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83 戌一つ(午後7時)呪い 四方村陣屋・甲野源乃助師史

 (のろ)いか、(まじな)いか。

 超自然の力を使って、特定の人や人の集まりに害を与えることは(のろ)い。それも含めて、いろいろな影響を与えることが(まじな)いなのだろう。同じ文字なのに、読み方が違えば、意味も違うというのは、この国のことだけなのだろうか?

 これから私や佐藤さんが為すことは、果たしてどちらであろうか?

 実際に効果があるかどうかが、まずもって疑わしい。それでも、わずかな準備でできる技を試してみる価値はあった。

 佐藤さんは仮の祭壇を作り、護摩を炊き、愛染明王の真言を唱える。他の術者にも真言を唱和してもらい、少しでも式神の力を高めようとする。


「おん まからぎゃ ばざら しゅ うに しゃ ばざら さとば じゃく うん ばん こく…………」


 私は立ち上がり、神剣を鞘から引き抜いた。九尾の狐とおかつがいるだろう北に向かう。銘は打たれていないが、稲荷大明神の霊験あらたかなこの剣の力を借りるときだ。


「稲荷大明神の御前に申す。我は御神霊の招を為す者として、大妖たる九尾の狐の取り憑きたる娘おかつに、まみえたり。この者、津山一門を誑かし、多くの兵を陥れ、悪しき瘴気や大火球を発し、人々を殺戮せん。このおかつに取り憑きたる大妖を、娘の身体から遊離し、その存する場所に留め、おかつに慈愛と正見を取り戻すために、大明神の力を貸し給へと請い祈願し奉る。御大明神の力を招き、おかつと大妖とを分かち、おかつの禍を浄め、正道回帰のため、神の業をもたらし給へと畏み申し上げる!」


 無銘の神剣の霊力を、見えぬ場にいるおかつの心を打つようにと、祝詞の最後の一言に合わせて、上段に剣を振り上げ、一気に下段まで降り下ろす。


 しゅっ!


と鋭く風を斬る音ともに、一条の暖かな色の光が発され、音もなく壁を通り抜けていった。


 それに合わせて、佐藤さんの何度目かの真言が詠唱されて……


「おん まからぎゃ ばざら しゅ うに しゃ ばざら さとば じゃく うん ばん こく…………空狐くうこよ来たれ、九尾の狐の憑きし、おかつの心を鎮めよ」


 護摩の炎の上に、白い狐が現れて、空を駆け、やはり北面の壁を突き抜けて行った。


「ふう……」


 私は刀を鞘にしまい、その場で畳に座り込む。


「5里以上も離れていたのでは、効果のほどなど、わかろうはずもないのですが、佐藤さんの式神はどうですか?」

「害を与える式神なら、九尾の狐ほどの呪力があれば、(のろ)い返しを仕掛けてくると思うのですが……(のろ)いではなく、人の心を取り戻して欲しいというお願いの(まじ)いですから……どうなるのか」


 九尾の狐を害するのではなく、おかつという娘を人としての正道に戻すために、祝詞を唱え、式神を射てば、狐は倒せなくとも、力を弱めることができる……かもしれない。

 しかも、稲荷大明神は狐の神獣だし、佐藤さんの呼び出した空狐も狐の式神だ。九尾の狐の対極に位置する狐の化身たちは、おかつという娘に親和性が高いと思えたのだ。


「こんなときに何ですが、腹がへりませんか?」


 佐藤さんが苦笑しながら疲れきった顔で言う。


「もう力が空っぽで、同感です」


 私が答えると、馬の医師だという仙術師の立川さんが立ち上がって、廊下の襖を開ける。


「大丈夫。ちゃんと用意されてますよ」


 陣屋付きの奉公人たちが、夕食の配膳に来ていた。どうやら緊迫した様子に、中に入れなかったようだ。

 精がつくようにと言う心づかいなのか、魚の干物だけでなく、醤油などで味付けして焼いた鳥肉がついており、その香りが鼻腔をくすぐった。

 すると、殿様も、部屋の中に入ってきた。


「いろいろ、方々なりの戦をしていただいているようでありがたい。腹が減っては何とやらで、遠慮のう食べてくだされ」


 奉公人たちが配膳を見合わせたのは、どうやら殿様が中をうかがい、場の様子に気づいて、控えさせたからだった。


「津山の馬鹿殿には、狐を討伐するよう言いおいておるのだが、多分、その約束は守られない。今、手を打っていただけるのは、本当にありがたい」


 堀田の殿様の表情は屈託がなく、侍たちもこの人の言うことならよく聞くだろうと思わせる。


「それで甲野殿には、明日、もう一つお願いがござってな……」


 そこで私は、大変に手間のかかる願い事を聞かされるはめになってしまった……



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