表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/131

06 氷室城下の材木問屋の女中・おかつの困惑【ダウングレード】

R18版とは語り部を変更し、露骨な性描写をなくしたストーリーにしています。

7月6日


「頼むから黙っていて」

「そんな……わたしだって、手籠めにされたんですよ。恐れながらで訴え出ないと、気が済みません」


 わたしは城下町の材木問屋・大津屋の女中、おかつ。もうすぐ日が暮れる。今は大津屋の離れにいる。

 大津屋は大店で敷地も広い。屋根付きの材木置き場も広く取っている。店舗と使用人の住まいである母屋、大津屋の一家が暮らす離れ、品物などを仕舞っておく土蔵もある。今は離れの旦那と女将の使う部屋にいて、今日の出来事について女将と話し合っていた。

 今日、女将さんのおとみさんが医者にかかるというので、わたしはそれについていった。

 その医者が看板を出している長屋の外で待っていた。待ち合いのためなのか、縁台が置いてあり、そこにかけてすることもなくボーっとしていた。そしたら、中から変な声が聞こえてくる。

 まぐわいの時の声……。

 わたしは生娘ではない。奉公する前の半田村で近所の男に夜這いされ、未通女おぼこではなくなっていた。城下町に来てからも、大津屋の男の奉公人と何人か契ってもいる。

 だから、まぐわう、ちぎることを悪いこととは思わない。

 やっぱり気になった。障子に開いた穴から、中を覗いてしまった。一組の男と女に、体をいじられるおとみさん。目が釘付けになった。

 女将さん付きの女中になったというのは、旦那にしてみれば「見張っていろ」ということ。だけど、おとみさんも女中上がりの後妻だし、ずいぶんと良くしてもらった。裏切れるわけがない。おとみさんが、ほかの男と浮気したって口外するつもりはない。

 でもね。

 自分もその長屋に引きずり込まれて、同じ目にあわされた。

 思いも寄らない男と契らされ、その男の情婦らしい女郎にも弄ばれ……それは正直、とんでもなくいや。気をやってしまったけど。冗談じゃない、あんな軽薄な男。思い出すだけでも、心がどす黒くなって、あの男を殺してやりたくなる。

 だから、長屋で自分が手籠めにされたことを訴え出てやると思った。今の町奉行は話の分かった方だと評判だった。乱暴狼藉を一切許さず、きちんと裁く人だということでも。

 だけど、女将さんは誰にも話すな、訴え出るなの一点張りだ。


「でも、あの男、そのうち旦那に小遣いをせびりに来るって言ってましたよ」

「そう言ってたけど、そうじゃないようにするから……」

「どうするんです? わたしは踏んだり蹴ったりじゃないですか」

「静かに。こんなの大きな声で話して、それでばれたら元も子もない」

「旦那を脅しにくるのなら、そこでばれちゃう……そっちのほうこそ元も子もないですよ」


 おとみさんの苦しい立場はわかる。わかるけど、男を罰してもらうようにするしかない。旦那は怒るかもしれないけど……。

 だけど、おとみさんは、驚くことを言った。


「もう一度、あの男のところに行って、お願いしてみる」

「何を? 旦那には言わないでって? そんなのお願いしたって無理ですよ」

「金子を渡せばいいのよ」

「はぁ?」

「旦那に小遣いをせびる代わりに、わたしが金子を出せば黙っててくれると思わない?」


 だめだ。もともとおとみさんはお人好しだ。この人の父母も。騙されるように年季奉公を続けた後で、旦那に買われるように後妻になったって聞いている。一家そろって、旦那につけこまれた。それくらいお人好しで、他人の善悪を見抜く力がない。


「絶対にいけませんよ、それ。わたしがあの悪い男なら、女将さんから金を受け取っても、すぐに旦那を脅しますよ。二重に金を儲けようとするに決まってます」

「そんなことないって。お金を渡して、頼みこめば、絶対に言うことを聞いてくれる」


 おとみさんの目は、何かにすがりつく目だ。まともに物を考えられないんだ。だから、わたしに自分の考えを正しいって言って欲しい……絶対に危ない。

 ここでわたしがいいって言ったら、おとみさんも絶対に困ることになる。もちろん、一緒にいたわたしも一蓮托生でひどい目に遭うだろう。だって、わたしはおとみさんの見張り役だって旦那は決め込んでいる。逆上したら、わたしまで男の共犯にされてしまいかねない。

 冗談じゃない。


「とにかく、駄目ですよ。あそこにまた行ったら、何されるかわからないし。お金の取られ損になるだけですって」

「うん……」


 これは駄目かもしれない……おとみさんは、わたしの言うことに全然納得した様子ではなかった。

 わたしは一家の生活を支えるために、大津屋さんに年季奉公にあがった。でも、おっとうも兄弟たちも病に倒れて死に、村にはおっかあを残すだけだ。もう年季奉公している意味はない。奉公を無難に終えて、半田村に帰りたい。

 半田村は馬や牛が名産で、動物たちを世話して、一生を終えたいくらい。とにかく、田舎でのんびり、人に煩わされることなく暮らしたい。

 なのにこの人は……どうなっちゃうんだろう。不安になるばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ