44 堀部家主席家老・内藤勘解由良純の順調
8月14日
上司も部下も有能だと、間に挟まるわしは実に楽である。
我が家の兵種の転換は楽に進んでおり、全員の主兵装の弓が行き渡っており、各自の鍛錬も進んでいる。
堀部家中全体の兵種転換の統制は基本的には和泉守に任せておけばよく、もっとも苦労の多い騎馬隊の編成については、馬産と騎馬戦術の大家である次席家老の出羽守が上手くやるだろう。
和泉守が戦術に頭を悩ませる段階に来ているので、主席家老としては、兵糧と謀略を引き受け、御館様と現場の調整を図ればいい。この部分でも勘定奉行と町奉行が上手く働いているので悩みも小さい。まして勘定奉行は、御館様直属だったのだ。
だが、理財まで勘定奉行一人に任せきりにしていると、擦りきれかねないほど疲弊するだろう。
それで先月末、鉄売買の件でわしを訪ねてきた織部助に、この「商売」の全権を預けてもらうことにした。やつが気張り過ぎていたからだ。
「重量一貫(約3.75kg)の鉄の薄板を、永楽銭2貫もしくは重量2貫の米で売却してるよ」
「そんなにお安いのですか?」
「量を買ってくれればいい。普通に今の相場なら3貫じゃろ?」
「よくご存知で」
「そりゃあ、勉強もするさ」
最近のわしは「物売り勘解由」と陰口を叩かれるほどだ。兵制の改革に伴い馬を売り、今は城や城下の茶屋で鉄を売りひさいでいて、本気で商人に鞍替えしたいほどだ。ただ、たかだか国衆の家老とは言え、職人や商人に地位の押しも効くという事情もあるのだが。
今日の相手は、南隣の郡の鍛冶屋だ。8里ほどの距離があるが、領主の家老と付き合いもできるというあたりで、商売っ気たっぷりでやってくる。
城下の南の茶屋を商談の場しており、わしらと鍛冶屋の間には、半畳敷ほどに延ばした鉄板の実物がある。見本として置いているのだ。
なぜ市中相場より安値かといえば、大量に作り、鋼や精鉄というところまで追い込んでいないからだ。鋳造品の分厚い軟鉄とも違う。そのことを隠すつもりはなく、むしろ売り物にしている。
鏨を使えば切断でき、火入れして鍛造していけば、鋼に、そして刀などの刃物にすることも比較的容易になるわけだ。小鍛冶で、砂鉄から鋼の製品に鍛造するのは嫌というほど手間がかかる。工程を半分近くまで削れ、しかも決して高くはない。小鍛冶には旨味のある話である。
大沢村には金を出した代わりに、村で作っている銑鉄の2割を、この薄い鉄板に加工して城に納めさせている。月に1000個の鏃もだ。そういった供給量の安定もまた価格を安くできる理由でもある。
「これなら、加工もしやすい。製品に仕上げて十分に利益も出せます」
「では、何貫必要かな?」
「今回は10貫買わせていただきます。ですから20貫のお支払いですね……それだけではなく半年くらいに渡って1月に10貫ほど継続して買わせていただけませんか」
「おお、それは嬉しいな。運ぶ労をそちらで都合をつけてくれるのなら、わしとしては願ったりかなったりだ。価格は毎回20貫で良いのじゃよな」
「へえ、その通りで」
相場は変動するものだ。しかも、今のように、下剋上の世の中で騒乱が起きれば、いきなり物の価格が急騰したりする。逆に、わしらの鉄に対抗して、川口あたりの大鍛冶が、安い鉄の供給を増やせば、一気に鉄の値段が下がる可能性がある。半年先まで6回にわたり、支払い20貫(20両)で、鉄10貫(37.5kg)を渡すと約束するのは、お互いの危険を回避するためでもある。
鍛冶屋は財布を取り出すと、確認するように、銀の1両小判を並べていく。わしは、半年先まで、各月鉄10貫を銭20貫相当で売却する旨を書面にしたため、次回以降は、わしの屋敷にこの書付と銭20貫相当の支払いを持ってくるようにと書いて、署名し、花押を書く。
「実際、川口のあたりの方が砂鉄は良質なものが取れますし、上総あたりの方がもっと良質な産地があるんです。しかし、すぐ傍に安定した産地があるというのなら、そっちを使いたいですよ。運ぶのに手間と金もかからない」
「その板を2つに割って、熱して折り畳み、叩いて精練して、刀1本に仕立てていく……月に20本相当。30とか40貫で売れる刀になれば万歳じゃな」
「刀ばかりでもありませんがね。刀工専門の鍛治場なら、そういう目安になりますね」
「この書き付けを、屋敷町の一番城側にある、わしの屋敷の門番のところへ持って参れ。運ぶための大八車を用意してだぞ。以後は15日を引き渡しにするから、その書き付けをなくさぬようにな」
「ありがとうございます」
「何の。礼を言うのは買ってもらったこちらの方だ。かたじけない」
今は、鍛冶場の方も独自に鉄製品を売りさばいているが、素材となる銑鉄と薄鉄板は、城の方ですべてを買い上げて卸し売る「専売制」にした方が、財政的には潤うかもしれないな……とも考えてみたが、その辺は戦を終えてから、ゆるりと考えてみたいものだ。