表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/131

70 辰三つ(午前8時)熱闘 堀部本陣・佐々木和泉守憲秋(地図)

「勝てますかね」

「この局面はな」


徒の兵たちに合わせた、ゆっくりとした進撃。御館様の本陣は、今、四方村集落の北辺にあって、敵にとどめの一撃を加える位置に出た。


「ここまで敵が大崩れになるとは思いもよりませんでした」

「ああ、事前に驕りがあり、信じたことを疑わなかった……疑わないように工作もしたわけだがな」

「その意味では、工作でも、戦場でも左衛門尉殿の功績は一等ですな」

「森の中で、あれだけの大勝になるとは思わなかった。どこかで破れて、敵兵が溢れると思ったが」

「お陰で、出羽守殿の騎馬を北に向かわせることができました」


 整列が終わり、陣前の織部助殿の率いる旗本騎馬隊が、相当の兵力を残している因幡守の隊への突入に移ろうとしていた。

 織部助の騎馬隊の直後に、私の騎兵が配され、御館様の前衛になっている。左右と背後を旗本の槍兵・弓兵が固めている。移動を続けているので、ことさらに陣幕などは張ってない。


「本当なら、梶川が森脇村で兵糧を燃やすときまで待ちたいが」

「確かに、その方が、敵の士気を崩せますから………ですが、この位置取りになりましたし」


 敵を侮ってはいないから、易きに勝とうとしているのだ、この人は。それは、背後に控えている、少数の侍ではない人々の存在にも表れている。「九尾の狐とやらが、向こうの味方をして出てくるのなら、一撃で戦況がひっくり返るのだろう」……そうおっしゃって陰陽師の佐藤殿に命じて急造させた、呪い師小隊……佐藤殿の縁者と、町方や出羽守の下にいた仙術師、さらに城下でまじないや占いを生業にしている者から心得のあるものを佐藤殿が選んで加えた、九尾の狐に対する護衛隊だ。

 危険と思ったことには、きちんと備えをする。そして、その用心深さは報われることになる。


挿絵(By みてみん)


「敵の殿軍! 騎馬を先頭に突っ込んできます!」

「ちぇ。来たのは殿軍の猪口か?」

「そうです、弓兵、槍兵も続いています。総勢、約250人」

「森を脱出した残軍を追撃していた勘解由様、左衛門尉様の軍勢が、側面を叩けそうです」

「あの2人なら、流れで叩きに来るだろうが、念のため、伝令を出しておけ。敵殿軍の側面に突っ込めと」

「はっ!」

「織部助殿は、かまわず、攻撃させますか?」

「いや、猪口なら、ここは因幡が退くまで粘るぞ。待機だ。それにな……一つ迂闊だった。周防守の動向を密に伝えろと申しておくべきだった」

「は?」

「佐藤殿……」

「来ますか?」

「来る。こういう予想は外れて欲しいんだがな」

「ああ、確かに妖気が……」

「かなりやられるぞ」


 敵の30ばかりの騎馬が、旗本の右翼の槍兵にぶつかり、なりふり構わず突進してくる。猪口は「鬼」と言われるが、守りの難局に強いからでこういうところで無理な突撃はしない。攻撃をしてくるにしても、あくまでも、因幡守の脱出の援護だということをわきまえた戦い方をする。その男が、後先を考えない強攻に出てるということは御館様の首を狙いに来ている?


「敵の勢い止まりません」

「騎馬の間から出てきた徒立ちの集団が抜群の働きで、止められません」

「旗本右翼の半ばまで入られました」


 確実に右翼は損害を被っているが、人外の脅威が迫っているという実感がない。佐藤殿に問いかける。


「どういうものか、わからんのだが……どうなる?」

「人間のなりをしていますので、特段に外見でどうということはありますまい。ただ、姿を見せる前に、本陣の気配を掴んだら、いきなり破壊力のある妖術が飛んでくる場合もありますので……これは、まずい……おせん、殿様の隣にいて。みんな殿様とおせんを囲んで、九字を唱えて。佐々木様とお侍たちは離れて」


 佐藤殿がそういうと、佐藤殿と揃いの男物の医師の施術着をまとった小柄な若い女性が、殿の床几の隣に立ち、何か言葉を唱え始める。


「のうまく さんまんだ ばさらだん せんだんまかろしゃだや そわたや うんたらたかんまん……」


 私の両親は信心深い真言宗の檀家だから知っているが、これは不動明王の真言だ。陰陽道は真言密教から派生したとも聞いている。しかし、いったいここから何が起こるかわからない。ぐるっと術者たちが2人を囲み「臨兵闘者開陳烈在前」と九字を読み出す。何も知らない供回りの兵たちも目を白黒させている。

 すると佐藤殿が絶叫する。


「侍たちは我々から離れて、地面に伏せろ! 来るぞ! おん ばさら やきしゅ うん……守らせたえ」


 飛び退くように佐藤殿から離れて、地面に滑り込むように伏せる。佐藤殿の金剛夜叉明王の真言が唱えられ……

 信じられないが、幅20間ほどの火球が、右翼の兵たちの向こうから飛んできた。そちらに立っていた兵たちを焼き、呑み込みながら……佐藤殿が発した稲妻が叩き割り、分散した火炎の様子から、御館様とおせんさん、佐藤殿と彼が率いる6人の術者は、半球状の透明な壁に守られているようで、傷一つない。


「あら……田神城下にいた出来損ないの術師たちみたいなのがいる、お姉さん」

「いまいましいわね。その連中がいなければ、全部終わっていたのに」


 そして、大刀を手にした華奢な小姓が2人。話し言葉からすると、男装の女性だ。麗人というには品がなく、妖婦というには幼くて美しい。しかし、薄灰の装束は、壮絶に返り血を浴びており、その赤がやけに鮮烈だ。顔についた血の飛沫も、ぞっとするような美しさを引き立てる。

 この2人の後には、甲冑が紙のように破損した斬殺体が転がり、前には人の形をした消し炭が転がっている。尋常の戦場にはない光景で、吐き気を覚える。御館様の座るあたりまで黒焦げの帯が地面にできており、それが夢ではなかったと物語っている。


「者ども、そやつらに手を出すな! 敵兵から身を守ることのみに専心せよ!」


 身を起こして怒鳴ったが、間に合わない。

 左右から10人ばかりの旗本の槍持ちが、2人に突きかかろうとした。だが、太刀の一閃で兜を割られ、首を飛ばされ……手の一振りで、いくつもの見えない礫がぶつかったかのように甲冑がひしゃげ、身体が吹き飛ぶ。

 そうやって、10人があっさり殺戮されると、誰も2人に挑もうという者はなくなった。

 それに2人は毒気とも言うべき殺気を放っている。近くにいる兵はそれに当てられ、動きが停まっているのだ。

 拙い。呆けたように突っ立っている兵は、今度は敵兵の槍の餌食だ。


「ばかもん! ぼーっとするな! 身を守れ!」


 そう怒鳴りつけて、やっと思い出したかのように、当方の兵が再び動き出す。

 私は、立ち上がると、前衛にいる自家の騎馬武者に近寄り……


「右翼の穴を埋めろ! 急げ!」


 それだけ命じれば、こいつらは上手くやってくれる。とにかく、バラバラになった兵を、敵兵に一方的に殺らせるわけにはいかん。


「まじないが効かなくても……刀で斬り殺せばいいのよ、お姉さん」

「そうね……斬り殺しちゃいましょう」


 女2人は太刀を引っさげ、ほとんど無造作に御館様と佐藤殿の一隊の方へと歩み寄る。すると、不動明王の真言を唱え続けていた、おせんさんが顔をあげて、一段と大きな声で真言を唱え、唱え終えるや、透き通る高音の大音声で叫ぶ。


「急急如律令、来たれ、朱雀よ! 妖魔覆滅!」


 おせんさんが振り上げた手のひらに、火でできた鳥が表れて、たちまち巨大化する。


「ばかな……朱雀……」

「お姉さん、あぶない」


 さっきの火球より巨大化した火の鳥が、舞い上がり、女たちをめがけ不意に急降下する。

 童女が年かさの女をかばうように前に出ようとする……すると、女は童女を自分のそばの地面に転ばせ、火球で自分たち自身を包み込んだ。

 火の鳥がその火球に挑みかかり、脚を蹴り込み、くちばしを突きれる。何度も何度も、その光景が繰り返され……次第に火球と火の鳥が小さくなっていく。

 そして、火球が消え、鷹ほどの大きさになった火の鳥が、くちばしでの一撃を女の胸元に突き入れようとした瞬間。転んだ童女が、両手をかざし、猛烈な氷雪の奔流が火の鳥を襲い……氷雪が途絶えると、火の鳥も消え去った。


「ほらね……仲間がいた方がいいって言ったででしょう。おかげで助かった」

「逃げよう……力を残しているうちにね、お姉さん」

「朱雀を呼び出した女は、出がらしみたいだけど……後ろに厄介なのが控えてる……しょうがないわ」


 童女が立ち上がると、二人は少しも急がないという足取りで、殿に背を向け、乱軍のなか当家の騎馬武者を切り倒しながら、津山の槍兵と合流し、後退していく。

 馬鹿でかい火の鳥の登場に呆然としている者、恐怖でへたり込む者もいれば、泣き叫んでいる者もいる。鳥が火球に襲いかかった時に、すごい量の火の粉も飛んでおり、やけどを負って倒れた者、うずくまっている者もいる。とにかく本陣周辺は騒然として大混乱であり、後退していく女たちと猪口の兵を追う者はいない。いや、火の鳥の姿が見えたせいなのか、主戦場の歓声も止まっており、因幡守はその隙きに上手く立ち回って、兵を引いてしまった。

 ともあれ、御館様を守れたことは、良しとしなければならないのだろうか……。


挿絵(By みてみん)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ