50 堀部家町奉行・鈴木左衛門尉高景の挨拶運動
8月20日
「お奉行さん、おはよう」
「よお、だいぶ、涼しくなったな」
「ええ。朝も過ごしやすいし、掃除も楽になりました」
「そうか、そうか。困り事があったら、何でもいい、町方を訪ねて来てくれよ」
「はい」
昨年からわしは、登城に馬を使うことをやめた。どうせ領地は2里ほど南。役目は城下町で、火事などの緊急の事態への対応もあり得る。だから、城下に構えた屋敷からは離れられない。
最近はだいぶ落ち着いてきたが、それでも日々の訴訟沙汰は途切れないし、神仏頼みの裁定はやめてしまったから、微妙な訴訟まで町奉行か副奉行が行うから本当に難しい。
そこで、ちょっと考えた。お互い善人になれば、角を突き合わせずに済む。そんな気持ちを城の侍から発することが大事だと。
そこで、町奉行は話しかけやすい……そういう人物像で親しまれようと思ったのだ。武士とは言っても、ちっぽけな国衆の一員に過ぎない。奉行と言っても、羽振りのいい商人くらいの衣服をまとっているという形だ。今だって伴を一人付けるだけで、屋敷から徒歩で登城している。
1年続けた今は、道中で声をかけてくれる者が何人もいる。最初は、出会う町人に「よう」とか「おはよう」とか挨拶しても、胡散臭そうに見られた。やっと「町の人間」として迎えられたという気分だ。まだ町廻りの役人には居丈高なものもいるが、半年前からは副奉行も真似てくれて、武士に対する印象の軟化に役立っている。
用心のために、供のものには1丈の槍を担がせているのだが、それも旗指物代わりである。
「よう、伊勢屋ではないか。しばらく城下で見ないと噂だったが、達者だったか?」
無論、機会があれば、わしからまだ声をかける。
ただ、この口入れ屋の主人の場合は、普通の庶民に話しかけるのとは違った。こいつは城下でも札付きだからだ。しかも、旅笠をかぶって今城下に入ってきたという形であった。人足の調達という触れ込みで、かなりの間、町から姿を消していたのだ。
「お奉行様が直々に朝っぱらから見回りですか。ご苦労様なことで。達者も達者で、人足の調達に周りの村々から河越や忍、古河の辺りまで足を伸ばしていたんでさあ。帰って来たのは15日ぶりですぜ。お城の方でも、郡境の造作に大工と人足をかき集めろってお達しだったじゃないですか」
「おお、そうであったか。大義だったな。首尾はどうじゃった? わしから作事方に伝えておくぞ」
「さっぱりでさあ。時期が悪すぎましたね」
実際のところ、この男は町方の二方向から嫌疑がかかっている。一つは女郎屋と組んで、何人もの女に証文のでっち上げで多額の借金をかぶせ、騙して女郎奉公させている件。これは何年も前から話があったが、有力な口入れ屋なので、見過ごしにされてきた。もう一つは、津山家の古手の密偵であり、向こうの戦奉行の息がかかっている。
あと最近は、この城下町の座の負担金の不払いをめぐって、伊勢屋の番頭と座の頭である越後屋との口論が日課になっていると聞く。口入れ屋としては普通に使えるが、歩く厄災の種だ。
しかも、誤情報を密偵に流すという計略をやろうとすれば、町にいない。
おそらく口入れ屋としては働いていたのだろうが、我が堀部家のためにではない。津山家に人足を流そうとして、そちらも不首尾だったはずだ。恐らく9月に入るまでは津山家も兵糧運び出しの人足が集まらない。氷室郡や隣の諸郡でも農繁期に変わりはなし、我が郡では大沢村の大鍛冶場がいろいろな働き手に欲していて、小作兼人足という連中が相当の人数吸収されている。兵糧の輸送が万全になる以前に、こちらからは28日から30日まで郡境は空だという情報が行く。考えなしの猪武者どもが好機だと騒いで、津山の家中に軋みが生じているはずだ。たかが1、2日は、されど1、2日であり、それしきのことで人間の関係が壊れてしまう。
この男を利用できていれば、もっと楽に事は運んだのに。まあ、終わりかかったことだ、しょうがない。
「そいつは、文字通りに無駄足だったな」
「全くで。骨折り損のくたびれ儲けですよ」
「ああ、ゆっくり休んで、9月の上旬に備えてくれ。城も兵糧を動かす用事ができそうだからな」
「そうなんでやんすか?」
「ああ、詳しくはまだ話せんがな」
「わかりやした。心得てはおきやすんで、その際はお願いします」
「ああ、それではな」
別れて歩き始めて考えるに、あの男も市井の生活に満足できれば、詐欺行為も、密偵もやらずに済んだはずなのだろう。だが、現実として、金なのか、秩序だった世間への反発なのか、奴は女を騙すし、津山家へ内通もする。
ただまあ、津山家に内通するなとは、今の侍に偉そうに言えたことではない。
侍自身、元々戦のこと、自分の土地のことしか頭にない存在なのだ。せいぜい年貢をとりたてられればいいのだと、民のことを考えてきた。
だが、今の世の中で、民の訴訟をこなすほどに、それだけでは不味い気がしてきている。今の今でも、津山家が攻め込んでくる日まで、町方は自分の役務を疎かにしては不味い。
恐らく、世の乱れというものは、侍が侍のことしか考えず、そこは自分が継ぐべき土地だというだけで生きているから起こるのだと思う。実際、今は北条と両上杉で争いになっているが、どっちが大名として上に立っても、作物が獲れて年貢が安ければいいのが民である。
だが、民は付属物として土地に付いているだけものなのか?
我らの如き国衆の下の地侍をやっておると、そうではないと思わざるを得ない。民が田畑で農作物を作り、町でさまざまな商品を売ることで世の中は成り立っており、それこそを守るために侍が存在するという考えに改まっていかないとだめだ。しかも、侍の半分は半農である。民に対して何か共感するものがないと、民も「なぜ年貢を払わねばならんのか?」という考えになっていく。
津山より堀部が上手に治めているから堀部に年貢を収め、堀部が民を守るからこそ氷室郡から逃げることもない。侍の仕事が、戦をするついでや方便のために内治も行うというのではなく、民の生活を安心に保つことを売る商売になっていかねばならんのだろう。
とはいえ、まだわしとて、戦と聞けば血が騒ぐ。こんな考えを理解するのは、他の者にはもっと難しいだろう。
「む、雨が来るな」
北西から低く黒い雲が城の方へと流れてくる。深刻に考えすぎたか。空模様と相まって、今日は憂鬱な日になりそうだ。