74 午三つ(正午)逃走 津山抜け駆け軍残党・おこう
タイトルにマークするほどではないけど、【R18】ではちょっとだけ淫靡な描写があったので、念のためその辺りの描写を変えています。
猪口さんはすごい。
津山家の親族で、この戦場唯一の生き残りである弾正少弼の総領息子、矢野輔吉景を上手く立てて、この地の地侍の棟梁にふさわしいのは吉景だ~という論法で、田上城を取るのは当然と、弾正家の連中を丸め込んじゃった。但馬守、因幡守の一族は死んじゃったし、どうしょうもない。今のクズな御館を放逐するんだって方向に持って行ってしまった。
「声は立てるな。粛々と進め」
殿軍を率いて、死んだ軍に息を吹き込む鬼……猪口さんは元々そういう人だから、兵たちには頼もしいのだろう。大将・侍大将をたくさん失った軍は統制なんてとりにくいはずだけど、足取りが軽い。本当に、足軽だ(笑)。
今は馬は1頭もいない。際どい戦いで消耗し、堀部の弩兵にも狙われて、死ぬか、解き放たれるかしちゃった。
「一門では吉景様、奉行では私だけが生き残りですから、開き直るしかござらん。御館様、御家老衆に捕らわれたら、切腹でも儲けもの。どういう殺され方になるかわからんのですぞ。だったら、殺られる前に殺ってしまいましょう」
猪口さんは冗談のように言うけど、津山一門で唯一、この戦で生き残った吉景の顔は真っ青だ。
「わかった……だか、勝算は低いだろう。城下にたどり着いたとしても、城門が閉ざされているやもしれぬ」
「運が良ければ一郡の支配が転がり込んでくる。運が悪くても死ぬだけです。くよくよ考えても、前に進めませんぞ」
猪口さんは吉景さんを、猪口さんの配下は兵たちを、口々に鼓舞したり、扇動したりして、気勢があがっていく。大将がいなくなってただの敗残兵の塊だったのに、1刻足らずで、600人の下剋上軍ができあがりだ。
あたしたちの側には、5人の槍足軽。周防守を殺すときに、お姉さんとあたしで、人としての心を殺しちゃった。お姉さんの力を少しだけ使って気持ちを高ぶらせておいて、あたしの力で頭の中をちょっといじった。あたしの技はお姉さんに教わっているけど、妖の力ではなく、人の力……つまりは仙術と一緒だ。
それで、頭の中に働きかけて、あたしたちの念ずるままに動くようにしちゃった。人としての心をなくした分、動きが獣じみた感じになっちゃった。だから、堀部の本陣突入の時も、すごい助けられちゃった。
今は、全体のど真ん中で、5人、あたしとお姉さんと続き、その後に猪口さんや吉景さんを守る格好になっている。
「もうちょっと中山道寄りの間道を通ったけど、つい2月くらい前には、氷川城下を逃げ出して、田上城下に逃げようとしてたのよね」
そんななかで、おかつ姉さんは思い出話。あたしは、おかつ姉さんと玉藻姉さんのお陰で、家族を殺された。けど、2人に引き込まれた快楽いっぱい、殺しもいっぱいの世界は楽しいのだから、少しも憎んじゃいない。そういえば、久保多村はいったいどうなったのやら……。
(この分だと、懐かしい村に立ち寄れそうね。そこで、ちょっと面白いことやりましょう)
「どうするの?」
(おこうは、おかつにわたしが取り憑いているみたいになりたくない?)
「なりたい!」
お姉さんたちが一体で、物凄く気持ちいいことをしてるのは、すごく妬ましい。玉藻姉さんがあたしの方に来てくれればいいのに……って心底思う。
「もしかして殺生石の小さい破片? おこうちゃんに取り憑かせるの?」
(そうよ。おたがいに気のやり取りをすれば、生気の戻りも速くなる。おこうにも、小さなわたしが入り込むのよ)
「それ、絶対にいい。でも、小さい破片を復活させるくらいの力、残っているの? 大きな結界の石が乗ってるんでしょう?」
(離れた戦場の恐怖もかなり吸いとったから、器は大きくなった。生気の方は、おこうちゃんが、最後に朱雀を消し飛ばしたお陰で、まだ残っている)
「退いたのは、かなりやる奴が一人残っていたせいだものね」
かなりの神通力を発散していた太刀が一振りあった。そのせいであたしも「逃げよう」って思わず言っちゃった。朱雀を出した女が出がらしになったみたいに、お姉さんたちもそうなりかねなかったし。
今、あたしの生気の回復に合わせて、お姉さんに少しずつ生気をあげている。お姉さんたちに辱しめられて、でみ、気持ちよくて、あたしの心は日に日に壊されて、人でなくなっていく。
でも、それでいい。今は早く小さな殺生石と一つになって、お姉さんたちに近づきたい。