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78 申一つ (午後3時)内応 田上城内・柴田内匠頭頼

「外の様子はどうだ? 内匠頭」


 城中の天守……といっても小城故に3階建ての櫓だが、城外をすっかり一望できる。心配顔をした飛騨守が、梯子を昇りながら尋ねて来る。公務中の緊急自体ゆえに、2人しかいなくとも初名で呼び合うことはない。

 猪口外記の裏切りと残軍の北上の報を受けたはいいが、城門を閉ざすの一手しかない。各武家屋敷に使いを出し、在番の侍は駆り集めたが、城中の役職者と合わせて100人といったところだ。むしろ、外から応援に来たやつらの方が甲冑も着こんでいるのに、城中の勤務者は、槍を持つだけだ。東西南北の四門に各10人を配し、残りの60人を南に面した大手門裏の広場に集めている。


「来おったよ。伝者の言うとおり、真南に湧いて出た」

「御館様と淡路の軍勢は?」

「中山道を進んでおるが、まだ遠い」


 領内の各所から、2000の兵が明日になれば集まってくるが、今の今ではどうしようもない。せめて自分の配下の100人くらいは何とかならんかとも思うが、明日の夕刻に田上城下に入り、明後日の夜明けとともに進軍開始予定で、段取りをつけてある。ただ嘆息するだけだ。


「城の城門を短時間で突破できる方法がなければ、外記にも何もできないだろう」

「その通りだが、感づかれなければ城に乱入できるとか、そんな甘い考えで動くような奴でもない」


 飛騨守の外記に対する評価は高いし、自分もそう思う。御館様や淡路が何の手も打たないとか、俺と飛騨守が手をこまねいているとか、そういう偶然任せにしないというのが外記という男である。


「何か策があるはずだ。例えば、九尾の狐?」

「それに関しては、栗原殿と3人に御殿に控えてもらっている」

「まあ、周防の屋敷を火事にしたような技を使われれば、それとても手の打ちようはないな」


 御館様の軍勢から、騎馬だけ100騎を分離して、東西の街道と中山道との十字路を押さえた。外記が東から北へ向かうような動きに出たら、牽制しようという腹だろう。真っ直ぐ城下から大手に向かったら、後方を撃つつもりなのだろう。安田家の旗印が見えるから、臨時に淡路が馬廻衆を率いているのだ。


「淡路の進言としても、この辺の戦の組み立てには、御館様に不安はないんだよなあ」

「うるさい一門がいなくなって、むしろ清々しているかもしれないぞ」


 それでも、槍兵、弓兵の行軍は、急かせても遅い。


「外記め、大手前の通りへ、真っ直ぐ入ってきたぞ」

「飛騨守、下の60の兵の統率を頼む。降りたら伝令役を一人回してくれ」

「わかった」


 陣太鼓を打ち鳴らしたら東門、鉦を打ち鳴らしたら西門へ向かっているという取り決めはしてあるが、細かい指示が必要になった場合に、やはり人が必要だ。

 伝令の若いやつが昇ってくる……


「すまんな、そこに控えていて……」


 言いかけて、櫓の下の異変に気づく。広場に出る前に、飛騨守が数人に槍を突きつけられ、そいつらに太刀を手渡している。

 反射的に振り向くと、昇ってきたやつが、既に太刀を抜き放っていた。


「申し訳ごさらん。町方の手の者です。飛騨守様同様、大人しくしていただきたい」

「これは……してやられたか」


ぎぃ~


 大手門の方から、蝶番の軋む音が響く。


「門の兵は元々、猪口の配下か。呼び集めた中に何人、猪口の手の者が紛れていた?」

「今の大手門の門番四人と、屋敷に居残りの六人ばかり。先代から縁のある配下が残っておりまして」


 やつらの軍勢は600ほど。多勢に無勢だ。広場の兵は、事態の急変に戸惑っているうちに取り囲まれてしまった。城門も閉じられて、淡路の兵が動き出したが、これは、もうどうにもならない。


「猪口から急使などはなかったと思ったが……」

「本日の御館様の出撃の報を、昨夜、御奉行に伝えた際に、万一の時の策として授かりました。敗退して、罪をかぶることになるのなら……と申されまして」

「ち……こういう策謀が読めないようでは、まだまだ修行が足らんな」


 自分も槍術には自信はあるが、これは抜刀居合術でも極めていなければ、逆転は無理だ。先に刀を構えている腕も立ちそうな若い武者に張り合ってもしょうがない。


「太刀と脇差はお持ち致すゆえに、ここに置いて、先に階下に降りてくだされ。ご覧のように、本多様も、ほかの兵も、囚われの身ですので」

「わかった、わかった」


 本気で命を長らえるしかない。太刀と脇差を腰から抜いて、梯子の傍に置いて降りていく。階下には、やはり太刀と脇差を奪われた飛騨守が待っていた。


「お二方とも、どうか、こちらへ」


 上に来た若いやつが、俺の太刀と脇差を持っているのを見て、一安心して案内に従うことにした。抵抗したところで意味はない。広場では、外記と、弾正殿の総領の矢野輔殿が待っていた。


「すっかりしてやられたぞ」

「こんな策にはめられるとは思わなんだ」

「お2人相手にして、城は落とせないと思いましたので」

「父と備後様には、猪口には、父を見殺しにされた恨みが弾正様にあるから、反意に気をつけよと遺言されていたんだが……」

「左様でしたか、本多様」

「うちもだ」

「柴田様も? もしかすると、安田様もですかね?」

「いや、淡路は備後様が遺言し損ねてるかもしれない」


 こんな会話を、弾正殿の息子の傍でしてよいものか、少々迷ったが……


「矢野輔殿に聞かせていい話か?」

「道中、全部、ぶちまけました。それでも、この状況では一蓮托生せねばならないと割り切っていただけております」


 矢野輔殿もさばさばした表情だ。


「自分には、今の600の兵をまとめきる器量はござらん。普通に帰還したのなら、死を賜るしかないわけですから、ここは外記殿の策に乗ることにしました」


 さて、どうしたものか……実際のところ、場外にいる御館様と淡路、さらに、わしら2人が「旧世代」への反逆者だということを知らせた方がよいのか悪いのか……。


「御殿の広間で話そう」

「わかり申した。取り敢えず、そこの60人は町奉行所に入れておけ。すぐに味方になるかもしれん。手荒はするなよ」


 飛騨守が提案し、4人で移動する。広間の中央に向かい合って胡座をかいて向かい合う。


「わたしら2人……免責していただけますか?」

「残念だが、そこは約束できない。それは御館様に直に申し開きすべきことじゃろ」


 飛騨守は常識論を返し、自分もそれに首肯する。


「ただし……これはもう、ばらしてしまうが、御館様と俺と淡路で、備後様を謀殺して、今回の出兵まで及んでおってな。話は別かもしれないが、お主らを責める気にはならんのよ」

「病死ではなかったのですか?」


 外記も、矢野輔殿も、一瞬、呆れ顔になる。


「まあ、わしも事後に話を聞いて呆れたがな。ここまでが、家内の重石をどかす作業だと思えば、お主らを助けるという道筋はありだ」

「私と飛騨守の二人の名で会見の場を持つように、御館様と淡路守にかけあうぞ」

「お待ちくだされ、今ひとつ懸案があります」

「狐じゃな?」

「ご存知でしたか。あれを使いこなさない手はないとおもいますが……」

「周防殿が討たれたと聞いていたが、お主と一緒なのか。奴らはどこに?」

「久保多村です。一刻ほど遅れて参るとか」

「うーむ……それについても、話し合いだな」

「善は急げだ。大手門の門櫓から、話しかけてみよう」


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