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33 津山家次席家老・本多飛騨守吉保の実力

8月3日


 着々と出兵準備は進んでいる。

 その準備のなかで、わし、本多飛騨守吉保ほんだひだのかみよしやすが御一門や家臣に軽んじられているのはひしひしと感じている。内匠頭と淡路守に挟まれた凡才だと。だが、3人の関係は悪いわけではない。揃って竹馬の友だし、譜代の家老家ということで、付き合いだって家ぐるみだ。気安い飲み友達でもある。家老在任期間で3家老の席次を決めるという習わしがあるから、内匠頭、私、淡路守の序列がある。だが、3人だけなら、俺お前の間柄だ。


「吉二郎が備後殿の謀殺を後押してくれなかったら、俺も手をこまねいてるしかなかった」

「親父の初七日法要ですっかり吹っ切れたが、湿気ったときではなく、出兵の気勢を上げる宴会にしてしまえと助言してくれたのは吉二郎だ」


 吉二郎というのは俺の初名であり、こうやって初名で気安く呼びながら、おだて上げに来るということは、また何か悪巧みがある。現状、自分は内匠頭の戦の準備の実務を助けていて、勘定奉行を補佐に、理財と物質調達は俺の決裁で回している。総括の内匠頭には事後報告だけにして済ませないと、折衝が立て込んで、奴が潰れてしまう。今も勘定奉行の持ってきた文書を確認していたら、二人が平伏して割り込んできたのだ。


「源吾と権左がそういう態度を取るのが気に食わない。何か願い事なら、一席設けて奢るくらいしろ」


 源吾は内匠頭の、権左は淡路守の初名である。権左は、家督を継ぐまで官職名を名乗らなかったので、弥右衛門の名が通っているが、元服時につけたあざなである。


「ここが城中で一番、秘密が漏れにくい場所だからな。許せよ」


 内匠頭はにこにこ顔をいつも崩さない。


「性急な連中を抑え込まねばならんのだ」


 淡路守は父親が乗り移ったかのような怖い顔だ。


「おー、出兵を早めろって周防守様が言い出して、御一門に根回ししてるらしいな」

「吉二郎のとこにも何かあったか?」

「いや、何も。さっき勘定奉行が決裁の書き付けを持ってきたときに、世間話として聞いた。何度か御館様に直談判したらしいな。御一門は俺を軽輩扱いしたいようだから、別にどうでもいいと思っとるんだろう」


 一門がまとまって出兵の早期化を主張すれば、20日あたりに動き始めろという話になるか。


「御館様の腰が座らん。堀部の密偵が城下にいただの、郡境の森に堀部が何か建ててるだの……何のために郡内の兵を挙げての出兵なのか、わかっとらん。まあ、お前という人間の価値もわかっとらん、一門もぼんくら揃いだな」

「という具合の内匠頭の話を聞いてしまうとな。10日の軍議に向けて、家老と奉行は結束するべきだ」

「わざわざ言いに来るとは、奉行が切り崩されてるな?」


 定例の軍議は、一門が4人、家老が3人、奉行が町・郡・寺社・作事・戦・勘定の6人が出る。近年、内匠頭の意見で相当に役職を減らしたが、出兵を巡る力関係に影響が出ている。郡奉行と作事奉行は久保多村の変事の後始末に忙殺され、出兵に反対を言い出しかねない。勘定奉行は、奉行職からの一門の排除のために、我ら三人の声がかりで就任したから、こちら側だ。だが、町奉行、寺社奉行、戦奉行が一門の意見に乗ると、あっさり御館様も転びそうだ。


「信濃屋の密偵の一件がまずかった。信濃屋は行き方知れずで、息子も姿を消した。番頭を拷問したら、信濃屋自身と息子と番頭が密偵だと吐いた。そのお陰で、町奉行と戦奉行が堀部を撃つべしで態度を強硬にして、一門の側に回った。一方で、寺社奉行の腹がわからない。久保多村の件で、坊主と神主が九尾の狐の復活を言い立てているそうだ。その詮議を城でもやるように寺社奉行にねじ込んでいるらしく、難しいことになりそうだ」


 治安・間諜関係の話は権左に集まるよう家老の権限の配分を組み立てたが正解だ。城内の勢力関係も含めて状況を分析できている。こいつをただの武辺と思っている敵は痛い目をみる。


「10日早めると人足が揃わない。源吾が口を酸っぱくして、御館様に吹き込んでるところだが。勘定奉行だけでなく、作事奉行、郡奉行の書き付けを見ても人手不足が深刻だ。各家の奉公人なり、足軽なりに輸送人足をやらせるのなら話は別だが」

「戦奉行が郡境に物見を出したら、向こうさんが砦を作っているのが本当だとわかってな。御館様も、腰が座らなくなった。戦奉行の態度にも影響している」


 揺さぶられているな。むしろ砦など、関東管領への叛意の表れと非を鳴らして攻め込む口実にできるのに。心に余裕がないな。倍以上の戦力を集めただけでは勝てんが、圧倒的優位に立ってるという余裕がないから踊らされる。


「いっそ戦をやめたいな。郡奉行と作事奉行と語らって、寺社奉行も引き込んで、第三派を旗揚げするか?」

「あんまり笑えない冗談だぞ、吉二郎。それをやっては出兵が早まるだけだ」

「わかってる、源吾。ともあれ、岡田以外の奉行を3人、こっちに引き止めないと」

「1人ずつ、話していくしかないだろう」


 3人で利害が一致しているときに、根回しをするのは俺だ。源吾は知恵者で警戒されるし、権左は強面すぎるから、俺が「丁度よい」ということなのだ。これまでも、備後殿や御一門に若手でまとまって意見を通すときには、俺が暗躍(笑)してきたのだが、反対勢力にその動きは見えてこなかったはずだ。


「周防守殿なんか、露骨に吉二郎を軽く見るからなあ。実績で源吾や俺に及ばんから、上に立ちたいということなんじゃろうが。その辺、わかっておらん」

「中庸という言葉が大事なんだがのう」

「おだてても何も出んぞ。とにかく、10日までに奉行衆を説得してみる」


 武威は権左に及ばず、知恵は源吾に及ばず。だが、それゆえに、俺ができることは多い。半端者は器用貧乏のようだが、世の中を上手く回していく次善の者として重宝されるのだ。


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