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56 堀部家作事奉行・矢沢左馬助秀俊の満足

8月26日


 四方村においた連絡役兼物資調達役が、御館様からの文を持ってきた。開けば、いきなり指示から始まっている。

 完成度に関わらず、28日に砦の作事を一切終了し、受け取り役に引き渡せとのこと。受け取り役は、弟君である大膳太夫様とその与力。太夫様の弓兵50……いや、弩兵50に、与力の槍兵50の組み合わせだとのこと。その細かい動きも書いてある。なお、この砦の作事の続きは、戦の後は四方村を領することになる弟君が担当するとのことだ。


「予定通り、8月28日を以て撤収だ」

「御館様からのご命令ですか?」

「そうだ。ここに残るのは、御館様から送り込まれて来る監視兵だけになる」

「全員が撤収するわけではないのですね」


 書状を繰りながら、明かしてもいいところ、秘すべきところを判断して、話題に乗せていく。


「郡境の監視のために作った砦だぞ。急変を知らせる監視兵くらいは置くさ。28日に受け取りの兵が100ほど来る。それで我らは撤収。そいつらも一通り点検したら、10人だけ残して、城下に戻るそうだ」

「90人は、くたびれもうけですな」

「弟君とその与力衆だ。どうやら、弟君にここと四方村を任せるらしい。ここは相当に重要拠点ということだ。それと弟君の兵は弩を用いるらしい。面白いな」


 弩と言っても、大工や人足たちにはピンとくるまい……と思っていたが、この作事の後半だけ参加した人足の二人ほどが好奇の眼差しを向けた。やはり、新しい大工・人足の中には津山の密偵がいることは織り込んで、話をする時と場を選んで良かったのだ。

 御館様は人を食ったような性格だから、こういう書状もどこまで明かして、次の動きや策につなげているか、我らを査定している節がある。ただ、状況が状況なだけに、内容を公開する裁量に制限を設けたいなら、注意書きが最初にあってしかるべきだろう。

 そんなことを思いながら、配下や人足の頭と会話し、8月末までに達成できそうだった項目を思い出す。なかなかの進捗ぶりに、表情が緩む。


一、3棟目の宿舎の屋根作り

九、宿舎の板壁張りと内装

 これらに関しては、30人から40人は収容できる3棟の宿舎が完成している。さらに、4棟目の土台・柱・屋根もできていて、今いる作業監督所兼備蓄品置き場としている。


二、南道の拡幅と整地

三、西道の開拓

四、北道の開拓

 これらの道は想定した通りにつけた。北道は、やや道の踏み固めが甘いが、十分に使える。あと、いろいろ……。


五、兵糧蔵作り

 兵糧用の蔵は一箇所だが、完工した。150俵は入るだろう。


六、厩作り

 壁はなく、柱を立てて、木の棒で縦横に区切っただけだが、それらしい感じでできている。数十頭は繋いでおけるというところだ。飼い葉桶や寝藁などの細かいところまでは、手が回っていないが。


七、斬り倒した丸木で、柵の基礎にする

 柵はないが、周囲に斬り倒した木々を適当に放置している。それらが新しくできた建物の周囲を取り囲み、道以外から接近しようとすると障害物となっている。


八、中央の高木を残し、物見櫓に改修

 敷地中央の巨木に梯子を固定し、昇った先の大きな枝の股のところに、一人二人の人間が座れる板張りの台を設けて、見張り台とした。櫓という大げさなものではないが、周囲の見張りには役立つだろう。


 鬱蒼とした森のなかで、柵代わりの倒木から周囲数丈は開けているが、切り開いた道以外から深い森に兵を迂回させたところで、ばらばらになるだろう。隠密行動での砦の攻略は、まず無理だ。放っておいて中山道を進めばいい……ともいかず、砦から兵が突出してきたら、側背が危うい。兵の数が揃うのなら、我々が付けた道を通って攻めかかる手だけになるが、細いし、南に開いた道は四方村を攻略しないと使えない。もっとも、かなりの大軍になるのなら、一隊を抑えにおいて、一気に四方村を抜いてしまえばいいのだ。

 30人の大工・人足は、今は70人ほどになっていた。うち、10人が罪人に懲役を課したものだったが。その罪人たちは、逆茂木に使える大枝・小木100本とともに、四方村へ送れと、書状には書いてあった。私の家中の者に関しては、家来が準備を進めており、ぎりぎりまで、作事方を務めていた、私と配下の者に関しては、四方村に武装一式が届く手はずになっているらしい。それらのことは、口頭で配下の者に告げて、逆茂木と罪人の移送の用意をさせる。本音を言えば、何日かまとめて休みをもらいたいところだが……。

 蚊除けに木の葉や枝を炊く窯からは、未だにもうもうと煙が上がっている。暑い盛りは過ぎ、森の中は涼しいが、まだまだ蚊は多く、他の虫除けにもなるので、しばらくは続きそうだ。その窯のなかに書状を放り込む。

 なんとなら、最後の最後、花押の後に「お主の目以外に触れさせるな」という指示が書いてあり、どこまでが口頭で漏らして良かった情報なのか……冷や汗ものである。御館様は楽しんでいるだけなのだろうが。

 まあ、せっかく作ったのだ。御館様の策がどのようになるにせよ、存分に役に立って欲しいものだ。 


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