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65 卯四つ(午前6時半)挟撃 堀部砦外周・堀部源之進智幸

「油断するなよ、上手く行きすぎだ」


 私、堀部源之進智幸ほりべげんのしんともゆきは一門衆、24歳、50の弓兵を率いて、今回で参陣は3回目。従兄の堀部大膳太夫吉久の配下に組み込まれている。

 昨夜は、200の兵が砦に泊まった。敵の物見は暗夜を押して来ることはないという賭けは当たった。

 今回の出兵は、いくらか頭に来ていることもある。何しろ屋根はあったにせよ、厩になるところに寝ろというのだから。くじ引きで決まったこととはいえ。

 砦の中の壁のある宿舎に収容できるのは、頑張っても120人程度。甲冑などの備品もあるから、しょうがないのだが。約200人の将兵がいて、80は屋外にあぶれたわけだ。ここにいる軍勢は馬を一頭も連れてきていないから、厩は使い放題だったのがせめてもの救いだった。

 ただ、堀部家の軍勢全体が御館様も含めて野営しているのだから、砦では屋根があるだけ、まだましなのだと心に言い聞かせた。配下のものと軽く寝酒を煽って、寝入った。見張りの者には申し訳なかったが。

 従兄の太夫の弩兵50人、私の弓兵50人。10人の与力とその配下の槍兵100人がつけられ、太夫が全体の指揮を取るこの隊は、いわば200人の伏兵部隊だった。

 朝日が出ないうちに、砦を取り巻くように布陣。木がそれができるように伐採してあり、感心する。10人の番兵が逃げ出す芝居で敵はすっかり安心し、大兵は南に動いた。そして、中央の蔵に集まった周防守の軍勢を射的の遊戯のように我々は撃ち倒した。

 津山周防守といえば、将としてはともかく、武勇という点では、この武蔵国の北辺部では十指に入る。その男の率いる隊を、我々の手で半刻ばかりで殲滅してしまった。こちらの損失は、槍兵10人が最後に討たれただけである。


「無残に負けるより、ずっと良いことです。素直に喜びましょう」


 配下の侍大将の吉田健介が答える。35歳だから、御館様とより少し年上で、私より戦場経験は豊富だ。その男の言うことだ、従っておこう。


「わかった。そうだな。心配しすぎてもしょうがない。次の準備にかかろう。今日は忙しいぞ」


 笑いながら指示をすると、総指揮の太夫からも下知が飛んだ。


「隊列を組め! 南に向かった奴らの背後を討つ!」

「おお!」


 昨日は砦に入ってから、軍議をする時間はたっぷりあったので、事細かに約束事を決め、さらにいくつかの事態の急変にまで備えて策を協議することもできた。

 まず槍兵50で隊列を一列つくり、その右に弩兵の列、さらに右に弓兵の列が並ぶ。残った槍兵はそれに後続する。事前の取り決め通りだ。

 ただ、意外に敵の後尾が早く見えてきた。

 そこで、道の中央から弩兵が左右の森に展開し、やや無理筋だが、ゆっくり位置を押し上げる。そして、槍兵はそのまま左手から前進を続け、弓隊が二列に。


「構え…………放てー!」

「突っ込めーーーー!」

「うおおおおーーー!」


 もとより、この攻撃は、前方で繰り広げられている激闘を助けるもので、敵の後方を討って、混乱させるためのものだ。基本は矢を雨と降り注がせ、派手に大声を出しながら、槍兵が突っ込んでいく。


「うぎゃ」

「うぉ」

「後方から敵襲だ!」


 敵のうろたえ方が尋常ではない。何故か前進が滞る状況で、敵はいないという楽観を吹き込まれたせいなのか。森の中、側面から太夫の弩兵が射掛ける。すると後尾の集団は完全に潰走し始めたのだ……前方に向かって。


「何をしている、さっさと前へ出ろ」

「横からも矢だ。だめだ、逃げ場がない」

「前に行け、前に」


 どうやら太夫は、砦の攻防での成功に味をしめたらしく、徒立ちの兵の間に時々見える馬上の侍大将を狙いにかかっているようだ。馬のいななきとともに、確実に馬上の侍が消えていく。つまり、下知し、兵を鼓舞する役目を持った者から消えていく。あとは怯え、算を乱した足軽が取り残される。

 そして、我々の矢と後方からの槍兵の突き入れが、敵の槍兵を押し出し、それが弓兵の列を無理に押しているため、弓兵は反撃ができない。


「押すな、馬鹿もんが……ぐぁ」

「ひぃ……踏まんでくれ……ひぎぃ……」


 後方が崩れ、側面から弩の矢が襲い、前方への逃走を図る兵どものおかげで、押された兵が次々に倒れ、さらには踏みつけにされ、悲鳴があがる。下知するものもなく、立て直しが効かず、味方が味方を討つ状態だ。

 弩兵たちは、今度は隊列の中央に位置する騎兵の群れに射掛けはじめらしく、徒立ちの兵どころか、騎馬までが「前方への逃走」に移ってしまい、その前に列をなしている槍兵たちを蹴散らし始めた。


「後からくる敵兵が止まらない!」

「早く前に行け! 前方の敵に突っ込め!」


 聞き覚えのある声で、これは与力の槍兵の組頭たちの声だ。敵兵のふりをして叫び、恐怖心を煽っている。

 進んで大丈夫……私は下知を飛ばした。


「弓兵、隊列を十歩前進させてから、射よ!」


 こうして、かなり一方的な展開になりつつあるところへ……


「但馬守を射たぞ! 落馬した! 敵の大将を討ち取ったぞ!」

「津山但馬守、討ち取ったりー!」

「敵の大将首だ! この戦、勝ったぞ!」


 弩兵たちが敵の打ち消しの声が聞こえなくなるほどの大音声で叫ぶ。多分、大将首を取ったのは間違いない。ことさらに騒ぐのは、敵の不安を煽るためだ。

 我々の前面の敵の乱れは、立て直しようがなくなっている。騎馬の前の槍兵も、前方へ駆け込み、第一陣の様相も危うくなっているはずだ。

 この細い道に、津山一門の2陣、合計1000人が殲滅される。その劇の終幕が近づいていた。

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