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35 仙術師・栗原享之の新任務

8月5日


「仙術師の『隊』ですって?」

「無理か?」


 備後守様を亡き者にして、柴田様の食客の立場に戻ったが、もう柴田様個人の客ではなく、城の客となってしまった。今晩とても、お城のご家老衆の応接の間で御家老お三方にお酌をいただきながら、9月の天候の見通しを問われ、それで終わりかと思えば、本筋は別にあったという寸法だ。

 俺のような仙術師、陰陽道の陰陽師、神通力のある神主、法力のある僧は、実際は滅多に表れるものではない。


「私の程度の力の持ち主でも、この城下町に2人といませんよ。実際、城下をいろいろ回っても、いくつかの寺の神主や住職くらいでした。力のある者に一定の方法に基づいて、きちんと鍛練を施していかないと、戦向けの技までできません」

「それほどに難しいのか」

「私は念じて物は動かせます。備後守様の肝の臓を役立たずにしたのもその力のお陰です。それはちゃんと血の流れを読む力もあって、どこで流れを止めるかを判断して、そこに力を適切にくわえられるからです。薬の力も借りました。しかし、一瞬で大勢の命を奪える技は、人の力では早々に為し得ません」

「式神などすごい力を持っていると聞くが……」


 今の問いを発した本多飛驒守様は、今日初めてお会いする。城下では愚鈍と言われているが、なかなかどうして……「しっかり者」という印象だ。


「あれは陰陽師が、半神とか、半ば物の怪という存在を呼び出せるから強力なのです。たとえば十二天将の朱雀を相当に高位の陰陽師が呼び出せば、氷室郡に向かって広がる森を焼き払うのも造作ないですが……でも、そこまではお望みではないですよね?」

「領土を増やすための戦いだ。焦土の地を得ても何にもならん」

「ただ、私の見る限り、ご城下には本物の陰陽師はおりませぬ。陰陽師以外だと、諏訪神社の神主の鴫沢様は、建御名方神を降ろせますが、私利私欲のために従わせることはできないでしょう。西福寺の和同様の気は凄いですが、破魔には良くても、大勢の人を相手取るものじゃないですね」

「実は寺と神社界隈は、ごたついていてな」

「何か訴訟沙汰ですか?」


 内匠頭様がニヤニヤしながら告げたのは意外な話だ。


「久保多村の全滅の件は知っておろう? あれは九尾の狐の仕業じゃと」

「何ですって?」


 私の真面目な反応に、淡路守様がやっぱりという顔で応じる。


「だから、ある程度は鴫沢殿と和同殿の言う通りにすべきだと思うぞ」

「お二人は何と?」

「九尾の狐の討伐こそ最も優先させるべきじゃと」


 内匠頭様は何が何でもにこやかな風情のままで話を続ける。


「鴫沢殿と和同殿は、それぞれの総本山に九尾の狐の復活を伝える使者を出している。諏訪大社にはとうに着いているだろうし、京都の常念宗・本念寺にもそろそろ着く頃合いだ」

「2人の話では、九尾の狐は倒されて殺生石に変化して、それを砕かれた。だから、そのままの姿では復活しない。砕かれた大きい部分の魂が人に憑依しているという」

「ははあ、一目にはわからないわけですね」

「傾国の美女に化けていた妖怪だから、妙齢の女子に取り憑いているだろうと言うんだがね」

「才能はあっても、私たちのような商売に巡り会えず、埋没する者はおります。そういう者には、希に人外の魔を引き寄せる者もおります。才能が大きいほど、強力な大妖を招き寄せるものです」


すると、内匠頭様がニヤニヤ笑いながら、恐ろしいことを口走る。


「飼い慣らして、戦に使えんかな?」

「たちの悪い冗談じゃな」


 飛驒守様が常識人らしく打ち消しにかかる。


「以前は国を傾けるほどの妖怪だったのだ。五百人の村を潰すくらいでも、恐らく昔ほどの力はあるまいよ。領内の術者を総動員すれば、抑え込めるのではないか?」

「やめておけ。人だって器に収まらずにはみ出すものが出て、それで下剋上の世だ。妖怪などどこまではみ出るか知れたもんではない」


 内匠頭様が再反論し、淡路守様がもっと保守的な意見を唱える。内匠頭様が極論を述べて、二人が収めるというのが、この三人の意見調整の仕方なのだろう。

 飛驒守様が意見を再度投げてくる。


「京や信濃から坊主や神主が山ほど来て、郡内のことをあれこれ嗅ぎ回るのは御免こうむりたいな。見目麗しい巫女さんがたくさん来るのなら、眼福だが……」

「狐が本格的に動き出すと、何をするのかわかりません。探査は進めた方がよろしいのでは?」

「城内に適任者はおらん」


 内匠頭様は断言する。


「お侍のなかにそういう霊的な感知力がないとは限りませんが、鍛錬で身につけている方はいらっしゃらないでしょうね」

「侍にはいない、坊主や神主以外がいいというのなら、わしには1人心当たりがおる」

「わしも1人おる」

「わしにも、心当たりが1人、今日できた」


 いやな予感がした。

 三人が一斉に私を指差した。


「お主だ」

「騙されませんよ。お戯れが過ぎます。最初からそのつもりだったのでしょう?」


 3人とにやにや笑っている。


「すまぬな、童子のころからの付き合いなので、ついな。上手く話が進みすぎた」


 一番にやにや笑う内匠頭様が、あっさり白状する。


「飛騨守に借りがあったので一杯奢るという話のついででな。いや、すまぬ」


 そういう淡路守様はお父上の謀殺の片棒を担いだという心のしこりを、すでに取り除けているようだ。


「実際のところ、坊主と神主以外では、わしらも適任者を知らんのでな」


 真面目そうな飛驒守様までそんな具合だから、この三人の仲は盤石なのだろう。


「ここは一つ頼む。城下に潜んでいないということがわかれば良い。城下にいるのなら潜伏場所を知らせてくれればよい。払えとか、殺せとか無理は言わん」

「わかり申した。御三人様のお芝居も楽しませてもらいました故。それとは別に報酬はいただけるのですよね?」

「明日から10日間で、一貫払う。どうじゃ?」

「10日かかれば、1日100文じゃないですか」

「10日かからなければ、その分が、成功報酬になる」

「2貫にしませんか? 」

「前金で500文。見つけたか、10日で追加1貫」

「わかりました。九尾の狐探し、お引き受けします」

「それでは、よろしく頼む」


 偉い人3人に頭を下げられるとは、気分がいいものだ。

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