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43 西福寺住職・和同の決意

8月13日


「さてどうしたものかな」


 弟子たちが持ち帰った書状を見て、剃り上げた頭部を撫でるがいい知恵は湧いてこない。

 九尾の狐の処置について常念寺の総法主からの返書……最近は国から国への移動が難しくなっているが、弟子たちは頑張ってくれた。それが無意味で無価値なものだったからこそ、無事にここへ帰り着いたことを慶ばざるをえない。

 だが、その内容については失望しか感じない。


「京における朝廷・幕府の力、畿内より外へ及ばず、捨て置くよりほかなし……」


 いや……断じて朝廷や幕府に善処を求めたのではない。法力を持つ僧侶に来てもらい、九尾の狐の追跡と殲滅を図って欲しかった。

 霊的な問題だからこそ、総本山にそういう措置を求めたかったのだ。だが、これでは小役人より始末に悪い。

 裏の諏訪神社に辰之進を訪ねれば、神社側も似たりよったりだ。


「諏訪大社は、国津神と地元神を主神にして京や伊勢の神宮とは、立場に一線を画してる。何か手を打ってくれると信じていたが……京に丸投げして知らぬ顔だ」


 家老衆に九尾の狐探索を命じられた占術師の栗原さんが、神社に宿泊には宿泊している。和華を伴って訪ねると、2人揃って困惑顔をしていた。

 一度は国を傾けかけた妖怪であることを、我々の上位者は放置するという決定をなしてしまった。


「仙術師は個人経営ですし、私も流れ流れて、この城下に来ている身。この城下に仙術師仲間みたいなものがおりません。どうにもできず、力不足ですみません」

「謝るようなことじゃありませんよ、栗原さん」

「私たちでも力が不足だし、弟子たちも荒っぽい役目は難しい。そこは自分たちも反省しています」


 私は栗原さんの言葉をありがたいとさえ思う。

 我々には九尾の狐がこもっている場所は分かっている。一門の周防守様のお屋敷だ。

 托鉢に出た和華が町なかの飯屋で一息ついていたところに、栗原さんが声を掛け、九尾の狐を追う術者であることを告げた。心当たりを尋ねてみたのだ。すると、和華が周防守様のお屋敷前で感じた寒気や声について栗原さんに告げ、二人で見に行った。そこで栗原さんは、九尾の狐の気を感じた。

 和華も栗原さんに気の見方のコツを教わり、試して見たのが不味かった。

 栗原さん曰く「和華さんの潜在的な力が大きすぎた」せいだ。悪い気をもろに感じた和華は倒れ、栗原さんに背負われて帰る羽目になったのだ。


「我々4人の力を合わせたところで、傾国の怪物を倒せるわけがない」


 辰之進の言うとおりで、精神的な力での防御はある程度できても、物理的な攻撃への守りができそうにない。有効な攻め手もない。


「私なんて、何もできなさそう」

「いや、そんなことはない。精神の力の器は、和華さんが一番大きいんですよ。わたしら三人の器を全部足したくらいある。ただ、術を知らないだけです」

「え?」

「栗原さんに、器がみえる術を教えてもらって驚いた。私も確認してびっくりしてる」

「私もだ。和華さんは迦陵頻伽かりょうびんがの化身ですよ」


 人頭鳥体の極楽に住まう鳥。美しい音色で鳴き、その音はまさに仏の声とされる。謡の上手い芸妓や花魁の代わり言葉にも使われる。和華の托鉢での読経にうっとりする者まで出るほどだ。女郎から尼僧になったという身の上を持つ和華は、まさにその化身といってよい。生臭坊主の私との出会いも、極楽へ近づけようとの御仏の見えざる計らいなのではないか。


「普通の人なら、その器が霊気になって身にまとわりついて見えるんですよね。和華さんのそれは、品のあるきらきらとした輝きです」

「あら、嬉しい」

「ところが、周防守様のお屋敷はまったく違う。九尾の狐が憑依した本人が見えないのに、お屋敷の土地にどす黒い穴が開いてるようだった。黄泉の国の入り口みたいに。あの日、和華さんが倒れそうになったのはそのせいです。術を教える側として、申し訳なかった」


 それが7日の話だ。その日、栗原さんが和華を寺まで連れ帰ってくれて、私と辰之進が九尾の狐に全滅させられた久保多村の地鎭と弔いをしたこと、栗原さんがご家老衆の命で狐を探していることを、互いに知った。

 栗原さんは神社の客となり、私と辰之進も術を覚えて、翌8日に4人揃って周防守様のお屋敷に、物見に出た。栗原さんの「黄泉の国の入り口」という喩えは見事に本質を言い当てている。人の精神的な諸力を黒に染めて、そこに引き込もうという怪しさいっぱいだった。


「ご家老と寺社奉行に話が通っているのなら、討伐ができそうですが?」

「ご家老たちも手をこまねくのだから、ご領主一門というのは、やはり力があるのでしょう」

「11日に一門すべてと一部の奉行が、あの屋敷に集った……というのを神社の参詣者から聞きましたよ」

「そこまで怪しいなら、手を打ってもいいと思うんですが」


 栗原さんの仰る通りだが、そこが政の難しいところなのだろう。


「そこがわからない。寺社奉行は結局は、寺社の土地と祭事の統制だけで、『妖怪を匿ってる一門の屋敷に押し入る力はない』と一貫しています。どっちにしても、本当の法力のある僧侶、神通力を持っている神官を見抜いて組織することはできない」

「内匠頭様も、『隊』を作りたいとおっしゃってましたが……」

「無理じゃな」

「私みたいに力が眠ってる人がいるかも」

「さすがに、和華さんほどの力は難しい。和華さんで一郡に2人くらい。狐が取り付いているだろう娘は、ほとんど一郡に1人いるかいないか。一郡に数人はいるだろう私たち3人は、元は、他所者だったりします。他の神主・住職がここのお弟子さんくらいの力しかないとすると、狐と戦うには駒が足りない。まあ、探す時間があればね」

「和華の場合、私と同じで、気を強く発することで、他人の気を上向きにしたり、気を萎えさせる技術は十分にあります。私と違って、病を気で回復させることもできる。多分、今、やろうと思えば、気を声に乗せることで、周囲の人を奮い立たせたり、気力を萎えさせたり、言うことを聞かせることもできるでしょう。もっと強く霊や妖の鎮魂もできると思います。それが狐に通じるかはともかく」

「お城の人たちが踏み込もうとしても、私達が敵わないなら、どうにもなりませんね」

「ただ、殺生石に戻すところまでなら、お侍を何千と使えば、弓矢刀槍でも無理ではない。大勢が死ぬだろうけど」

「お侍と一緒に、和華を守りながら戦い、弱らせたり、殺生石に戻して鎮魂するしかないですかな?」

「そうですね。その覚悟はあると、4人一緒に、ご家老衆と話してみましょうかね」

「それがいいでしょう」


 栗原さんが立ち上がり、自ら使いに出る。

 もっと和華に気や法力の使い方を教えなければならない。私自身がその覚悟を持って、事に当たらねばならんようだ。

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