46 堀部家一門衆・堀部大膳太夫吉久の練兵
8月16日
気まぐれ、気分屋、わがまま放題……領主としての兄の評価は、勘定奉行を筆頭によろしくない……ように思える。実際、内政に関しては勘解由殿が、戦に関しては和泉守が、金勘定に関しては織部助が、振り回されているようにも思える。
織部助が経理で激しく兄と対立し、衝突がすぎるから勘解由殿が理財を請け負って商売人の如きに毎日鉄を売る羽目になっている。主席家老がそんなだから、戦については和泉守が孤軍奮闘……実際にはまだまだ色んな振り回しがあるのだが……。
「馬鹿もん。領主が言いたいこと言わんでどうする? 俺なんかいい方だ。津山など、さしたる理由などなく、わがままで戦を始めようというのだぞ」
兄に「思いつきを家臣に押し付ける前に、少し考えたらどうか?」と諫めたら鼻で笑われたうえに、そう返された。
「俺に男子ができなければ、何かあったときに、次はお前だ。俺と同じにする必要はない。だが、むしろお前の方が、考えないで感じたままを口にする練習をしておけ」
とも言われた。
ともあれ、私の家中は弓兵で兵種を統一することにした。槍兵は、町方がこぞって選択し、数は足りそうだ。守りを考えれえれば、一門は派手に出張るより、控え目に、でも、確実に戦果をあげる方がいい。
それと、廃れる一方の「弩」に、今一度、注目してみたかった。鉄の大増産ができている今、鏃は無尽蔵に作れる。それこそ、箸ほどの長さの「短矢」で、大量に矢を用意でき、持ち運べる。だだ、弩はごく簡単な構造にしたが、やはり弦の引き上げが問題だ。そこで、一度に50人を運用するのだから、10ずつの5組にして、間断なく放ち続けられないかを試してみたい。
そんなある日、兄が……
「戦奉行だけ、実際に戦場に想定されている場を見ているのはずるい。総大将の余が、現場を見る機会が与えられぬというのはおかしいだろう」
と言い立てたのだ。
私にはピンときた。
「和泉守が先に戦場を見てきて、いろいろ意見するようになったので悔しいのだ」
兄が戦場を想定したのは、必ずしも図上のことばかりではない。裏作が始まるまでの農閑期に、鷹狩りは飽きるほどやるので、数年以内に現場は見ていて、ちゃんとわかっているはずだ。
だが、和泉守が軍配者としてそうだったように、総大将としての不安は大きいはずだ。
だから、誘った。
「我が家中の弓兵隊の練兵を兼ねた狩りをするから、それに加わらないか。四方村の本陣を宿舎にするつもりだったから、実際に郡境まで出張るぞ」
ぞろぞろと旗本・近習を引き連れての視察となれば、一際目立つ。わしが弓での狩りを行うのは、触れが回っている。新式の弩を使うのも、考案した木工職人の宣伝のためもあるので、各所に知られていた方がよかった。
兄にとっても都合がよかったはずだ。現場では、本来のわしの供回りの十人を兄の護衛に付け、兄はただの侍大将という体で、周囲を散策するが如しだった。十分にその場を……、新砦のある森の中まで見て歩いたはずだ。
私は自分のやりたいことがあったから、家中の一隊に合流した。木工職人の小次郎とともに、新しい弩の実際の使用感を見定めたかったのだ。
威力と言う点では、申し分ない。短弓と短矢を組み合わせ、家中で使っている長弓の弦の半分以下の長さの弦で、かなり大型の得物を仕止めていた。
「かなりでかい猪でも当たれば一撃か」
「狙いやすいですよ。外れた矢も、そんなに遠くない」
弩は、弓の下に長いく細い木の台を添え、そこに普通の弓より強い弦を張る。今回は、強いがゆえに人力では引くのに時間がかかる弦を、台を中折れさせて、鉄の鈎爪付きの棒に引っ掛け、それで引くという面白い構造を採用した。
「最初に手で普通に引っ張るやり方のときには、これは廃れて当たり前だと思いましたがね」
この組の頭が話しかけて来る。武士の間に、弩が流行らなくなったのは、威力を出すと弦の張りが引ききれないほど強く、特に、騎射や連射に不向きというのが理由だ。
今回の兵制改革は、弓は弓、馬は馬とはっきり分ける。弓隊のなかで、特色を出そうと思えば、弩の選択はあり得ると思い当たった。
「かなりいいですが、それでもまだ強いですかね。普通に狩りに使うなら、もう少し弦の張りを弱くした方がいいですよ。わしでも、けっこう力が要る」
侍大将の率直な感想だ。この男は、胸の前でへし折るように弩の中折れをやって見せた。確かに、まだ力が要る。
「まだ難しいですかね。これなら、かなり硬い甲冑でも貫通できると思ったのですが」
「力を使いすぎると、長い戦では後が持たなくなりますな」
「ふむ……」
わしが思案していると、今回が初陣だという、若い足軽が何か言いたそうにしていることに気づいた。ああ……兄に対して、何か言いたいときに、私もあんな顔をしているのかなと、何となく思った。
「おい、お前……何かあるか?」
「い、いいえ!」
笑顔で、問い詰めないように用心して声をかけたのだが、若者らしく、萎縮して顔を伏せてしまった。
「おいおい、いいえはないだろう? 何か思いついたか? 申してみろ」
「い、いえ。大したことでは……」
「何だ。何か、言いたいことがあるではないか。大したことかどうかは、わしが決めるゆえに、申してみよ」
「は、は、はい。実は、こうすると簡単に、折れますもので……」
その男は、一旦膝立ちになり、右足だけ前に出す。そして、弩の前半部を右腿に置いて左手で押さえる。そこから、右手で弩の後半部分を押し下げると……
「おお、両手でへし折るようにするより簡単そうだな……どれ……うん、さっきよりよい具合だ」
私もやってみたが、確かに、手だけでへし折るようにするよりは、手と腕に力を入れなくてすむ。
「ああ、これはいい」
「これなら、弦の力を弱めずともすみますね」
回わりの者すべてが、同じことをして、これはいいと言い立てる。
「大したことではないか」
「まったくだ」
「後で褒美を取らす。村の本陣に戻るのを楽しみにしておれ」
「あ、あ、ありがとうございます」
「よし、全隊集めろ」
「はっ」
伝者が、集合の合図となる法螺貝を鳴らす。兄に貸した供回りの第5組以外が集ってくる。
皆が集まると、第1組の組頭の侍大将が、脚を支えに弩を中折れさせると、楽に弦の引き上げができることを教え、全員がそのやり方を学ぶ。大きな得物を運ぶために持ってきた戸板を立てさせ、大声で訓示する。
「いいか。この隊は、弩を使う隊として、次の戦を勝ち抜く! それには、弩で、矢で襖を作ることだ。そのため、1組が矢を放ったら、次の1組が、次の1組が放ったら、その次の1組が。そうして、連続して4組が放つ。矢を放った組は、ただちに弦を引き上げ、最初に戻って、また矢を放つ。その繰り返しだ! 今から、あそこに立てた戸板を的に、その調練を行う。全員、弦を巻き上げ、弓をつがえよ」
今は戸板を扇形に囲う形で、各自が準備に入った。戦場では10人ずつの5列横隊、矢を新たにつがえる組はしゃがむ……という風にした方がよいかもしれないとも思った……が、今は試射が優先だ。
「第1組構え!放て!つがえ! 第2組構え!放て!つがえ! 第3組構え!放て!つがえ! 第4組構え!放て!つがえ!……」
なかなか、調子がいい。第4組まで撃つと、第1組の矢はつがえ終わっており、即座に第2波目の射的に入れる。第4波まで試みて、十分に連射が維持できた。
20間(約36m)ほどの距離なので、1波での的中は少なかったが、2波、3波と戸板に刺さる矢は増え、4波目では、だいたい半数が的中した。なかなかの成果に、兵たちも満足そうだった。
今日はこれでいい。
猪、狸、鹿、雉……各組が仕留めた獲物の血抜きをし、運びながら、兄たちと合流。村の本陣へ引き上げる。
味噌で煮込んだ鳥獣の肉は、熟成は今一つだが、野趣にあふれ、酒も、飯も大層進んだ。弦の引き方を考えを出した足軽には、金一封の褒美を出した。
そんな風に狩りの締めくくりを我々も楽しんだし、戦場を見るまでは浮かばぬ顔だった兄の顔にも、笑顔が浮かんでいた。
https://youtu.be/-5LFLSGwIZ8
今回想定した弩=ボウガンは、こんな感じ。
もう少し本体長と弓の部分を長くすれば、持ち運びにかさばっても、中折れ~弦の引き上げは容易になる。




