41 津山家戦奉行・伊藤図書頭晃久の不満
8月11日
堀部討つべし。
それで一致すべきなのに一致できない。私、伊藤図書頭晃久には、昨日の軍議の結果は全くの茶番としか感じられない。
5000対2500……。
敵の城を目指し、一目散に押し寄せる。それでよい。兵糧など数日分なくとも、敵方の村や城下町から奪えばよい。攻城になっても強襲で勝てる。
昨日の軍議では、そのことを軍事の責任者として強く訴えた。城下町の治安を担当し、密偵に対する不安を申し立てる町奉行とともに出兵を早めよと具申した。
だが、早期出兵は否決。
出兵そのものに反対した郡奉行と作事奉行、九尾の狐などという意味不明な物への対策を優先させろと言っていた寺社奉行。この3人が御館様が断を下そうとした矢先に、予定通りの9月1日からの出兵に賛成した。しかも、出兵数を4000に減らし、旗本副頭を城代、勘定奉行を副城代とし、兵1000で城を守備させるという内匠頭殿の提案が出た。
「周防守様……。これでは御家老衆が政を壟断しているも同然ではござらんか」
「ほかの奉行衆は言いように丸め込まれてしまった」
周防守様の屋敷に4人の一門衆と早期出兵に賛成した、わしら2奉行が集まった。この6人と、普段からこの6人の与力とされている者で、総勢2000人が動員できる。
強硬派の最右翼である周防守様は若くて200石どまり、奉行のわしらは100石どまりだが、弾正少弼様のほか、但馬守義行様、因幡守克長様は、安田家に匹敵する1000石取り。いずれも津山姓で御館様の叔父上に当たられ、戦の経験も積んでいる。
「昨日の軍議で、それがしは戦奉行として大変に重要な報告をいたしました。堀部の兵は、9月1日に気勢を上げるため、城下を練り歩く武者行列・閲兵を行います。さらに、中山道を四方村へ北上するというのです。このお祭り騒ぎのために、氷室郡内の兵は28日から城下へ移動します。どうして御館様も、御家老衆も、慎重なのか、わかりませぬ」
「まっことに図書の報告を家老どもは一顧だにせん。こちらにも密偵はいて素晴らしい働きをしているというのに、けしからん!」
老将の弾正様が怒るとさすがに迫力がある。空気が震える感じがする。一門筆頭で、人格者であり、複数の奉行を兼任し、弾正様の下に副奉行職を配することで、津山家は上手く回っていた。だが戦乱のうちに、備後守殿が圧倒的な武威を示し、3家老の執政が強化された。御一門は壇上の雛の如しにされてしまった。
「29日の払暁に抜け駆けし、一気に氷室城下に迫る……私たちだけで……というのはいかがですかな?」
「周防守様、それはちょっと行き過ぎなのでは?」
「戦に行き過ぎも何もなかろう」
わしの反論に周防守様は絡むが如しだ。お酒を召しているのかと思えば、そうでもなさそうであり、言葉の本意を掴みかねる。わしも抜け駆けには賛成なのだが、形式的にでも、御館様への「謀反」を嗜めないわけにはいかない。門外の誰かが声を上げないわけにはいかない。
「だが、津山一門の武と意地を見せつけるには、上策かもしれないな。これは謀反ではなく、家老どもへの警告じゃ」
弾正様が周防守様の言葉を受け止め、わしの嗜めも立つ瀬があるようにしてくれた。
「急襲し、四方村など道中の村々と城下町に火をかければよいのです。籠城してもとても冬までもちますまい」
「密偵の報告でも、籠城ではもたないので野戦に出るのだと」
「焼き討ちをかけるだけかけて、一日に家老衆・奉行衆と御館様がゆるりと出撃してくるのを待てば良いのよ」
「森脇村を拠点にし、腰兵糧一日分を各自に持たせて29日は凌ぐ。森脇村へは一部の足軽を荷駄隊にして、堀部領内に攻め入るための2日分を輸送すればいい。2日分程度ならば、各自にて準備できるな?」
「もちろんでござるよ」
6人の会話がだんだんと熱を帯びてきた。気分も高揚してくる。これはやるしかあるまい。
「一門の所領が、城から2里以上離れておるのも好都合だな」
「城下へ集合のために兵を動かし始めたと見せかけて、一気に郡境をめざす」
「先鋒は?」
「わしが行こう」
「弾正様が御自ら?」
「氷室城下そばで、堀部の者どもが出撃してこんとも限らん。先鋒にも兵数は要る。それに、家老衆の鼻も明かしたいからな」
そういうことを言いつつ、自分が牽引したことにして、罪に問われたときに、すべてを被るつもりだ、この人は。そういう情の人である。
「29日の四方村と氷室城下の焼き討ちは、たっぷり火矢を射かけてやりましょう」
「周防守様のその案に賛成でござる」
「内匠頭殿は、やたらと民を逃散させないと仰せだが、気を使いすぎだ」
「戦に手加減はない。民の困窮は武家に跳ね返るが、堀部家が戦を続けるのに困るだけだ」
「兵糧が足りねば、刈り残されている晩稲を刈り取ろう」
「決まった」
「よろしい。29日の正午に森脇村に集結。兵糧もそこへ集める。陣立てを改めた後に越境するという流れで良いかな?」
「御意にござる」
弾正様が、この「軍議」をまとめ、他の5人の声が揃った。何より嬉しそうなのは、一貫して出兵の前倒しを主張してきた周防守様だ。
「腕が鳴る」
「堀部というよりも、家老どもに目にもの見せてやろう」
「拙者は町奉行の役目があるゆえに、ぎりぎりまで城を離れられませんが、与力たちとともに、城内の事態に急変があらば、ただちに抑え、お知らせし申す」
「うむ、心強いぞ」
この時点で、我らの「謀反」の成功は、疑う余地がなかった。