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71 巳一つ(午前9時)陰謀 津山第5陣・津山因幡守克長(地図)

 猪口の敵本陣突入のおかげで、第1陣、第3陣の残兵を吸収し、こちらでの会敵で打たれた兵数と差し引きとんとんで兵を退くことはできた。

 今は北の森脇村へと向かっている。


「どうやら助かったな」

「弾正様と但馬様の兵も引き連れ、何とか領地まで下がりましょう。3村の力を合わせれば、御館様も、家老衆も、おいそれとは手が出せません」

「その通りじゃ。何とか、領地に帰るぞ」


 弾正殿は今の御館の叔父に、わしや但馬は御館の又従兄に当たる。60代の弾正様や但馬様に比べれば若いとはいえ、さすがに死線を踏み越えそうな戦いは、50の身体には堪える。


「このまま中山道を進むと、森脇村に入った敵の騎馬兵にぶつかります。どこかで街道の西側の間道に移り、森沿いに進みましょう。敵が攻めかかってきても、森に入って抵抗できますし、田上城からなるべく離れた方がよろしいかと」


 32歳で副将を委ねている惣領の三郎丸が献策する。戦場での判断は悪くないゆえに、この戦を無事終えたら、家督を譲るつもりでいた。

 郡境が近い。三郎丸のいう進路に向かった方がよいだろう。


「うむ、その方がよいだろう」

「ああ、あれは……森脇村に火ですか?」


 これは拙い。四方村と氷室城下を焼き打ちにすると話していた我らの失敗で、森脇村が焼かれたとあっては、ますます家老たちの追求は厳しくなる。しかも、兵糧を失ったとなると……さて、ここから先の調達をどうするか。


「おい、あの火は……」

「村が焼かれてるんじゃねえのか?」

「ちくしょう、堀部のやつら、鬼か?」

「ちょっと待て、食い物も焼かれているのか?」

「そうだ……どうすんだ、今日の夜……」

「無理だろう、もう戦なんて」

「そうだ、戦なんてやってられないぞ」


 これは本当に不味い。たちまち兵たちの士気が崩れ落ちそうだ。


「先を行く外記殿に使いを出せ、これは行動を共にするように話し合わねばならん」

「その必要はございませんぞ、因幡守様!」


 道端にわしらが通りかかるのを待っていた武者が1人。わしに声をかけながら、歩み寄ってきた。


「おお、外記殿。そちらからお出ましとは、ありがたい。助かったぞ。あのまま側面を叩かれ、後方を閉じられたらお終いだった。お主、徒でここにいるとは、馬はどうした?」

「堀部本陣からの撤収の時にやられました。派手な落馬は免れたので、傷は負いませんでしたが。当方に騎馬は1騎も残りませんでした」

「不幸中の幸いじゃったな」

「はい。ああ、話は聞こえておりました。秘密裏に御相談があるゆえ、馬の脚取りをゆるりと。それがしが轡を取りますゆえに安心なさって」

「お主ら、わしと三郎丸は外記殿と話しがある故に、ゆるゆる先に進んでおれ……して、相談とは?」


挿絵(By みてみん)


 わしらは、兵の行軍の邪魔にならぬように馬を街道の東側の端に寄せた。すると、外記は、わしらの逆を献策してきた。


「ここは街道の東側の間道を進み、田上城に入城いたしましょう」

「何を言っておる? 城中には1000人からの兵がおり、さらに今回の出兵のため、城下には2000の兵が集結してくるのだぞ」

「間もなく、森脇村にその1000の兵がやってきます」

「どういうことじゃ?」

「21日の周防守様の屋敷の火事で、周防様への御館様のお疑いがとても大きく。特に、女中や奉公人の不審な死体も見つかったゆえに、側室と称していた女どもが相当の乱行に及んでいたのではないかと。そして、私と町方一同が27日から28日にかけて一切音信が途絶えましたゆえ、早期出兵派の抜け駆けだと御館様とご家老は判断し、城中の1000の出撃が、昨夜決まりました。城中に残した手の者から、先ほど報せが届きました。御館様自らが率い、淡路様が副将に付きます」

「だからと言って、いかがするつもりじゃ?」

「籠城するのです。そして、御家老衆を説得し、因幡守様に、新しい津山のご当主にお立ちいただく」

「何をたわけたことを。抜け駆けでは済まない。まことの下剋上ではないか」

「ご賛同いただけませんか?」


……と、その時、わしの身体に衝撃と痛みが走る。


「げはっ……」

「ぬっ……く……」

「敵襲、敵襲だ」


 わしは辛うじて落馬をこらえたが三郎丸は、矢が刺さった馬が立ち上がって跳ね、派手に地面に叩きつけられた……あれでは助からん。敵の伏兵だ。周防を破った弓兵たちか? 短い矢が甲冑を貫通して、すごい衝撃と痛みだ。


「三郎丸様が討たれた」

「殿をお守りしろ」


 外記め、わしの馬を楯にしていたのか?


「お聞き入れいただけず、残念です」


その一言とともに、外記は轡を離し、馬の横っ腹を思い切り蹴った。馬が暴れ、思わず馬首にしがみつく。


「因幡様、大丈夫ですか!」


 外記の叫び声が誘いになったように、さらに、わしの身体に矢が降り注ぐ。

 外記はわしから離れ、雑兵のような狼狽え方で叫ぶ。


「因幡様も、三郎丸様も討たれたぞ! 矢を避けろ! 殿軍の後に続いて、この場から離れよ!」


 その声を聞きながら、わしも馬から振り落とされた。背中に衝撃が走り、気が遠くなっていく……外記よ……お前の狙いは、いったい…………


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