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38 氷室郡大沢村大鍛冶場・六助の大量生産

8月8日


 鍛冶の商売の方向性がやっと理解できてきた。

 売り物の幅が大きく広がるのだ。

 まず銑鉄を山ほど作っている。これは砂鉄を炭火で熱し、さらに火狐の力を借りて、通常の3倍くらいの速度で精錬する。三日三晩かかるところを、正午に焼き始め、翌日の正午には赤熱した銑鉄の塊を、鍛冶場の前に作った池に放り込んでいる。それで冷えた塊が他の鍛冶屋に売れる。


 次に銑鉄を熱して、まあまあ精錬した軟鉄にして、鋳物を作る。鉄瓶や鉄鍋などの日用品だ。それと、軟鉄の鉄板をいろいろな厚さで作っておくと、これもまた鍛冶屋に売れる。

 同時に鋳物と同じ要領で原型を作り、鋼にするまで鍛造していく製品がある。それほど硬度を要求されない農具や足軽なんかの雑兵が使う武具・防具の類だ。

 そして、この過程で更に選別される本物の鋼を使い、武芸者向けの武具を作っる。もちろん、これも自分たちで仕上げるのではなく、鋼の板や棒として、他の鍛冶屋や武具屋に素材として卸売りできる。


 鍛冶場の朝。炉を据えた場所には、ずっと熱気が立ち込めている。


(休む間もない)

「やっぱり式神でも疲れ知らずというわけには行かねえですよね?」

(全然平気だ。言ってみただけだ。とは言え、隆之介か、おせんに、朱雀の眷属を別に呼び出せと言っておいたほうが良いかもだな。炉が増えると、わしだって気が散る可能性がある)


 今いるのは、大鍛冶場。

 元々はわしが営んでいた小鍛冶場で、銑鉄づくりや鋳物づくりをするため、最初にわしが土台を作ったたたら炉がある。そこに大型の先生方の助力で土台を作った炉ができた。この二台を囲うように柱を立て、屋根をつけた。壁はないが、晩秋までには、風除け程度の板を壁に張りたいと思っている。

 火狐の力で、たたら(ふいご)が不要になったから、大鍛冶場の炉は、単に一番炉、二番炉という風に呼び方を改めた。

 今も作業場の後ろの林を切り開き、木を木炭にしている。そしてそこに新たに三番炉を作る予定である。4人の小作が副業でやっていた木こりと炭焼きの専業になった。4人で一組の仕事にして、出来高で給金を払っている。

 土の式神も呼び出す機会が増えた。炉は銑鉄を作る過程や精錬を進める過程で、火に焼かれてやせ細る。高温で短時間で作るので、二度使いは無理だという結論である。

 ただし、火狐はこの鍛冶場に常駐しているが、炉を作る時に隆之介さんが呼び出す土の式神の勾陳の下っ端で土竜もぐらの化身、地竜ちりゅう)は、鍛冶場に居ついてはいない。一回ごとに呼び出す必要がある。炉づくりのための粘土堀りも、常雇いにしておいた方が良いかもしれない。


(まあ、お前と半兵衛が、式神と会話できる力があって良かったな)

「呼びました?」


 ちょうど半兵衛がやってきた。庄屋の久兵衛に願って、この鍛冶場の常勤で、わしを補佐することにしてもらった。

(いやいや、ただ六助と話していただけだ。ただ、ちょうどいい。明日の午後にも一番炉は銑を取り出す。二番炉も鋳物が一息つくから、作り直しにかかろう)

「それじゃあ、城下町の方に使いを出しておきますよ」


 弟子の半兵衛の存在は、今は大きい。武具の小さな部品で、同じ形の物を作ることにいい考えを出してくれた。鋳物を作る型を作る才能がある。炉づくり、型作りの両方に力を発揮している。隆之介さんに弟子入りして、土の式神だけ使えるようになれないかとか相談している。

 わしは今50歳。35歳までに2男3女の子供を作ったが、長じたのは十年前に嫁に出した長女だけだった。半兵衛を息子と思って、先々はここを任せたいと思っている。それまでに、半兵衛にはいろいろ学んでもらわねばならん。


(ちょっと思ったんだが、お前ら、ちゃんと注文と仕事の流れを掴んでいるか?)

「頭に入っておりますよ」

(いや、お前らで、どの注文が、どの程度できているのか、書き付けておけ。いろいろ作りすぎている。忘れたりすると厄介だし、後々、仕事の流れがこんがらがるぞ。六助は、読み書きできるか?)

「かなは書けます。漢字は簡単なやつだけですが。ああ、なるほど、ちょっと待ってくださいよ」


 地面にいくらでも転がってる、大きめの木炭の破片をわしは拾う。半兵衛が、壁材用に確保していた板を持ってくる。


「えちごや てつなべ大 百だい////////// //////////」

「おしろ やじり 五千こ(一本 百こ)//////////」

「おしろ なんてつうすいた はんじょうじき 百まい//////////」


「注文元と注文の品、いくつ作るか。それで棒線はいくつできてるか。鏃の注文は数が大きいから、棒一本で百個。十本で千個」

(六助は頭がいいな。町の商家に生まれて、その年まで商売をやっていたら、もっと大儲けできたぞ。わしの思いついた通りのことだ、それは)

「こうして書き出していけば、先々何をすればいいかの目安になリますね」

「越後屋さんの注文の大きな鉄鍋、100個ってことですか?」

「半兵衛も読み書きできたのか?」

「いや……今やってる仕事で、20個できてるのが、鉄鍋だったなあって思ったんで」

(お前は、字を習え。そうすれば六助がもっと助かる)

「面倒くさそうですが……わかりました」

(字を覚えると、陰陽道のことも学べるかもしれないぞ)

「そうなんですか?」

(ああ。お前が字を読み書きできないのは、今まで習ったことがないからだ。習えばできる。できれば、やれることが広がる。六助や隆之介みたいになれるぞ)


 小鍛冶から、カンカン音がし始めた。今は職工を10人ばかり雇っている。必ずしも鋼ばかりではない。お城からは軟鉄を鍋や釜よりも薄く叩いて伸ばした、大小さまざまな板の注文が入った。江戸方面にお城が販売するそうで、勘定奉行様がこの鍛冶場に直に足をお運びになった。そこで、元は近在の村で小鍛冶をやってる連中が、銑鉄を買いに来たときに口説いたのだ。自分の村で受けた注文も、ここで材料費を払って作っていいということにして。

 この注文がいいのは、自分たちで販路を広げる必要がなく、鋼の製品を作るほどの手間も求められていないことだ。あとは売った先で、そのまま使うなり、また熔かして鍛えるなり、思うように使えばいい。そうした職工どもに、小作の手伝いを一人づつつけて、鉄製品を続々作る。

 庄屋の久兵衛が鍛冶を村の生業にすると言い出したときは、正直、期待などしていなかった。だが、久兵衛は町から先生たちを連れてきて、借財任せにせず、私財も投じた。大した奴だと思う。

 このまま、この村を関八州の鉄の名産地にしてしまいたいものだ。


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