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77 未三つ (午後2時)論功行賞 堀部本陣・堀部大膳太夫吉久

 津山の棟梁との会見を終えると兄は本陣に下り、家老、奉行、副奉行を呼び集めた。


「すまんが、9月1日の正午から、再戦の約を結んだ」

「明後日ですか」

「何とも中途半端な」

「何はなくとも、城下に人数を戻すべきと存じます。今、城は門番以外は完全に空っぽでござりますゆえ」

「旗本、太夫の弩隊、源乃進の弓隊、この2隊につけた与力の槍隊以外は、この軍議が終わったら城下に戻ってくれ。疲れもあるだろうが、よろしく頼む」


 城まで5里ほどの里程だから、到着のころには暗くなっているだろうし、疲労は濃くなるかもしれないが、城もしくは城下で休め、食事もたっぷり摂れるのなら、そちらの方がいいに決まっている。

 何より、侍が城と城下を空っぽにし続けたら、町人・百姓とて何をするかわからないご時世だ。

 敵がもっと深入りしていれば激しく落武者狩りだって行われていたはずで、百姓だって油断はできない。森の中で西側に逃れた敵は、因幡守の軍勢と合流できただろうが、東側に逃れた敵はばらばらで落ち武者狩りがかかれば、ひとたまりもない。

 

「野営の連続は難しいゆえに、城下に引き返し、城、城下の寺院や旅籠に宿泊してくれ。手配は勘解由と和泉に一任する。余は今日明日と四方村で戦の仕込みをする。ちと頭を使いすぎたから休みたいがな。守られていたとは言え、割れた火の玉に包まれたり、真横に火の鳥が出てきたり、並ではない体験もした。旗本は残って仕込みの手伝いだ」

「ちぇ、私が引率するんですかい?」


 織部があからさまに舌打ちして文句をいう。兄が笑ってやりすごす。このやり取りも、もう儀式みたいなものだ。普通の神経なら、とても耐えられない恐怖の現象を話の種にして場を和ませるのは流石だなと思う。


「余と旗本は陣屋を使わせてもらう。太夫と源之進は村内の旅籠などを使ってくれ。あと砦も空にしないようにな」

「かしこまりました」

「但馬とその総領、因幡とその総領、それに弾正……お主と源之進と与力の隊で五つも首を取ったのだし、周防守の隊もお主らが壊滅させた。特に周防の隊の殲滅と、因幡たちを討ったのは見事で、功一等と言いたい。だが、領主としては身内を贔屓するわけには参らん。事前に四方村に領地替えしたのは報償の前渡しだ。今回の報奨はない。源之進と今回の与力を付けるゆえ、今の砦を城に仕立てて、四方村を城下町に育てよ」

「…………」

「周防守は、猪口の陣内で腹を切った状態で見つかったから、討てなかった訳だが、実質的には討ったも同然だしな」

「…………」


 ちょっと声が出なかった。


「何だ? 報償が前渡しのみで不服か?」

「いえ、滅相もない。今の氷室城を超える名城を造りますゆえに、その時には、それがしを領主の座をお譲りくだされ」

「できるものならな」


 家臣たちも冗談と受け止めてくれ、笑いが湧く。にやにや笑う兄の前で、自分でも見栄を張ったものだと思うが、「報償はない」と言われても、明らかに功一等を認められている。ここは大きな見栄で応えねば、重臣たちに示しもつかない。


「さて、本当の功一等は、左衛門尉、お前だ」

「はあ? 弟君を差し置いてですか?」


 左衛門尉も芝居がかってはいるが、すべては森からの出口の町方隊の奮戦があればこそだろう。


「弾正の隊を森から出さなかった奮戦は見事だった。柵の横からの溢れ出しを防いだ与力衆の働きもだ。それがあったから、弾正と但馬も討てた。それと、左衛門尉と町方に関しては、戦の前に、敵の密偵に虚報を流し続け、敵の一門の抜け駆けを誘ったという功もある……というかだ、敵が分裂しなかったら、今日は勝てたかどうか怪しい。だから、お主と町方こそが功一等だ」

「ありがたき幸せ」

「おい、まだ、褒美を言っていないぞ」

「そうでしたな」

「森脇村を加贈してつかわす」

「敵の領地ではござらんか」

「ああ、この戦に勝ったら、田上郡は余のものにする。公方も、管領も、武蔵守が文句をつけてきても知らぬ存ぜぬだ。お前らに報いるためには、そうせねばならん。守っていては、褒美もないのだ」


 管領に人質に出している娘をどうするつもりだ……と問い正したいところではあるが……まあ、乱世の倣いというやつだろう。


「いいか、津山の棟梁を討ち、田上郡を我が領土に併呑する。戦の途中、まだ敵の重臣も討てるだろう。そうすれば、領主の空いた土地を我が物にできる……北条が今やってることじゃな」

「いっそ、北条を呼び込みますか?」

「さあ、どうしようかの……」


 兄はにやにや笑い続け、韜晦するようだ。


「そういう面倒な話は、まだ先のこととしておこう。ここから後の戦功の順位は決め難いが、和泉、出羽、勘解由……お主らは此度の軍制の改革に力があり、出羽は決定的な局面で上手く騎馬を使いこなした。勘解由は鉄の増産やそれによる資金繰り、さらに、戦場でも左衛門尉をよく支えた……」


という具合で、あとは家老衆、奉行・副奉行衆、目立った活躍をした与力を激賞する。そして、田上郡を併合した時の領地の分配の基本線を決めてしまう。負けたら当家の滅亡だ。一日には書き付けにして渡すとまで言っている。

 褒めることもすれば、利益になることも惜しまず提示する……これこそが人の上に立つ要諦なのだなと改めて思う。兄に男子ができなければ、次は自分だと言われたことを思い出す。自分も自分なりに上に立つことを覚えねばならず、氷室城から四方村と郡境砦に放り出されるのは、その修行のためなのだろう。

 しかし、まだ戦は終わったわけではない。戦での指揮には、いささかの自信もついた。まずは全力を尽くさないといけない。


「では、各々抜かりなく……氷室城・城下まで、引かれよ……そして、1日の夜明けとともに、郡境へ進軍されたい」

「おう!」


 各将が散ると兄は、私を呼び寄せる。


「高札を村の各所に出して、布告してくれ。落ち武者狩りやるやつらが出るだろうし、死体から金品は剥ぎ取るやつらもな。それは許すからから、死体そのものを、街道・間道からどかし、できれば手近なところに埋めてしまえってな」

「いいのか?」

「ああ。それと高札をもう1枚」

「もう一枚?」

「1人100文出すから、郡境に柵を立てる手伝いをしろと」

「何だ、それは?」

「森の出口と砦に、山ほど杭が残されている。それを手当たり次第、郡境に立てていくのさ」

「効果あるのか?」

「効果のあるように戦うんだ……立ち話もなんだから、ともあれ、村の陣屋に戻ろう」

「ああ、わかった。おい、源之進たちも着いてまいれ」


 皆に続いて、我々も四方村への途についた。

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