラゴンは普通ならば水圧で動きが取れないはずなのに水柱から飛んで出てきた。私はこれでもやられないのかとワクワクした。
「ボードゥン」
父は私の思考を汲み取ってくれたようでアイスドラゴンの下に穴を掘ってくれた。
「ヴィント」
私は風を起こし、空を飛ぶ。アイスドラゴンは私が上を取ろうとするのを邪魔するように吹雪を噴く。火の魔法で防御しながら近づいていく。
「ヴィント」
父の声が聞こえる。父はアイスドラゴンを風で一瞬だけ上から押さえつける。今しか無い。私は一気に風を起こしてアイスドラゴンの上を取る。私は背負っていた剣を抜き、アイスドラゴンを真下に叩きつける。この剣で傷つけることが目的ではない。アイスドラゴンが体勢を崩した。私はアイスドラゴンから離れる。
「「ヴァサファル!!」」
二人で滝の魔法を唱える。アイスドラゴンは体勢を崩しているため、水の圧力に耐えられない。一気に穴の底まで落ちる。ここまで落ちてしまえば前も後ろも右も左も動けず、上に上がろうとしても一番圧力がかかっていて上がれない。しかも、前を掘ってもすぐに水で埋まってしまい、結局呼吸ができない。水地獄の出来上がりである。私は水を出しながら風を操って父の隣までやってきた。
「もういいんじゃない?」
「絶命確認をしてくるから水を出したままでちょっと待ってろ」
父が様子を見にいく。水を出したままで分かるのだろうか?その心配は無用だった。
「水の中でアイスドラゴンが倒れているからもう大丈夫だ!」
私は術を解き、穴に近づく。そこには倒れたアイスドラゴンの姿があった。
「ヴィント」
アイスドラゴンを浮かせて、穴から地面に置く。そして、私達も地面に着地した。念の為に心音を確かめる。止まっている。
"勝った"
心臓を打つ速さがゆっくりになっていく。この瞬間が私は好きだ。私達には倒した証明にアイスドラゴンの首が必要だった。私は剣を首めがけて振り下ろす。
"カチン"
全く傷つけられなかった。父も剣を振り下ろす。
"カチン"
傷一つつかない。確かに、他の冒険者が真っ向から首を落とそうとしても無理なはずだ。私達は仕方なくそのまま持って帰ることにした。私と父の風の魔法でアイスドラゴンを浮かせて、山の中腹の村まで帰った。
中腹の村は今まで脅かされてきた災害、アイスドラゴンの討伐に大騒ぎとなった。それでも村長はしっかりとギルドへ連絡を入れてくれた。短時間で決着をつけたとはいえ、魔力も消費した。そして、常に風の魔法で飛びながら他の魔法も使ったから疲れた。そのため、私達は村の喧騒の中、宿屋でゆっくりと休んだ。
"この翌日、私は大蛇と出会うことになる"