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30 堀部家勘定奉行・渡辺織部助忠泰の憤懣

7月30日


 金が足りない。

 戦奉行は兵種統一に対する報奨金を出せという。

 作事奉行は郡境砦の給金・経費の上乗せを書状で訴えてくる。

 町奉行と郡奉行は、火起請・湯起請禁止に伴う訴訟増大に対する経費拡大への手当を言い出す。

 そういうことは、一度、勘解由様のような人格者に丸めて頂いてから、勘定方である拙者、渡辺織部助忠泰わたなべおりべのすけただやすに投げて欲しいのだが、正副の勘定奉行職は御家老衆を介さず、御館様直属なために、各所から面倒な金勘定問題が直に上がってくる。副奉行は「私は織部助様の算盤でござる」と査定や折衝に不介入を決め込んでいる。人に憎まれるのは拙者ばかり、お陰でこの3年で随分と人と為りが悪くなったと思う。


「いちいち取り合っていたら、金蔵がいくらあっても足りませぬ」

「織部助、頭から湯気が出ておる。少し冷ませ」

「冷めませぬよ。勘定奉行も、譜代の家臣から出しませんか? あるいは、どなたかご家老の下に置いてもらって。その方が楽でござるよ」

「金のことは微妙だし、余が何でも言える仲の者に握っていて欲しいんじゃよ。だから、直臣・旗本で乳兄弟のお前が一番と何度も申しておる」

「普通なら、金勘定が『なあなあ』になりかねない関係ですけどね」


 つまりは、同い年で乳児のころからの腐れ縁であり、御館様が関東管領のところに人質で出された幼少のころも小姓として側に使え続けた。二人とも女好きであったが、衆道の間柄と見られた時期もあったもので、この三年で「そういう風に見ていたは間違いだった」と言う御仁も少なくない。今は、それくらい御館様と角を突き合わせている。


「お前が君臣をわきまえぬ口のきき方で、財布の紐を締めにかかることは、城中の誰もが先刻承知じゃ。兵種統一を詮議した軍議の際には、恥をかいたぞ」

「改めて申しておきますが、石高にして概算で総計3600石を御一門と家臣の皆さんに与えております。この件で360石相当を銀子で与えます。大まかに1石1両として360両ですが、相場は水物です。城中の米は、できるだけ高い時期に売るようにしていますが、9月1日の米相場は高くないようにと祈るばかりですよ。そういう計算をもっとして欲しいのです」


 わしは領地を持たず、金銭の扶持をもらって使える身だ。戦に出るにしても身一つだし、領地持ちに皮肉を効かせた意見を言える数少ない存在だ。それに恥をかいたと言っても、ニヤニヤ笑いながら受け流したくせに。だから、月末支払いの決裁をもらうために御前に来たついでに、まとめて苦言を入れねばならないのではないか。元々はあんたの我儘に付き合っているのだと。


「しかし、必要なものは必要じゃ」

「郡境の砦もですか?」

「ああ」

「人足や大工の雇い入れだけで、完成までに1000両近くかかります。木材は現地でただで手に入るとしても、他の資材で300から500両かかります。食料は城から出しましたが、それだけ兵糧が減ります」

「じゃが、これがあれば、津山の手の者にひと泡吹かせてやれる」

「5000対2500ですよね」

「ああ、領地を荒させない。だから、野戦で決するよ。野戦で負けたら、即開城じゃ。長い戦にはしない」

「自暴自棄になっておられませんよね」

「佐々木の軍制改革は、少数で多数を破るのに絶対に必要だ」

「なぜ郡境の砦は必要です?」

「郡境の街道で津山の手の者共を押しとどめるためだ。砦の南の四方村を超えられたら、我が方はおしまいだと思っている」

「それだけでは、ちょとわかりませぬ」

「森のあるところで、敵を横撃分断し、弱い部分から囲って殲滅していかないと勝ち目がない。郡境のところで仕掛けないとその機はない。それで3000対2000くらいに戦力格差を縮小したところで、四方村に前哨線を敷き、そこに敵が攻めかかって来るように、もう一策ひねる。もちろん、確定していないぞ。状況によって策は変わる」


 いいだろう。氷室郡も田上郡も、米の取れ具合はよく相場は安いが、北条との戦が厳しく、米の収量が落ちている江戸や河越方面で販路を伸ばそう。もう中手の収穫が始まった。郡外への売出しが、どれくらい儲かるか、古米と早稲の引き合いを確認したいところだ。

 1斗が120文で売れるなら、小躍りして喜びたいくらいだ。


「わかり申した。金策は何とかして見ます。この戦が勝ち戦になったらお願いがあります」

「何じゃ?」

「勘定奉行の任を解いてくだされ」


 この希望を聞いて、にこにこ笑ってるのは予想していたからに違いない。


「良いぞ」

「ありがたき幸せ」

「ああ、あとな、勘定というより、理財に関してはいい知らせがある。勘解由に話を聞きにいくといいが、大沢村で鉄や鋼を大量に作る大鍛冶場ができた」


 思わず舌打ちした。それに対して城から出資するという話に猛反対したからだ。結局、勘解由殿が間に入って、御館様の私財から金を出すという話でまとまった。あれがこんなに早くできたのか。


「勘解由と村の庄屋とは武具関係の生産を優先させると約束したんだが、そこんとこ村の方ときちんと詰めてくれ。あと余が金を出した分、余の懐に返って来るように工夫してくれんか?」


 最後の一言に関しては、御館様には、極端な話、月に1文でも入るようにすれば良いという意味だ。そんなにこだわっていないが、私材で投資という話をまとめた拙者への牽制だ。鉄製品を安くできるということを、どう儲けにつなげるかは、やはり周辺にどう売るかだ。川口あたりには優良な大鍛冶があるが、それと競争して、やはり江戸や川越に売り込むことになるのか。津山家と戦がなければ、まずは田上城下に売り込み、さらに上州に販路を拡げたいところなのだが……。


「できるだけ早く話をまとめます。それでは御免」


 勘解由殿はすぐにつかまるか……できるだけ早く話を聞かなければ……。


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