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98 卯一つ(午前5時)進軍 田上城大手門前・吉澤佐平次

「全員、兵糧は受け取ったか?」

「行き渡ってござる」

「いつでも出立できまする」


 殿……淡路守様が確認の声をかけると、嫡男の次三郎様や家内の重役、さらに仁左衛門たち組頭が、木霊のように返答する。

 俺の出陣は3回目。20歳だ。

 俺たちの組はなかなか手柄も多く、今回は、そういう手柄の多い4つの組が、なぜか荷車を引っ張らされることになった。珍しく4輪のがっしりした型で、3、4尺の径になろうかという結構な重さの丸太を積んでいる。城攻めで門扉を突き破るために使う丸太である。

 車は当家で調達して、丸太は城に備えてあったものだ。兵糧の受け取り前に荷車を城に持ち込んで、丸太を載せ、しっかりと縄をうち、荷車に固定する。

 荷車を運ぶ4組は、この陣の最後尾を進むことになっている。車を押したり引いたりは大変そうに見えるが、人数は10人もいるのだし、ほかの徒立ちの連中と違って、荷物を荷車の空いてる場所に載せられるので、むしろ楽なものだ。

 しかし、野戦だというのに、何で門扉を破るための丸太がいるのか。殿は、詳しく仰せにならなかったが、何でも戦の初手に大切なものだという。さらに荷車には、多くの木盾も載せている。これはかなり矢戦が厳しいということなのだろうか。

 まあ、何か、深い考えがおありになるのは間違いない。


「それでは、しゅったぁぁつっ!」


 殿の張りのある野太い大音声とともに、今日の先陣の栄を担う、我が安田家の出陣である。ほとんど夜明けと同時の進軍の開始は、非常に気分がいい。

 陣列全体が大手門から離れると、ひと騒動起こった。


――どぉん! どぉん! どん!どん!どん!


――ゴォーン ゴォーン ゴォーン ゴォーン ゴォーン ゴォーン


第二陣に先陣の出立を知らせる太鼓が鳴り響き、ほとんど同時に、明けの六つの鐘を周囲の寺が鳴らし始めたのだ。

 城下の家々は戸を開けて何事かと表に顔を出している。開け六つの鐘だけだったら、まだ眠っているやつも多かったのだろうが、太鼓の音がかなり効いたようだ。

 そう言えば、堀部家との戦、旗本衆の出陣、さらに抜け駆け軍の謀反とその鎮静と、一昨日の一連の騒動は、昨日の城下町では引きもきらない話題だった。野次馬根性もあってか、武家と見れば話を聞きに町人が寄ってくるという態だった。


「みんな、目を覚ましたか」

「わはは……申し訳ないですな」


 家々から顔を突き出した町人たちは、誰もが不安な表情をしている。


「心配を吹き飛ばしてやろう。皆のもの、ときを作れ!」


 殿の声が響くと、馬上の連中と、各組の組頭が音声を上げる。


「エイ」


 それに応えて、俺たち徒の足軽たちが応ずる


「オウ」


それが連続して……

「エイ」

「オウ」

「エイ」

「オウ」

「エイ」

「オウ」

…………………


 こういう大声の連呼は、気分を良くする。舞い上がる。それこそ、景気がよくなっていく。

 聞いていた町人たちも、叩き起こされてうんざりしていた表情が一変し、気分が高まって、俺たちと一緒に「オウ」と応じる叫びを上げる。

 城の兵の出入りは、まったく不可解で不安を与え、侍たちは問に一切応えなかったから、噂が噂を呼んでいた。そういう不穏さを一気に払拭してしまった。

 こいつは、下手をすれば、この城下から、戦見物に来るやつが出かねかねない。

 ここまで盛り上がるのも、殿が先鋒だからという事情もある。

 先代が健在だったが、この10年ほどは安田家の兵の半分は、今の殿が率い、嚇々たる手柄を立ててきた。武芸だけなら、今の殿は、先代と双璧をなすとまで言われてきたもので、戦のたびに殿の武勇談は城下で語りぐさになった。そういうわけだから、町人たちの間でも殿の人気は高い。

 鬨に唱和してきたのも、地元の英雄への共感というわけだ。いい具合に、戦への関心を与えたわけだ。

 さすがに最後尾の俺たちが城下町の家の立て込んだところを抜けると、鬨も終わった。


「お、さすがに登り坂はきついな」

「ちげえねえ。ちょっと気を張って行こう」


 城下町を抜ける辺りから緩やかに登り降りがあり、全体としても、森脇村までは登り坂が少し多い。森脇村からは郡境まで緩やかな下りが続く。そこに到着するまで、ちょっときついかもしれない。

 そう思っているうちに、我らが陣の後方から、やはり太鼓の音と「エイ」「オウ」の鬨の声が聞こえてきた。町なかは、お祭り騒ぎになっているのだろう。

 こいつはいい。俺たちの足取りも、その声に励まされるように、力強くなっていった。


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