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93 未三つ(午後2時)飼育 氷室城下・梶川出羽守秀明

 馬に限らないが、動物を人間の都合に合わせて動かそうとするのなら、その面倒を見るの簡単ではなく、本当に「面倒臭い」ものである。

 それだから、はるか大昔に、馬を戦場で使おうとした奴は、相当に考えなしだったんだろうと思っている。


「御家老様、まぐさ飼葉かいばの配給、終わりました」

「おう、ご苦労。特に、先々で何かなかったか」

「はい、士分・奉公人を問わず、当家からのものを派遣していますから、問題らしい問題は起こっていないようです」

「よしよし、このまま、明日の夜明けを無事に迎えてくれればいいな」


 実際に騎馬だけを軍勢にまとめて動かすのは、兵糧の面では面倒だ。

 その辺で草を喰ませておけばよいというのは、一頭から数頭の農耕馬の話で、数頭になれば、それなりの広さの牧草地がないと厳しい。だから、村で所持者不明の家畜の放牧に使っている入会地があると、勝手に使わせていいのかと必ず訴訟沙汰が起こる。

 さらに、馬の力と速さを養おうとするなら、豆や雑穀などをはじめ、精のつくものを飼葉に食わせねばならん。水だって、人間と違って馬鹿みたいに飲む。

 馬を飼うのなら、ただ野良仕事に使い、草しか食わせないというのでは、まったく御話にならない。

 ただし、馬はその気になれば、人間よりも長大な里程を、より速く動かすことができる。

 それゆえに、馬により馴れている家中の者どもは、地元の半田村に返し、与力の者どもは城下町の屋敷に泊まらせるか、近在の休耕地に野営させることにした。馬の面倒を見ることを最優先したのである。

 10人ばかりは城下に屋敷を持っていたので、そこに合計100騎を預からせた。60騎は半里足らず西にある集落の乙名に話をつけて野営している。今日明日の秣の調達も何とか間に合った。

 残りは、我が家の城下町屋敷に受け入れた。だいたい、40騎ほどである。厩はわしと供の数騎で埋るので、庭を開放した。

 この何年かは半田村から馬での通いにしていたので、この屋敷を使うことはあまりない。わし自身には風流な趣味はなく、維持のための奉公人が若干いただけで、庭は下草が茫々のただの広場と化してした。今は庭を小放牧地にして、各自勝手に馬体の手入れや給食をさせている。

 庭に降りて、見回ってみる。

 我が家に来ている者は、兵制を改めた際に騎馬を選択した小身の連中である。

 領地替えで半田村周辺にやってきた者たちばかりで、ほとんど半農民というのが実情だ。

 それでも、馬の扱いには慣れてきた。馬の毛を梳いている者に声をかけてみる。


「精がでるな。だいぶ綺麗な馬体になった」

「御家老様……」

「ああ、畏まらんでいい。続けろ」

「はい……元々私の乗っていた1頭だけだったのを、10頭に増やしましたので、なかなか大変でしたが、半田村でいろいろ教えていただき、何とかなっております」


 こういう小身の者だとただ土地を与えられているだけで、そこに領民がいるわけではない。近在の村から土地の相続からあぶれた者を小作・奉公人として雇うとともに、自分自身も足軽どもも耕作しているのが当たり前だ。そこで、1頭2頭、農耕に用い、いざ戦というときに軍馬としても使うだけだ。ただ、割りと土地を上手く経営できていて、余裕があるなら騎馬を選ぶ。この者のように。


「特に困ったことはないか?」

「いえ。領地替えと言っても、そんなに移動するわけではなかったですし。稲の刈り取りをやって早々に半田村の近在に移りましたから。それがし以外の者を馬に乗れるようにするのは大変でしたが」

「昨日の動きに、ちゃんと着いて来れたのなら、大したものだ。もう大丈夫だ」

「ありがとうございます。ここまで世話になっていると、いっそ土地ごと御家老の配下にしていただいた方が楽かもしれませんね」

「わしが大身になりすぎる」

「いやいや、半田村の繁盛ぶりからすれば、当然の結果だと思います。それに400騎の騎馬武者を一度に統兵するのですから、家中では御家老が一番の実力者かもしれませんぞ」

「わはは……褒め過ぎだ。まあ、励んでくれ」

「はい」


 いやいや危ない。こういう言葉は、冗談に受け止めておかないと不味い。堀部家の直臣から、わしの配下……つまりは陪臣へ身分を下げろというのは、主家より当家の方が仕えるにふさわしい実力を持っていると言うことに等しい。

 この男の場合は無自覚だが、はっきり自立・反逆を遠回しに勧めてくる者は一切ならずいるのだ。

 実際、今など下剋上を実行するのなら、好機だろう。城中には御館様も、一門もおらず、一門の御隠居たちも離れた領地にいる。他家から攻められているという存亡の危急にはあるとは言え……。

 とは言え、一筋縄ではいかない。騎馬武者は強いが、それは馬が駆けられる野戦だから強い。速く動けるからの強さなのだ。城攻めでは、馬の速さは役に立たない。

 いや、怖い怖い。甘言に耳を貸していると危ない。そんなことを突発的にやっても、津山の攻勢が弱まるわけではない。

 家老全員で謀議し、奉行たちをある程度まで巻き込めば、城は乗っ取れるだろう。だが、そこから後は?

 武蔵守、関東管領、古河公方といった古臭い権威もまだ残っていて、そんな騒動を起こしたら、わしら国衆・地侍から土地を奪う好機と捉えるかもしれない。新興の北条家を頼っても武蔵と相模の国境から遠いから、捨て石にされるだけだろう。

 そこまでの舵取りは、さすがに考えていない。短絡的に行動を起こして、上手く立ち回わるのは難しい。堀部家に取って替われるとは思えない。

 あの人を食ったような態度が常日頃の御館様のことだ。今、一族をあげて城を留守にしているのも、「取れるものなら取ってみろ」という気概の表れと考えるべきだ。 

 そう……今、自分から罠にはまりにいくことはない。


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