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40 堀部家戦奉行・佐々木和泉守憲秋の不安(地図)

8日10日


挿絵(By みてみん)

(黒い四角■は、村を構成する集落)


 一応、戦場では重職なので、面倒だが、野掛けだ、鷹狩りだと称して、四方村と郡境砦へ赴いておかねばならん。部下もついてきてるのだが、好きにさせておく。

 そもそも、戦奉行(軍奉行……どちらも、いくさぶぎょう)なんて役職は、戦が起こらなければ不要の役である。

 だが、毎年ではないが、かなりの頻度で関東管領の山内上杉なり、河越の扇谷上杉なりに軍役を課せられる。世の中の仕組みとして、山内上杉の配下であり、扇谷とも関係を丸く保つ必要がある。対北条戦への合力が第一。一昨年までは管領家と古河公方との揉め事への出兵もあった。そういう流れで、今の御館様に抜擢されて、戦奉行をズルズルと続けている。兵500・うち馬30頭・弓30張りの兵役を続けていて、今年は何もなさそうだと安心していたところだった。

 今までも御館様自身も、ご家老衆も、総大将が采配を疎かにしたことはないから、困ったことはない。だが、2500の軍配を握るとなるとかなり緊張する。兵種と家との関係がはっきりしたため、戦奉行としての補佐はかなりやりやすくなった。だが、どう戦おうとか、なかなか絵図が描けぬものだ。雑音なしに戦場となる所を見ておきたい。


 四方村の集落を主街道沿いに通り過ぎ、郡境に立つ。

 津山家と公式に争いはない。同じ国守の配下にある。だから、郡境にも関所はない。武蔵全体の一の宮である大宮(氷川神社)、道灌時代に主要な城下町となった江戸、その目と鼻の先の漁港である日比谷、武蔵国最古の名刹である浅草寺といった南の拠点と、内陸の上州を結びつけるのが、氷室郡と田上郡で、少なくない人の往来がある。いわゆる中山道である。

 どうでも半数の兵力で津山家からの攻勢を凌ぐのなら、中山道を遮り、郡境沿いに陣を連ね、扇谷・山内の両上杉家の介入を待つのが一番だろう。左右に深い森があり、回り込まれる危険がない。ただし、消耗は大きく、介入が遅ければ、擦り切れる。辛勝が精一杯で大勝は望めない。


 やっぱり下策……勇ましく戦うだけだ。


 馬首を東に巡らせると、城の北北東の鬱蒼とした森に着く。四方村の諸集落を南に見て田んぼや畑の間の細道を通り、森のそばに来る。近づくに連れ、がつがつこつこつ木こりの音がする。トントンと大木槌を使って土を踏み固める音がする。目を凝らすと、十人ほどの人足と三人の侍がいる。


「左馬助殿ではござらんか?」

「おお、和泉守殿」


ぶるるーという馬の鼻息とともに拙者が話しかけると、図面に目を落としていた侍が一人、顔を上げ、返事をした。


「ここまで道をつけておるのですか?」

「騎馬は無理でも徒立ちの兵は行き来したり、伏せたりできるようにと。ただ、御館様のご要望は騎馬武者の伏兵も置けるようにしたいとのことで……難儀しております」


 もちろん、戦奉行であるからには、左馬助殿の今の役務は知っている。だが、何をどこまでという、全容が知らされていない。しかも、本来なら非常時の臨時職だったはずの戦奉行と、本来なら定職の作事奉行が入れ替わったような数年間で、互いの接点がなかったという思いにとらわれてしまった。ちょっと感慨深い。


 今立っているところは、最前部の茂みの後方一丈から二丈にかけて、木を伐り倒して、人がすれ違えるくらいの道ができあがっていた。まだ、木の根が残っていたりとか、不備は散見できるが、突貫工事にしては見事なものだ。木の前の茂みは残してあるので、伏兵が隠れることができる。


「郡境ギリギリに、街道への出口を開けて、この伏兵道は完成です」

「すごいな、ここに兵を伏せておけば……」

「案内して進ぜよう。このまま、南へ向かってくだされ」

「よろしくお頼み申す」

「境から二里はない。一里半とちょっとに西に向けて開けた道があります。そこまで、この南北の道が付いてます」

「敵は感づいてませんか」

「津山家は一門の将の質は低いですが、家老と奉行の質は我が家中とどっこいでしょう。気づいていないわけがありません」

「ああ、なるほど。そうなると……気づけば、誰も攻ようとは思わなくなるということですかねえ」


 実際はさまざまな策謀が動いていて、敵味方が一番考えなさそうなことを言ってみる。咄嗟なので棒読みに近いが。正直、どこで密偵が聞き耳を立てているかわからない。迂闊に自分が考える最善の方法を言うわけにはいかない。


「いやあ……しかし、すっかり秋めいていい天気だ」

「御館様もできるところまででいいという話なので、完全に休養がてらですよ」


 すっとぼけた世間話で小半刻……森に道が開け、これは街道に兵を押し出すためのものだろう。この幅は、騎馬なら2列、徒立ちなら4列は押し出せる。

 郡境からここまでにぴったり敵の隊列を収め前後をふさいで……などと考えるとすごく愉快だ。


 森の中に分け入ると、井戸や窯のようなものや、厠付きの宿舎、屋根付きの兵糧置き場はできている。


「兵糧は本格的に蔵を建てたいし、厩は作業用の馬の分しかできてなくて、そこまで作業は届かないでしょう。罪人まで投入して、五十程度の人手は何とかなったし、ここ自体が戦場にならなければ作業は続けますがね」


 3棟目の宿舎なのか、壁の板張りが間に合っていないところが、仮の本陣といったところで、今は誰もいない。やっと左馬助殿の本音が出た。暢気な表情の御仁だがぎりぎりまで追い詰めて仕事をしている。どこもかしこも人足が足りないという声が聞こえるなかで大健闘だろう。


「これだけできていれば、どういう策かは見えてきます。敵が上手く引っ掛かってくれるかという話はあるとしても……」

「せっかく作ってますから……上手く砦として使えれば、作り手としては嬉しいですがね」

「御館様の想定する策は完全に理解したのですが……。どこまで敵が乗ってくれるかは、田上城の軍議しだいでしょうな」


 今日の敵の軍議で、28日か29日の出兵と相なってくれるとよいのだが。多分、合戦当日にならない限り、私の不安は消えないのだろう。

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