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47 津山家一門衆・津山周防守正通の下向

8月17日


「それでは、領地にて、ゆるりと戦支度を整えますゆえ、しばしのお暇を」

「うむ、また先陣を委ねるやもしれん。よろしく頼むぞ」

「それでは、30日に再び……」


 御館様に挨拶して、一旦城下を去り、我が領地へと向かう。今回は先陣は受けられないだろう。叔父である弾正少弼を先陣にして、御館以外の津山一門を中核とする2000の兵は29日に郡境を越す。

 本来の出兵は30日に城に集結し、9月1日に郡境……この期日より2日早く動く。


「腕が鳴ります」


 馬に揺られながら、供の者が話し掛けてくる。供回りは、余よりも年下の血気盛んなものばかりだし、既に戦に出た者ばかり。明日からは自分の領地である熊川村で練兵と兵糧の調達の毎日になる。

 熊川村は城から四里ほど東にあり、主だった侍大将とほとんどの足軽は村に送り込んで、既に練兵と兵糧の準備をさせていた。

 特に、兵糧の準備に余念のないように、指示していた。面倒くさいが、人を食わせる側の立場にいる以上、それはやらねばならない。事前の陣触れでは、余に課せられる兵役は兵100、うち騎馬30、弓30。馬の面倒を見る奉公人と、ある程度の秣も用意する必要があり、抜け駆けの行動のため、数日は独力で行動せねばならない。

 100人と奉公人20人……5日分に当たる100俵の米を用意し、さらに副菜や樽物と馬の秣、それらを運ぶための荷車を20台用意した。10台を米、5台を副菜や樽物、5台はまぐさを輸送するのに使う。人足はやはり集まらない。むしろ、半農の足軽たちの田んぼの稲刈りを、周囲の小作たちを金を払ってやらせなければならない。そこで、荷車は足軽が交代で動かすことになる。

 実際、味噌、醤油、酒、干物、野菜、漬物は5台の荷車とともに城下の屋敷で調達し、後は28日の早朝に運び出すばかりだ。出入りの信濃屋が間諜だったのは計算外立ったが、幸い商売仇の店から、不足分は調達できた。

 だが、これらに関しては、奉公人を15人ばかりを分派して運ばせねばならない。領地から運ぶよりはよいのだが。

 供回りには申しておらんが、半数近くの足軽は戦場まで荷駄隊として使わざるを得ない。


「腕は鳴るが、頭を使うのは面倒くさいものだ」

「兵糧のことですか? ご当主は大変でございますな」

「領地が大きくなるほど、面倒になるのだろうな」

「ご家老衆のような方を、軍師に向かえては?」

「うむ……」

 

 家老どもの仲違いを深めるための離間策は失敗し、野盗どもは「飛騨守の使い」と名乗った家来の言葉を伝えぬうちに、淡路守に討たれるか逃げ出すかしたに違いない。

 そういう策略を内匠頭なら的確に仕組むだろうし、兵糧のように緻密に頭を使う作業も委ねられる。内匠頭のように、頭の切れる男に任せられれば……。

 いや、女だってかまわない。おかつとおこう……。

 おかつとおこうは、男装して奉公人たちとともに、森脇村で期日に合流する予定だ。特に、おかつは明らかに妖怪変化の類だ。頭も切れる。文庫の兵法書を読み、重要な文を諳んずることさえできる。いろいろなことの算を立てるのが速い。ただ契るだけの女にはしておきたくはない。それだから、二人が戦への同行を願ってきたときに断ることができなかった。

 いや、あの二人は、よりにもよって契りながら、そのことを願い出て来たのだ。連れて行く利点はあまりにも巨大だ。


「女武者を傍に置くというのは、どう思う?」

「例のお二人ですか。今の家風に向かんでしょう。殿の武力で結ばれているような家ですぞ」

「だが、頭が切れる。戦場でも役に立つ仙術が使える」

「それは惜しいですな。男なら何の問題もないと思うのですが。古今に女武者の例があるのは知ってはおりますが、なかなか難しかろうと存じます」


 やはり家中の賛成を取り付けるのは難しいか。それでも男装させて、小姓という触れ込みで連れていければよい。二人を側室として知っている供回りの目をごまかすためにも、一時離れることはどうしても必要なのだろう。


「殿! あれを」


 馬に揺られ、主街道から離れ、熊川村への支道へと入って間もなく……。

 どうしても人通りが少なく、たまに出没する野盗に、行商の農夫が追われ、こちらに駆けてきた。


「槍を持て!」


 余の槍は徒の供の者が持ち、槍の柄の方を差し出している。それを引っ掴むと、馬の供回り3人と共に、一気に駆け出した。

 相手は8人だが、槍持ちの武者が4騎で駆けて来るのを見て、逡巡した。

 一散に散って、森の中へ駆け込むか、行商は放っておいて、迎え撃つ態勢を取ればよかったのだ。だが連中は、どれにも遅れた。半分は逃げようとし、半分はこちらに刀や槍を向けようとしたのだが遅かった。

 余は右前方で、槍で迎え撃とうとした野盗の一人の顔面に、自分の槍を突き入れる。


「ぎゃっ!」


 うまい具合に槍の穂先は眼窩に吸い込まれ、そやつは短い悲鳴をあげる。穂先がその奥の硬い骨を粉砕した感触が手に伝わる。押し引きすれば槍は簡単に抜け、そやつは無様に倒れ込んで絶命した。

 余は即座に左から太刀で斬りかかって来るものに、槍を向けて突くと、槍の穂先は眉間に突き刺さった。


「ぐはっ!」


 手には頑丈な板に槍を突き立てにいったような衝撃が走る。自分がやつに向かった勢いと、やつがこちらに斬りかかった勢いが合わさったおかげで、穂先は骨の裏まで貫通し、無様な呻きとともに、そやつも地面に叩きつけられた。

 供の者たちも、難なく野党ども打ち倒していた。


「殿様、ありがとうごぜえます」


 やはり村の領民らしい。俺の顔は忘れられていなかった。


「村に帰るところだったか?」

「へえ。奴らが道を塞いだんで、慌てて背を向けて走りました」

「運が強かったな、もう村まで心配ないぞ」

「ありがてえことです。こんだけのお侍に守ってもらうとは」

「余より大物だな、お主は」


 笑い話にしているうちに、徒の供たちも追い付いてきて、野盗ども死体を道端に寄せる。同様の輩どもへの見せしめの意味があるから、敢えて野ざらしにしておく。

 供回りの武技に不安はない。他の者たちの用意がどこまで進んでいるかが楽しみだ。


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