08 氷室郡大沢村庄屋・久兵衛の必死
7月8日
「なかなか難しいか」
「砂鉄の質も量も今一つだからな」
わしゃあ、氷室城下の大沢村で庄屋を営んでいる久兵衛と申す。早朝、わしと話しているのは村の小鍛治の六助だ。
最近は、ご城主の堀部様の治水もよく、お天道様の照り具合もいいことから、百姓は助かっている。それに氷室城下の年貢は四公六民で、農民に有利だ。わしも小作への土地の賃料を安くでき、百姓の離散を防げるので大層助かっている。
だが、百姓の仕事は所詮は、天気仕事。お天道様の機嫌が悪けりゃ、それまでだ。だから、村に何か副業の種を作りたい。自作も小作も、野良仕事の合間に小金を稼げる。そんな仕事を作っておくことは大切だ。
自分の土地の農作業のために人をまとめ、小作料を取り立て、年貢の納入の取りまとめをやるだけでは足りない。自分のことだけを考えていると、必ずしっぺ返しを食らう。庄屋は村全体が立ち行くことを考えなければならない。一国一城の主に匹敵する仕事だと思っている。
六助と話していたのは、六助の鍛治の仕事を大きくし、そこに職人として働けるものを増やせないかということだった。鍛治には刃物や刀剣、農機具を製造する小鍛治と、さらに鋳物や鉄素材全般を扱う大鍛冶がある。
小鍛治なら村の農具の製作と修繕、たまに士分からの刀槍の修繕くらいで、六助と弟子一人で何とかなる。むしろ、六助と弟子は暇なときに自給のための田畑を手がけてるほどだ。それで、わしが金を出して、鋳物をできるようにしたのだが、そこから先に進むのは難しいという話だった。
「これ以上は金がかかるだけだな。鋳物はできるようにしたが、大がかりにして誰かに手伝ってもらっても、割りに合わないんだよ」
六助が言うには、十重川も新井川も、上流に良好な鉄を含んだ石が少なく、川沿いに良好な砂鉄の溜まりが少ないのだそうだ。
「分かりやすくいうとな。砂鉄を含む土砂をできるだけ高く熱してやればやるほど、鉄が取り出しやすい。だが、そこに手間がかかる。人手がかかって大変になる。簡単じゃないんだよ」
「それでも、鋳物は鍋、釜、鉄瓶とかで、城下町から注文も入ってるだろう?」
「だが、常に人手が要る訳じゃねえからな。お前のとこの小作を一人小間使いに使えればいいってくらいだ」
「駄目なとこはどこだ? 何が簡単になれば、大鍛冶にできる?」
「たたらだな。鞴とも呼ぶが。大型の炉に大がかりのたたらを据え付ける。すると強く多くの空気が炉に送りこめて、中が熱くなる。それだけ、いい鉄を多く作れる。大鍛冶では、たたらを人が両足で踏むくらいにして、それをいくつも連ねるんだ。熟練は要らない。普通の人足でできるが、大層にきつい仕事なんで、給金がかかりすぎる。どうせ金をかけるなら、鍛冶の職人に金をかけたい」
「うーん……なるほどな。それなら、ちょっと相談してみたい人がいる。話をつけてみよう」
先日、わしの息子を助けてくださった、城下町のお医者様のことを、わしは思い出していた。
「病に対してだけでなく、作物の病虫害とか、物を作ることとか、実利的なところでも相談に乗れるからな」
と、その人は別れ際におっしゃっていた。
わしは5人の子に恵まれたが、次々に病に倒れ、一男一女を残すのみになっていた。
7月に入るや息子が倒れ、寺に祈祷を願いにいったら、坊さんが「いや、それならば……」と紹介してくれたのが、そのお医者……佐藤様だった。人の技など頼りないと思った。だが、死線を踏み越えかかっていた息子は、今日は平気で起き上がっている。今は野良仕事を手伝っているくらいだ。
口から出任せではなく、いちいち理詰めの話をなさる人だった。相談を持ちかけるのは無駄ではないだろう。
城下町はそんなに遠いわけではない。お天道様のあるうちに行き来できるだろう。俺はすぐに佐藤様のところへと向かった、