61 卯一つ(午前5時)布陣 堀部逆茂木背後・鈴木左衛門尉高景(地図)
「作業かかれ!」
野営地からわしらの持ち場までの移動中、各組に申し渡したとおりに、作業を開始する。そのための材料は、すでに用意してある。
場所は、郡境砦から四方村へへと伸びる細い道。森から出るそのすく外に、即席の砦を付くるのだ。
「道幅は2間ないな。3列縦隊で来るのが精一杯だな」
森からの出口を中心に3間ほどの半円を描くように凹の字に大小の柵を置くなど兵たちが敵を防ぐための作事を続ける。
「急げ。撒菱を撒いて膝丈の小柵を立てたら、その内にさっさと剣山板をおいていけ」
「撒菱はいい。土も被せた」
「撒菱は森の中の道端にも撒け。進軍の邪魔にならないようにだ」
「小柵も大丈夫だ」
「剣山板、どんどん置け」
「逆茂木も、もう立て始めろ。最後に外にいるやつは、脇の森から回って戻れ」
「そろそろ連中の森に入るはずだ」
わしら町方が一番の激戦地になるというが、御館様の策は、物凄くあざとい。
わしらは逆茂木……すなわち、人の背ほどの大枝を組んで作った柵の後方から槍を繰り出す。だいたい2間くらい後からだ。
相手も三間槍だから、わしらに槍を届かせるには、逆茂木まで1間のところまで来ないといけない。だが、そこには、向こう脛から膝辺りに来る横木を渡した小柵が立っている。
そして、そこに達するまでの半間ほどは、薄く土を被せた撒菱だらけだ。撒菱は大量に作れるようになった鉄製で、物騒極まりない。
さらに、小柵の後方には、余剰の鏃や槍の穂先を打ち込み、剣山のように仕立てた木の板を並べる。これも、鏃や穂先が余るほど城に納入されているからできたものだ。
逆茂木の後ろの槍兵を、敵の槍兵が突こうと近づくと、槍が届くか届かないかという辺りで、撒菱を踏む。勢いをつけて突進してくれば、なおさらそうなり、前のめりに転ぶやつも出る。そういう奴らは、膝や脛を小柵にぶつけて前方に転倒して、剣山板に突っ込む。
槍だけではない。わしらの後方には50人の弓隊がおり、縦深に打撃を加えることになる。そうなれば敵は、逃げるか、突っ込んで来るかだ。慎重に進むというのはやりにくい。
「敵も馬鹿じゃないですから、われわれがいると知ったら、左右の森に避けませんか?」
「だから、撒菱は道の左右にも撒かせたのだ。それでも森に入って左右に出てきた奴らに対応するため、勘解由様からもらい受けた3隊と川村の隊を左右の後方に配しておるのよ」
「なるほど。左右の後方に20ずつ置くことにしたのは迂回に備えてですか」
「ああ、森の木々が深いから、隊列組んでの迂回は無理だ。数は多くとも、ばらばらの兵を討つのはたやすい。いざとなれば、正面から2組くらい引き抜く。一門の500人を最初から相手にすると骨が折れるかもしれないがな。力押しになったら厳しい」
死体が山をなしたら、撒菱も、剣山も埋まる。本当の正念場はそこからだ。ただ、敵が算を乱して烏合の衆になっていたら……。
「大丈夫ですか?」
「まあな。大きな声ではいえないが、後方を撃つ兵をすでに伏せているらしい」
「そこまで、手配りされているんですか」
「それにわしらの後方には、遊軍として御館様の本軍が控えておる。あまり力まんでいいぞ。一通り用意が終わったら、物見を出せ。人影をチラッとでも見たら、すっ飛んで戻って来いと言ってな」
「はっ」
5間ほど後方には、勘解由様が率いる弓兵が布陣している。そちらに出向き、声をかける。
「勘解由様、よろしくお願い致します」
「わかっておる。矢は一人300本ほどもあるからな、屍山を築いてやるさ。全員が剣術も達人だからな。逆茂木が破られても、この50で押し返してやるぞ」
「勘解由様にそう言っていただけるなら安心です」
今回の戦は、首は置き捨てと明言されている。生き残って城に戻った者に、一律に銀1両。各家の大将が持ち場での功一番と推薦する者に報奨金として銀1両と決まっている。首が取れない弓隊も、おかげで気合が入っている。
それにしても、勘解由様の率いる隊は、弓が強靭というだけでなく、一際長く重そうな剣を佩いている。弓を選び、槍を捨てた代わりに、懐に飛び込まれての白兵戦の備えも万全を期してきたのだろう。
備えは万全だ。
後は、敵を待つのみ。