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75 未一つ(午後1時)会見 堀部本陣・内藤勘解由良純

 郡境、中山道沿いの野原に、軍議に使える大きな卓と床几をいくつか。双方の物見・密偵が交錯していたのはわかったので、御館様が、津山の棟梁に書状をしたためて使者に持たせたのが半刻前だ。

 卓の上には、7つの首桶を並べてある。蓋を北側に置き、そこに我が方が手に入れた首級をさらしている。弾正、因幡、因幡の息子、但馬、但馬の息子、周防、伊藤図書……首は置き捨てと触れを出しているものの、今回の戦の首謀者たちであり、近在では名の通った武将である。さすがに放っては置けない。


「返すんですか?」

「返すさ。弔いは、向こうにあげさせるべきだろ」

「しかし、来ますかね?」

「来るさ……見えんか?」


 郡境に場所を設けるゆえに、敵の御館、副将、供回り10人、それだけの人数で会見しようと書状で要請していた。当方は郡境から半里ほど軍勢を下げる一方で、津山勢は半里手前まで押し出してきて構わないという条件も示した。津山の殿様は、時折、優柔不断の虫を出す……という話だったが、書状を読んで即決で「承知」との返事をしたという。向こうの副将は淡路守らしいから、その場で斬り合いになったら、到底敵わないが……。

 卓を置いたのは、見晴らしはいい場所で、郡境の向こうに敵を迎え撃つのなら、ここに本陣を置きたいという場所だ。こちらは、太鼓を鳴らし、旗指物を高々と掲げて、見せつけるように軍勢を半里後退させた。

 すると向こうさんは森脇村の南に現れて、しずしずと進んでくる。そして、半里手前から12人の騎馬武者がこちらへ並足で向かってくる。

 多分、段々とわかってくると思うが、討たれた7人の首は、進んでくる12人の方を向いている。あやつらが、今回の仕義をどのように説明するかは知らないが、気分のよいものではあるまい。

 いや、あからさまに津山兵部は怒っている。肩が大きく上下しているのは、馬に揺られているせいばかりではない。

 そして、ついに互いの顔が見えて……


「兵部殿。ご無沙汰じゃったの。昨年の江古田の陣以来じゃの」

「掃部介殿も息災の様子で何より」


 津山の連中が一斉に下馬し、一礼する。御館様の言葉からは、昨年の武蔵南部の江古田に扇谷上杉の要請で出陣した際に、津山の軍勢も一緒になったことを示していた。


「此度は家中から不届き者が出てしもうた。詫びの言葉もござらん」

「手勢は1000ばかりかな? 2000の軍勢の追補には、ちと足りんようにも思えるが……」

「なに。一騎当千の強者がここにおるから、1000で十分」


 こんなところでいきなり持ち上げられて、淡路守は苦笑を浮かべるばかりだ。


「この7人が首謀者でござるかな? 城下で軍制改革の成果を見るために、9月1日に閲兵式をやる予定でしてな。城下に兵を集めていたおかげで、2000の兵が国境を超える勢いで郡境に向かっているという急報にも対応できた」

「弾正の嫡男と、猪口外記の首がござらんようで」

「弾正殿の嫡男の行方は知らんが、外記殿の軍勢は、因幡殿の兵を救出して、そちらの領内に退いていきましたぞ。東側の森沿いを通って。因幡と因幡の息子の首は退き際に討ち取ってござる」


 兵部と淡路が戸惑いながら顔を見合わせる。淡路がうなずく。


「少々失礼する」


 兵部が言い、淡路が立ち上がり、供の一人にヒソヒソと指示を与える。


「行け、急げ」


 淡路の声に応えて、二人の供がこの場を離れ、馬に飛び乗って、北に待機した軍勢へと駆けて行く。


「いや、大事なお話、ありがたかった。まんまと不届き者を逃してしまうところで助かった」

「うん、この上は、不忠者どもの残党を、疾く討たれるがよい」

「かたじけのうござる」

「ところで、此度は当方も大きな迷惑を被ってござる。何しろ、二千もの兵が、いきなり郡境を越えてきたのでござるからな。しかも、撃退してみればご当家の一門が主力ではござらんか。いったい、なぜ、こんな無法がご当家ではまかり通ったのか、お聞かせ願いたい」

「狐にたぶらかされてござる」

「狐? はて面妖な」

「九尾の狐……ご存知じゃな?」

「うむ、それはお伽噺などでな」

「我が領内に眠っていた狐の化身の殺生石が息を吹き替えして、女のなりをして、そこの周防守をたぶらかしたのでござる」


 弾正と周防のせいにするのかと思えば。


「九尾の狐でござったか。それは恐ろしい。そやつじゃろう、20間もの火球を飛ばしてきおって、危うく余も呑まれそうじゃった。しかも、2人のなよなよした若衆姿で恐ろしく重そうな太刀を軽々振り回す」

「拙者は本陣からは離れておりましたが、あの火球はすごかった」


 退けた際の朱雀もすごかったが、そこは黙っておくのが良いのだろう。


「完勝のはずが、旗本の3割方が一気に倒されてもうた」


 そこでついた嘆息は、紛れもない本物だ。そのくせ、どう狐を退かせたかは喋らない。


「狐を撃退し、お主のとこの不始末も片付けてやった。森脇村をくれて、やっと引き合うくらいかの?」


 御館様の声がいつになく低くこもる。席に付き直した淡路守が、目を剥いてぎろりと御館様を睨みつける。


「そちらは戦に負けた。敗残兵が反乱兵になって城に向かっている。今ここに我らは2000を越す兵がいるが、そちらは1000しかいない……そう考えれば、無理難題とは言えんでしょう?」


 わしが追い打ちをかけると、淡路の睨みはこちらに向く。なかなかの威圧感だが、要求を引っ込めるわけにはいかん。


「無理じゃな。こちらの不始末とは言っても、そちらもおったまげるような大妖のやることを、わしらで停めろというのは無理だ。城に向かってるのが反乱兵とは限らない。こちらは1000しかいないが……それならば、力尽くで取ってみせるか? できるかどうか、すぐにも試してみても良いぞ」


 優柔不断とも言われる御仁だが、これはなかなか。元々9月1日に出兵予定なら、近在の兵は、城下近辺に来ていて、猪口の兵の北上は意に介さないかもしれない。淡路と旗本が死兵と化して戦ったら、それはとても厄介なこともわかっている。


「く……くくくく……」

「ふふふ……あははは……」

「あ〜あ……これだから、地侍の棟梁なんざいやだっていうんだ。城下町のならず者と変わらないってんだよ」

「面子だのなんだの。本当に面倒くさい」


 いきなり話が砕けた感じになったので、わしも淡路もあっけに取られている。


「ああ、二人はわかってないな。こいつとの面識は、別に上杉絡みの出兵のときだけじゃない。管領のとこへ人質で出仕させられていた童のころからなのさ」


 うちの御館様が完全に私語の調子になると、それに合わせて、向こうの御館も一気に崩れる。


「お互いにすっとぼけるのは、もうなしにしよう。決戦は9月1日正午でいいか?」

「それでいい。だが、そっちが有利になるだけじゃないか」

「いや、猪口に城を押さえられたら、こっちが詰む」

「柴田と本多が上手くやるんだろう?」

「そりゃあ、あの2人なら上手く切り抜けて当然だ」

「糞餓鬼め。猪口が何とかできたら、九尾の狐がお前んとこに行くんだろう? それはちょっと勝負にならないぞ」

「こっちの言うことを聞いてくれるとは限らない。それに、そっちも一度は切り抜けているから、相当のまじない師を抱えてるはずだ」

「食えないな。なあ、淡路殿。いつもこんなかい? こいつ?」

「いや、もうっとこう……無神経ではあっても、お固いというか……」

「備後と一門の年寄りが今まで重くてな。我ながら人としてはどうかと思うが、備後に加えて、その3人が消えたのかと思うと……」


 自然に笑いがこみ上げてくる?……それを呑み込んだのか?……討たれた当の本人の首を前にそれだとすると、確かに人としてはどうかと思う。ただ、こういう人を食った言動が本当ならば、こっちの御館様と大いに通じるところがある。


「ちぇっ。俺は年寄りどもを隠居させるために、頭を下げて回ったんだぞ」

「こっちは、ゆっくりと進もうとしたわけだ。だが、その時代遅れの年寄りどものおかげで、2000の兵のかなりの部分を討たれたのは計算外だったが……」

「狐を討伐する限りにおいて、お前らの1000が後退するのを黙認してやるよ。そうでなきゃ、両上杉と公方に全部ぶちまける」

「ああ、それでいい……おい、先に伝令に走れ。全軍で田上城に向かえと」

「土産代わりに教えておいてやるが、周防の兵は全滅。弾正と但馬の兵は合わせて100余りしか残っていない。因幡の兵は300か400は残ったはずだ。図書の兵は50足らず。外記の兵は与力も入れて100は残ったろう。全部で600残ったかどうかというくらいだ」

「かたじけない」


 わしは思わず、恐る恐る聞く。


「9月1日正午に再戦というは、よろしいので?」

「構わんだろ。約束を守れるかはともかく、堀部・津山の戦は継続中ということだ」

「では、森脇村の津山の軍勢が退いてから、郡境を侵したらどうなります?」

「津山の本軍と九尾の狐が組むことが確定的になるというだけだろ」


 なるほど……佐藤殿の奥方にも、朱雀をぽんぽん出せるわけではなさそうだから、それはかなり拙い。我々も約を守らねばならんということか。


「これから城下に戻って、場合によっては降参するかもしれない」

「できれば、そうしてくれ。楽をしたいからな」

「ご期待に沿えないように努力する」

「それじゃあな」


 津山の連中は、首と首桶を受け取り、粛々と引き上げていった。



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