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52 陰陽師・佐藤吉之助義安の裏面

8月22日


 何気ない小遣い稼ぎ。

 3年前、堀部家の戦奉行の佐々木様に声をかけられ、田上城下の密偵たちからの情報をまとめる繋ぎ役になるように誘われたときにはそう思った。

 田上城下の得意先に出掛けていた。いろいろ要求に応えて、その合間に十人ほどの密偵たちの間を周るようになった。彼らからの情報を得て金を渡し、氷室城の戦奉行に書き付けにして伝える。

 密偵たちの合間を回る忙しさが加わった。毎月20日に田神城下に出掛けた。10里の道を1日で踏破するのは少しきつい。とは言え、夜明けと同時に出かければ、日の高いうちに到着できる。田上城下では三泊して、23日に帰る。本業で急に呼ばれることもあるので、月に2回、3回と訪ねる月もあるにはあった。

 密偵の繋ぎをすることは、ちょっと悪いことをしているという倒錯感で喜びにもなっていた。本当に緊急で危ない情報は、密偵自身が氷川城まで知らせることがある。例えば、津山家が氷川郡に攻め入るというような。

 この件は完全に私が田上城に行かない時期に持ち上がり、急を要したので、密偵の伍助さん自身が伝えた。伍助さん自身の死についても、伍助さんの息子さんが……という具合に。

 そして、何かしらの妖怪が動いているとの話を受けて、今月は早めに田上城下に出向き、先ほど急ぎで戻ったところだ。戻るなり、本丸御殿の石の間に通された。昼……未の刻だろうか。

 大沢村の件で知己を得た内藤様、密偵の元締たる佐々木様が、下座の私の左右に座る。

 そして、質素だが、仕上げの良さそうな藍の布地を使った着物を纏ったお侍が入ってきた。

 両手を突き、頭を下げる。


「面を上げよ。大沢村の件では、直に顔を合わせられなくて済まなかったな」

「覚えておいていただけましたか。恐悦至極でございます」

「今や勘解由が大儲けできるだの、鏃や槍の穂先ができ放題だのと大喜びしておる」

「戦がなければ、もっとボロ儲けできておりますぞ」

「その立役者が、密偵のつなぎもやっていた。今月は早めに田上城下に行ってもらったがどうだったかな?」

「津山一門衆を中心とする約2000の兵が、郡境を超える日をお知らせに参りました。29日。抜け駆けにございます」


 内藤様が安堵の、佐々木様が怪訝の、そして御館様がにやっという笑いを、それぞれ顔に浮かべていた。


「誰からの話だ?」

「津山家町奉行、猪口明慶様でございます」

「正確な動きが出てくるとしたら、そこからだと思っていた。城中の他の小物の密偵と違って、いろいろ語りたいと思ってたやつだ」

「1年前に陰陽師としてのご依頼を受けて知り合った御仁で、津山家の出陣が決まって以降の先月、私に城の内情を話すようになられました」

「お主の本業は陰陽師だし、公には両家は敵ではない。まだな……。だから、お主が向こうの町奉行と勝手に話していても、そのことを咎め立てたりはせん。だが、猪口がそうする理由がわからん。領主としては、後学のためにも、そこが知りたい」

「津山家に恨みがあるとの由です。一門のどなたかに、お父上の死を償って欲しいと。詳細はわかりませんが、私はその場で対面しておりまして、嘘はないと直感いたしました」

「直感か」


 佐々木殿が不安げにつぶやくが、御館様は正反対のにこやかな笑いと共に声を発した。


「気に入った。余もそれは正しいと直感したぞ。敵が29日に郡境を超える前提で、我らも動くことにしよう」

「まだお耳に入れることがあります」

「何じゃ?」

「大妖・九尾の狐が復活し、何故か津山周防守様の屋敷にいます。若い二人の側室の姿を取っているそうです」

「何だ、それは? 確か、大昔に那須の近辺で大昔に討たれた大妖怪ではないか。信濃屋の伍介を殺したのは、そやつか」

「これは西福寺住職と諏訪神社の神主からの話で、霊的な商売をする者としては聞き捨てなりませんので」

「どういう風に?」

「日の本がすべて滅びかねません。目覚めたばかりで500人からの村をあっさり全滅させるほどなのですよ」

「向こうに仇を為してくれるのなら、良い妖怪と思いたいが」

「周防守の屋敷にいるのなら戦場に出てくるかもしれません。どのみち、本格的な対処は、戦が終えるのを待たねばでしょうが……向こうの誰かが手を打ってくれそうもない以上、どうしようもない話です」

「いや、手を打ったせいかはわからんし、今朝、鉄の商談で会ったものからの噂話に過ぎんが……。周防守の屋敷が火事だそうだ。昨日の明け方。屋敷が全焼したらしいという以外の話はないが」


 内藤様が面白そうに口にする。


「九尾の狐を相手にしての結果ならば、そういうことのできるのは、田上城下に4人です。西福寺の住職と尼さん、諏訪神社の神主、津山の家老に雇われの占術師……田上城下を立ち退く際に最後に会ったのが、その4人でした」


 私が城下から逃走した直前の話で覚悟を決めたのだろう。九尾の狐と正面切って戦うには、駒不足は否めないはずだが……。


「ただ、勝てているとは思いません。霊的な意味で傷を負わせるのが関の山でしょう」

「そうか。わが城下でそういうことのできるやつはいるか?」

「私、妻のおせん、弟子の隆之介、あと、郡内に何人かいる占術師が力を合わせれば。この城下の僧と神主たちは、ちょっと呪の力が足りませんね」

「領主としての命令だ。28日の夕刻に、それらの者を集めて、四方村の南に設ける野営地に余を訪ねてまいれ」

「あまり気が進みませぬが」

「わかっておる。だから、強制の命令だ。機会を見つけて倒さねばならんのだろう? 狐がそれでも周防守の側にいるなら、余を狙ってくる可能性は高かろう」

「わかりました……」

「だか、飽くまで余を守ることだけでよい。無理はしなくてよいからな」

「はっ」


 さてさて……命のやり取りの場に、あの2人出たがるのか。説得できるのか、気が重い。


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