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45 周防守の城下屋敷・おかつの愉悦と太刀【ダウングレード】

R18版の終盤を書き換え、武装を選ぶシーンを入れました

8月15日


 すっかり秋めいてきて気分がいい。


(やっぱり百姓の娘で、商店の女中どまりの子よね。このくらいで満足なの?)

「いじめないでよ、玉藻姉さん。そうよ、わたしのしょうもない人生で、こんな贅沢に暮らせたことってないから。ここで止まっちゃいそう」


 周防守の城下町外れにある屋敷の庭は、丁寧に作庭されていて、国衆とはいえ、一城の主の親族に連なることは、この世の中でもすごいことなんだなと思う。

 石も、草も、木々も、庭師がきちんと計算して、きれいになるように作ってるんだなあってわかる。自然ではない。自然に人間が近づくようにと作った美。それはすごく端整なんだなって思う。そのなかで散歩するのが心地よい。


(そうは言っても、やっぱりただの町娘じゃないんだよ、あんた。私が取り憑いているのなら、ドス黒く心が染まって獣みたいになっておかしくないんだからね。人間らしさが残ってるだけでもすごいことよ)

「でも、それは、玉藻姉さんが、殺生石として砕け散って、力が弱まったからでしょう?」

(そうね。でも、あんたは本当に“逸材”。然るべき術者があんたを見たら、弟子にしたいって言い出すわよ。難しい言葉で言えば、突然変異。おこうもね。学問も始めたら、すごく伸びる……というか伸びてる)


 そう。周防守様はとてもいい人だ。だんだんと奥座敷の私とおこうの存在を、周囲に広めはじめている。奴婢などではなく、側室として。だから、読み書きも、武家風の話し方も、頭のいい女中頭に教わった。わたしもおこうも、すごく物覚えがいいらしい。褒めてくれて嬉しいから、2人がかりで、とても気持ちよくしてあげた。死なさない程度にだから、吸い上げられる生気の量が全然少ないと、玉藻姉さんはご不満だけど。

 今はお屋敷の文庫にある漢籍の書物が面白い。だから、今日も文庫に行き、『孫子』と『老子』をちょっとずつ読み進む。


「お姉さんは侍と戦ったけど、こんな孫子みたいなやつばかりだったの?」

(そんなことない。猪突猛進の馬鹿が大半よ。それだから、心が折れたときの恐怖心が半端じゃなく、魂も美味しくなるのよ)

「この町に来る直前にやっちゃった野盗みたいなやつね」

(そうそう。女2人に強気だったのにね。素手のあんたに足を折られてからの怖がりようったらなかったわ)

「でも、『孫子』はいつも冷静。常に敵を知り、弱きを攻め、強きに固く守り、柔軟に自然に理に適うようにしろって説いている。これって『老子』の『上善は水の如し』と通じるところがあるのよね」

(『老子』は柔軟な人間像が好かれて、海の向こうで信仰が厚いのよ。『孫子』もだいぶ感化されていると思う。それに『孫子』は、戦は多くの人間が死にかねない質の悪い博打のようなものと考えている。武士の根本と違うのよね)


 わたしが玉藻姉さんとしている会話は、とても年頃の町娘と邪悪なだけの妖怪のそれではないのだろう。


「この間、このお屋敷に来ていたお侍の偉い人たちは、お姉さんのいう馬鹿の集まりね」


 周防守様の親戚と今のやり方に不満のあるお奉行様たち……周防守様も入れて六人。戦を早くやろう。それで御家老衆をやり込めよう。あの怪気炎ぶりは苦笑ものだった。隣の部屋に控えていて、失笑を堪えるのが辛いくらい。


(ふふふ……あれは扇動のしがいがあった)


 お姉さんには、人の言動を変える力はない。怒りや悲しみなんかの感情を煽る力はある。それと同じ力を、おこうちゃんも持ってい2人合わせた力で、あっという間に、皆の激情が燃え上がり、抜け駆けをやることが決まってしまった。ただし、1人だけ感情的に全く乗らない男がいたのが面白かったけど。

 その時は、私たちは武家の若い娘風の打ち掛けなど着て控えていて、散会後、さも偶然に廊下で皆さんに鉢合わせした振り。上流の武家は、女を私的空間であるところの奥座敷に留めて表にはなかなか出さないのに、側室で若いし、見聞を広めるために出かけたなどと周防守様は言い訳をしていたっけ。


(ああいうところで、あんまりほのぼのしないでよね)

「あはは……そうね。今度から少し冷たい感じに見せるわ。わたしが今生かされてるのは、男なんて皆殺しにしちゃえって殺意が、お姉さんと共鳴したおかげだものね」

(このまま堀部の計略に一門をはめて殺戮させ、その恐怖した魂を私はいただく。返す刀で、氷室城下を灰燼に帰して、今度は津山の残兵を殺戮する……流れるような計でしょ)

「それであたしはお姉さんのなかに溶けても構わないわ」

(あら、簡単にはそうしたくない。以前は化けていたけどね。今は、人に取り憑いているっていうのがせっかく面白くなってきたところだし)


 あたしの尾てい骨から伸びるお姉さんの尻尾が可視化されて……


……2人で一つのあたしの体は、玉藻姉さんと快楽を分かち合える。おこうちゃんは呪いの力が強くても、玉藻姉さんとは一体ではないから、わたしほどの快楽は得ていないはず。姉さんの快楽はわたしに、わたしの快楽は姉さんに伝わってくるから、気持ち良さも普通の人の2倍……姉さんとの行為で、わたしは小半刻もそこにうずくまり、身体の震えを止めることができなかった。 

 だけど、体を鎮めるのも、姉さんの呪いを使える。わたしやおこうちゃんが溺れきってしまうことがないのは、そのお陰だ。

 体をすっきりさせたわたしと玉藻姉さんが向かったのは、周防守屋敷の武具庫。ここには、配下の者に配る数打ち物(乱造粗製の安い武器や防具)のほかに、逸品の武具が置いてあるという。自分たちが戦いに使うための武器が欲しい。素手や呪いだけよりも、ずっと効果的に人が殺せる。

 侍の太刀は、わたしには細く感じる。かなり鍛造されているので、名物なら簡単に折れることはない。けど、刃こぼれと血脂の汚れで長く使えば切れ味は落ちてくる。それを避けるには突きの道具として使うこと。でも、それなら長い槍を使えと言う話になる。

 玉藻姉さんの希望は、あくまでも太刀だ。それも、斬れなくなったときにも、「殴れる」鉄棒として威力のあるものがいいという。


(わたしが知っている戦は、武士の世になる前の武士の戦い方だからね。弓と太刀と長刀の戦い。今みたいに槍が幅を利かせていない。そっちのほうが性にあっている)


 足軽の武器は、今は槍。まずは突く。さらに突くぞと仕掛けて、間合いを十分に取る。あとは間合いに相手を入り込ませないために、持ち上げて叩く。三間槍ともなれば、上から落とすように切っ先で叩くときの威力はかなりのものだ。矢戦が中心の鎌倉時代までとは違う。昔なら騎馬武者も馬上で弓を巧みに使う。蒙古の兵も顔負けなくらいだったそうだ。だけど、今の戦場での兵の戦いは槍での突く・叩くが中心で、そこに投石と弓を組み合わせ相手の数を減らし、隊列を崩す殴り込み兵器として騎馬を用いる。

 こういう戦の様相について寝物語で聞いてくるわたしやおこうちゃんを、周防守はどう思っているのだろうか……そう思うと失笑を禁じ得ない。

 お姉さんの希望は、使い慣れた太刀を振り回すような戦い方。「殴る」ことを重視して太刀を次々手に取って、玉藻姉さんと品定めする。


(重い方が、「殴る」時の威力に優るわ)

「これはどう? かなり重いけど……」


 目に留まった太刀は、刀身が4尺(120cm)近い。幅広だ。鞘から抜くと、普通の太刀の1倍半くらいの幅がある。そりは小さい。厚みもある。面白いのは、先の方に微妙に重心がある。重い。ただの町娘だった頃なら、とても片手で持ち続けられない。1貫近い。普通の太刀はこの半分くらいの重さだ。

 それに、この太刀は、先の方に重心があるから……


ひゅん!


 振りやすい。倉の外に出て、左右に振り回してみる。もう一度観察してみると、根元の方が微妙に幅が狭いことがわかった。振り切りやすいように、先の方に重心がくるように形を整えている。腕力が足りないと、逆に、太刀に振り回されてしまいそうだ。


(気に入ったわ。相模辺りの無名の刀工の作かしらね)

「そうなの?」

(相模や房総は、浜に砂鉄が豊富だから、良い仕事をする鍛冶職人が多いのよ)

「銘を調べてみる?」

(そこまでこだわっているわけじゃないからいいわ。それよりも、形が似てる太刀が何本かあったから、おこうも呼んで、全部試してみましょう)


 こうしておこうと3人。長らく使うことになる太刀を、わたしたちは選んだのだった。


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