67 辰一つ(午前7時)討死 津山第一陣・津山弾正少弼為影(地図)
「止まれ、踏みとどまって戦え」
後続の第3陣の兵が乱入してきて、我が陣の混乱は取り止めようがない。前方に向かった兵は、逆茂木に阻まれ、弓足軽も壊滅状態だ。慎重に槍兵での波状攻撃を繰り返せば、数では圧倒的に利がある当方の優位をつくることはできるはずだ。しかし、その機会は後方からの兵の乱入と、矢の追い打ちで奪われてしまった。
どうやら馬上の侍大将たちが矢に狙い打たれ、但馬守も討たれたというのでは、もはや第3陣は軍勢とは呼べたものではない。前に来るのは、後ろから敵に撃たれ、追い立てられた逃亡者集団だ。
「父上、無理です。これ以上の持久は兵を無駄に損ずるだけです」
後方の但馬守の陣の崩れから、押されに押され、後方は左右に分かれて、森の中へ兵を逃し始めた。そのことを、後半部の統制をしていた矢野輔は伝えにきたのだが……今度は、後方に戻れない。3列の縦隊が乱れ、縫っていく隙間さえない。
こうなっては、総大将として兵に命をまっとうするように命令するしかあるまい。
「西だ! 森の中を真っ直ぐ西へ向かえ!」
堀部掃部介の策は、この細い道で前後を塞ぎ、大軍の数を活かせないままに滅っしようということだ。見たところ、森は西の方がまばらであり、それだけ、兵たちが散らばらずに済む。
一昔前で、上杉家の戦への参陣ならば、小を捨てて大を取るようなこともやったのだが、この状態では、捨てる小さえ見つからない。この戦はわしの独断で収めねばならんのだし、ここは潔く腹を決めるしかあるまい。
「騎馬武者は、全員、馬を降りろ! 矢野輔、吉右衛門、兵たちを先導しろ。森から出たら、森の際を北上して、殿軍に合流しろ」
「はっ!」
ぼんくらだと思っていたが、矢野輔も俺がどうするか、尋ねてこない。じっと目を見たあとに顔を伏せ、大声で兵たちに西へ落ちるように指示している。やつが生き残れば、負けても家は保てるかもしれない。減封は免れんだろうが。
わし自身も徒立ちになり、馬上槍は捨てて、太刀を抜く。後陣の方へ移動しながら、森の中を「西へ進め」と大声で指示する。但馬守が討たれたとすれば、後の兵ほど、狂騒的に前方へ「逃げよう」としているはずだ。横にも弓兵はいるのかもしれないが、道を真っ直ぐに南下するよりは、兵だって生き延びられる算段がつきやすいはずだ。
しかし、段々と弓兵が接近しているのだろう、矢の速さが上がってくる。当家の兵の後尾にやっと会えたが、ここはもう矢の速度がまずいくらいに速い。特に、馬上から転げ落ちたと思われる侍に刺さっている、短い矢が危険なようだが、避けようがない。
もはや、その短い矢は徒立ちの兵にも無差別に飛んできているようだが、目にも止まらぬとはこのことだ。しかも、威力があるらしく、当たった兵は、踏みこたえることもできずに転倒し、転げるように悶絶する。
頭部に当たった1、2本が羽のところまでめり込み、それだけで絶命している馬がいる。硬い骨の場所でも相当の傷を追わせており、かなりの威力だということが察せられた。
堀部め……勝つ算段を尽くしたということか。そもそも、今日、この付近には兵がいないはずだったのだ。完全に裏をかかれた。どう転んでも負ける計算など立たない……そこがわしらの根本的な間違えだったということだ。
「ぐ……は……くっ……」
その短い矢が甲冑を貫通して、わしの腹と腰に命中した……腕や肩、背中に矢が突き刺さった経験はあるが、これはそれ以上だ。衝撃がすごく、臓物も深く傷ついているに違いない。思わず膝を突き、下を向くと、嘔吐してしまう。激しく血が混ざっている。
但馬守の兵は、逃げたか平らげられたか……堀部の兵たちが、そこに現れる。
「その兜、津山弾正少弼様とお見受けしました。此度の戦、首は置き捨ての指示が出ているのですが、流石にお見逃しはできませぬので、推参いたしました」
こいつらが手に持っている木の棒に小さな弓がついた物は……そうか、弩か……今の侍の間では廃れてしまった武器だ。それを小奴らは使いこなしているのか。
「お……お主の……名は?」
血を吐きながら、名を尋ねる。
構えていた弩を置き、太刀を抜く青年……矢野輔より若いな。周防守と同輩ほどか。
是非もない……
「それがしは堀部掃部介が弟、大膳太夫吉久でござる」
……敵の一門に討たれるとは、皮肉よの……
「御印頂戴つかまつる……御免……」