05 仙術師・栗原享之助の技
7月5日
客分として迎え入れられた柴田様から、昨日とんでもない依頼をされてしまった。津山家二の家老にかかえられている仙術師の栗原享之助である。
津山家一の家老の安田備後守様を亡きものとせよ……今、連れ立っている安田家の惣領の弥右衛門様とともに迫られた。
ただ、案外に冷静で頭の中ではあっさりと事態を受け入れていたし、依頼もほとんど二つ返事で承諾した。
今は非常の手段を求める非情の時代なのだ。現実は若い力が非常時を乗り切るのに、年寄りが重石となり、妨害さえしている。私はまだ20歳を過ぎたばかりの非才の身だが、柴田様や昨日引き合わされた弥右衛門様の苦闘ぶりがよくわかる。私たちの呪い関係の仕事も、京都・大阪では年寄りがのさばっていて、陰陽師でも仙術師でも、地方に下っていかないとおまんまの食い上げだ。坊主や神主も一定の年齢と能力の水準に応じて地方の寺院・神社に回される。
「いいですか、ともあれ、自然な形で私がお屋敷にいられるようにしてください」
安田家に寄宿する。そのために弥右衛門様にお屋敷に連れて行ってもらっている。しかし、この安田家の総領息子は腹芸が下手なようだ。私に対して態度が硬い。この周辺では一、二を争う切れ者武将を殺すか、再起のできぬようにしろというのだ。打ち合わせたとおり、屋敷のなかに馴染む必要がある。何とかせねば……。
「うむ。しかし、簡単にはできなさそうだ」
「ちょっと、お芝居の中身を変えましょうか。私は天文や天気を読めるので……。貴方様が治水関係の勉強をするために雇ったということにしましょう」
「おお、それは妙案」
「私も柴田様に招かれた本来の理由でございますので」
「最初に聞けばよかったのだが、陰陽師とは違うのだな」
「似たりよったりですが、私どもは式神のようなものは使えませぬ」
「なるほど」
ふむ、武勇の人で芝居は苦手でも、地頭は悪くないようだ。私の提案を快く受け入れてくれる。
「式神のような超自然の存在を使うのではなく、自分の精神力でいろいろなことを為すというのが私どもです。例えば……」
誰もいない辻……道の端に枯葉などのごみが掃いて寄せてあった。そこを指先で指して、こうなれという思念を送り込む。
ヒューーーー
空気が流れ込み渦を作る。それにごみが乗って舞い上がる。キリキリときりもみして上昇し……
「まあ、こんな感じです」
思念を中断するとパサっとごみが落下する。ごみが散ってしまい、掃除をした者に気の毒だが。
「それなら居ながらにして何でもできてしまいそうだな」
「もちろん、人の精神力にも多い少ない、質の良い悪いがございます。やれることに自ずと限界があります。備えのある人体に働きかけると抵抗もされます」
「なるほど、剣術と同様だ。親父のような老獪な人間に正面から力技を仕掛けるのは馬鹿げたことなのだな」
やはり馬鹿ではない。40代にしては頭は柔らかく、知識をつけてやれば、どんどん理解が深くなりそうだ。
邸内に入ると、各所で弥右衛門様の客分と紹介される。今回は微量の薬と合わせて、体内の臓腑に働きかける方法で備後守様のお命を削っていく。特に厨房への出入りは、領内の産の食物を知るためと大目に見られることになった。
ちょうど夕餉の支度中で、食材の確認をし、質問を発しながら、備後守様の膳がわかったので、そこに最初の毒……と言っても、血のめぐりを悪くする薬を汁物にコッソリと盛る。毒味はされるだろうが、薬効は本物の毒というわけではない。健康な者なら、変調さえ感じないだろう。
そうして夕餉の直後、備後守様に直接、引き合わされることになった。備後守様は、お食事の後もわずかな肴とともにお酒を召し上がっていた。弥右衛門様の紹介のあとにご挨拶を申し上げる。
「本日よりお世話になりまする」
「うむ、お若いが、力のある仙術師だそうじゃな。この不肖の息子をよく導いてくれ」
「はっ。微力ながら、心を込めてお力添えさせていただきます」
さすがの風格だ……だが、ただ感心している場合ではない。このご老体の血の流れや五臓六腑の働きの様子を、精神の力を使って把握。肝の臓と膵の臓の大きな血の流れを何か所かで堰き止める。薬効と合わせ、この2つの臓物の動きを停めていく。お酒はお好きなようだから、そういう病が急発・急変してもおかしくはない。8日には死ぬか、床から起き上がれぬようにできる。
備後守様の前から下がり、廊下で弥右衛門様と眼で会話し、頷きあう。この謀略の出だしは快調だった。