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72 巳三つ(午前10時)敗北感 堀部本陣・堀部掃部介忠久

「いやあ、野戦の大将として腕の見せ所がなくて、残念残念……もっと閑職に回してくだされ」

「その生意気な口ぶりで、その気が失せた。家老にして、死ぬほど働かせてやろうか?」

「家老にまでお取り立ていただけるなら、仕事を全部、のんびりできるよう変えてしまいますぞ……では、先に進みまする」


 旗本の騎兵を預かっている織部助が、本陣に来て、周囲に聞こえよがしに、軽口を叩く。だが、あれだけの巨大な火球、巨大な火の鳥に加え、九尾の狐たちの振りまく毒のような気にも当てられて、呆然とするもの、泣きわめくもの、失禁するものさえいた中で、脱落者を出さずに騎馬隊を行軍させているやつが、将として無能なわけがない。余との軽口の応酬が、少しは兵を鼓舞できればいいという、こやつなりの配慮なのだ。

 それにしても強すぎる。全長三十間はあろうかという火の鳥・朱雀を退けるのだから、九尾の狐の妖力は本当に国を滅ぼすほどの力があるのだろう。まあ、あんな大妖に狙われるのだとしたら、余も相当に大物だ。せいぜい二千五百の兵を率いるのが関の山の国衆に過ぎないというのに。

 織部助と和泉の兵は、追撃に送るが、徒の兵は動かさず、本陣も停止させた。

 余を直接に守ってくれた7人の者を激賞しなければ。

 だが、最大の功労者は、まだ戸板の上で伸びている。


「佐藤殿、奥方は大丈夫か?」

「はっ……力を出し尽くしたようで、まだ自力で立てないようですが。さすがに4つの神獣のうちの1つですから。あれを呼び出せるものは滅多におりませぬので」

「佐藤殿でも無理なのか」

「あれの半分くらいの力の眷属までしか呼び出せません。最初の火球を割った雷は玄武の眷属ですが、あれだと狐自身には、致命傷は与えられませんね。私など器用貧乏なばかりです。おせんのほどの器と力の持ち主は、関八州でも2人といないでしょう」

「何だ、それは惚気のろけているのか?」

「いや、そういうわけでは……」

「しかし……奥が深いな、この手の技は。ほかの者も、よく支えてくれたな」


 佐藤殿以外の全員がまだ、顔が蒼白というのが、事態の厳しさを物語っていた。皆、座り込んで、神威と妖力の凄まじいぶつかり合いに圧倒されていた。

 細いクセのありそうな若い男の弟子、左衛門尉が町方専属の医者として連れてきた女衒、出羽守から借りた馬の医師、城下の縁日で占い師をしている者。同業の好というやつか、佐藤殿の顔は広く、彼らとは面識があったというのだが、1人だけ、城より3里ほど北西にある松山村の神社の宮司とは面識がなかったという。名は、甲野源乃助師史こうのげんのすけもろふみと言ったか。


「話が違う……と言いたいところですが、すごい経験をさせてもらいました」


 佐藤殿と同様に、この宮司は立ち直りが早く、話しをする余裕があった。戦場だから、簡易な作務衣姿だが、幣を持ち、細身で曲がりの少ない、ほとんど直刀というべき長めの太刀を持っている。


「最近、神主として来られたので、私も今回お初にお目にかかったのですが……もっと早くにお目にかかりたかったところで」

「最後にあの二人が退かなければ、最後は私の刀で戦う手はずでした」

「そうだったのか。その太刀は業物なのか?」

「私どもの神社は、いわゆるお稲荷様です。神獣としての狐をお祀りしています。平安の昔に、この地で内乱があった時に、神社にて稲荷明神の神通力を込めた矢で、その反乱を鎮めたという伝説が残っております。実はその時、矢だけではなく、この刀も鍛えられたという裏話がありまして……」

「本来なら剣術の心得のないこの方が、達人のような動きができますので、本当の神剣のようです。この方の力量は私と五分ですが、その刀の力があれば、九尾の狐とも渡り合えるでしょう」

「なるほど。それに稲荷明神の力ゆえに、狐の大妖怪を退治するのに持ってこいというわけだな。頼もしい、よろしく頼むぞ」

「いや、あんな度外れした物の怪が、襲ってこないことを祈りますよ」

「まあ、とりあえず、しばし休んでくだされ」


 ほとんど壊滅的な損害を受けた旗本の右陣の残存兵を、左陣の兵に組み入れて一隊に再編後に本格的に北上しようと思い、そのための下知を試案し始めたのだが、やはり、なかなかの損害で敗北感に囚われてしまう。あんな物の怪相手にに、勝ち負けもないだろうとも思っては見るものの……。

 そこで状況が変わったことを知らせる報せが来た。


「ご注進、出羽守様からのご注進です! 新手の敵が、中山道上に現れました。その数、約1000。津山の旗本とのことでございます。森脇村集落の中心まで半刻ほどのところだそうです!」


 馬から飛び降りるようにして、報告に来たのは、和泉の兵だった。出羽の伝者からの伝言を、和泉の伝者が継いだのだろう。


「ご苦労だが、お主はそのまま伝令に戻れ。兵糧への放火が終えておらんでも構わんから、即刻、郡境まで退去せよと、出羽守に伝えろ。おい、そこのお主は、先行する各隊に、郡境で停止せよと伝えて回れ」

「はっ!」


 九尾の狐をやっつけることだけ考えていられれば楽しいのだろうが、なかなか面倒なことが多いのが、武士団の棟梁たる者だ。できるだけ簡単に、駆け引きは済ませたいものだが……。

 


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