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54 氷室城下の陰陽師の弟子にして嫁・おせんの弱み

8月24日


 もうちょっと大沢村から離れることができない。

 かわいい子やたくましい男と選り取りみどりで契れて、気持ちいいから……ではない。鉄の増産が、驚くほど大量になっているからだ。3番炉を設置した時点で、すでに4番炉の準備に入っていて、わたしと隆之介さんは、ほとんど村に居続けだ。

 もともと先生は医者としての仕事もあれば、そのおかげで、隣の田上城下のお得意様のところにも、月に何日か顔を出している。わたしと契ってくれるのは、一月に5回くらいだから、ついつい体をもて余してしまう。

 そういうことを抜きにして、大沢村の忙しさは、ちょっとほかでは考えられない。

 私の父、越後屋がつれてきた、元・伊勢屋の番頭の弥助という人は、ものすごくできる人で、六助さんと半兵衛さんに協力して、二人が作っていた注文工程表を、暦の表と組み合わせて、どの仕事が、どのくらい進んでいて、いつ頃に終わるか、すごろくの駒のような印を置くだけでわかるように作り替えた。そして、それを元に何をどれだけ作って、どれだけの人をどの作業に置いて、新しい注文をどれだけ受けられるか、機敏に答えられるようにしている。

 今は3番炉と、作っている最中の4番炉の建屋内に、大机を置いて注文工程表を誰もが見れるようにし、その傍らで弥助さんが帳面仕事をしている。


「弥助さんが来て、すごくたくさん仕事がこなせてますね」

「伊勢屋みたいなやくざ者の仕事でなく、こういう真っ当な仕事を動かしたいと、ずーっと思ってたんですよ」


 ただ、鍛冶場全体が忙しすぎるようになって、六助さんと半兵衛さんの田舎臭くてのんびりした話ぶりがなければ、ぎすぎすして、場が空中分解しそうだった。何より、その六助さんと半兵衛さんが休みなく働いているので、体が心配だった。

 隆之介さんと一緒になって弥助さんに相談すると、弥助さんもよい人でいろいろ考えていた。

 

「五曜と暦を組み合わせて、4日働いて1日休む……そんな仕組みにしたらいいのかな。例えば、1日から5日までが木火土金水。4日まで働いて、5日は『水入り』ってことで、鍛冶場そのものが休み」

「ふふふ、弥助さん、上手いなあ」


 話も上手くて、「真人間に戻れた」という弥助さんは、一度お相手してみたいのだけど、所帯を持つってお相手も連れて村に移住していて、祝言をあげたばかりだ。わたしと火遊びはしてくれそうになかった。


「あははは、でしょう? 自分でも上手いこと言えてるって思います、あははは。で、まあ真面目な話、新しい注文や納期も、それに合わせて調節して。何もしないと生産の勢いは2割落ちになるけど、4番炉まで作っちゃうから、それは大丈夫。そういう調子にしないと、確かに、六助さんと半兵衛が病気になっちゃう。俺から2人に話しておきますよ」

「あー、いいところに来た、先生」


 わたしの夫でもある佐藤義安が来た。ただ、先生の顔が真剣でちょっと怖い。一瞬、隆之介さんや村の男たちの契りのことがばれたのかと思ってしまった。それくらい、顔が強張っていた。

 わたしは臆することなく、笑顔を作る。


「先生、顔がこわーい。どうかしたんですか?」


 それとなく幼い感じに話しかけてみたのだけど、顔が怖いのは、わたしに対してではなかったみたいだ。先生も作ったような笑顔を浮かべ、新しい人がいることに気がついていた。


「舅殿の言っていた、弥助さんかい?」

「はい、そうです。佐藤先生ですね。この鍛冶場の基礎を作った」

「いやいや、最初にちょっと知恵を出しただけですよ。庄屋の久兵衛さんの必死な思いと六助さんの技術こそが、鍛冶場の源です。六助さんが仕事を大きくするのに、弥助さんみたいな人は必要だった。これからもよろしく頼みますよ」

「はい。こちらこそ、まだ先生のお知恵や技を借りることがあると思いますから、よろしくお願いします」

「はい。あ、おせん、ちょっといいか?」

「はい」


 先生はわたしを外に連れ出した。地面を掘って、炉を作る粘土を積み上げたところが、1丈くらいの高さの台になっている。そこに登ると……。


「ちょっと、集中して、北の空の気の流れを見て」

「うん」

「わかるかな。おせんなら、見えると思うんだが」

「ああ……どす黒い雲みたいな。家事の煙かと思ったら。良くない気の流れね。見える。ほとんど真北……四方村のあたり?」

「九尾の狐って知ってる?」

「昔の妖怪の?」

「そうそう。それが復活したなんて言ったらどうする?」

「え? 本当にいるの?」

「そうなんだ。おとぎ話では那須でやっつけられたことになってるけど、それは本当なんだ」

「やだ、怖い」

「そうとばかりも言ってられなくて。近々戦が、四方村の北で起こる」

「ええ?」


 先生は次から次へと怖いことを言う。


「その戦に狐は参加するつもりで、そこで、人々の恐怖を吸い取って、妖力の器をこれまでにないくらいに大きくするつもりだ」

「どうするの?」

「この近在で狐を倒せる力を持っているのは、田上城下の尼僧の和華さんという人と……おせん、お前くらいしかいない」

「や、やめて。冗談でしょ。あたしに何ができるって言うの?」

「わたしには、十二天将の一つ下の眷属しか呼び出せないが、おせんなら、朱雀そのものを呼び出せる」

「ちょっと待って先生……それって」

「うん…おせんの呼び出す朱雀なら五分以上に狐とやりあえる…全力で守るから、一緒に……」

「無理、無理、無理、無理、無理」

「言い終わってない」

「言い終わらなくてもわかる。戦場に出るなんて無理」


 先生が困ったなあ、という表情で、頭を掻いている。


「殿様の本陣で、私と一緒に殿様の傍に控えていればいい」

「狐は殿様を狙ってくるんでしょう?」

「いや、そうならないかもしれない」

「力はあっても、朱雀を本当に呼び出したことはない……」

「大丈夫、出てこなけりゃ、頭を掻いてごまかせばいい」

「わたしが死んじゃう……」

「そうならないように守る。隆之介にも手伝ってもらうから。頼むよ……」


 こんな時に抱き締められても困る。狡い。

 命の恩人で、父の命の恩人で、援護者で、師で、夫で、わたしは浮気はしているけど……この人は、やっぱり初めての想い人で……。

 ばかぁ……断れるわけないじゃない……。


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