02 氷室郡内 陰陽師・佐藤吉之助義安の事情
7月2日
「大丈夫ですか? 先生?」
「案ずるな。あとは自然に熱が下がる。ほどなく目も覚め、食欲もだんだんと回復するだろう」
私は、氷室城下の町に住む佐藤吉之助義安という陰陽師である。だが、この城下では、医師として名が通っており、自己紹介のときもそのことを優先する。今も城下の村の1つで、大病を患った村の庄屋の息子の診察をしているところだ。熱はまだ高いが、呼吸はゆったり落ち着き、表情は穏やか……昨夜、訪れた時点で七転八倒していたのだが、投薬といくつかの経絡の指圧で苦しみを押さえ、今朝がた峠を越した。流行り病でなかったのもよかった。
「先生のような方が、城下にいてくださって、本当に助かります」
庄屋に礼を言われ、自然に顔がほころぶ。
病は気からと言うが、体に悪影響を与えている気が何かを見極め、その気を弱めたり、対抗できる気を入れてやれば、体は力を取り戻す。庄屋の幼い息子は、悪い木の精が体内に入り、呼吸器を病んでいた。この場合、体の火の精を強くする薬や気を入れると、しばらく熱が上がる。だが、それが木の精を滅して、体調を早く取り戻せる。
陰陽師は、こうした木火土金水という五つの自然の要素を現世に引っ張り出し、それを人間の役に立つように一時的に利用する。なかでも「式神」と呼ぶ霊的存在は一部の姿が禍々しく制御が難しいがゆえに、多くの人々が陰陽師を恐れている。しかし。大半は今回のように式神を出すまでもない。
「いろいろできるから、病気や怪我と言わずに何でも呼んでくれ」
帰り支度をしながら、庄屋の久兵衛に宣伝する。
陰陽師はその方法論を探求するうちに、さまざまに自然に触れ、周辺の学問領域に重なる部分にも知恵と知識を多く得ることができる。私の場合、人体や動植物に関しての体系的知識もそうであり、医術や薬にも詳しい。だから医師としても働ける。ただ、陰陽師は毒にも精通し、「蟲毒」などの滅多に使わぬ特殊な技術の悪印象から、人々に恐れられている。だから医師という触れ込みは大切なのだ。
「坊さんや神主さんの加持祈祷もなかなか通じないことがありますんで、今後ともお願いします」
「病に対してだけでなく、作物の病虫害とか、物を作ることとか、実利的なところでも相談に乗れるからな」
「はい、そん時は、ぜひ相談に乗ってくだせえ」
1週間分の米代になろうかという金と、背負い子にいっぱいの米と野菜……今回の報酬を受け取りながら、百姓にとって助かりそうなことを言ってみる。加持祈祷の類で効果のないことも、陰陽師ならなんとかできたりもする。陰陽道には神道と密教系の仏教の影響はあるが、今ははっきり坊主も神主も商売敵だ。
このような状況だから、医術・医学というところから、仕事の印象を好転させていかないと、おまんまの食い上げである。今は術法も発達して、式神を呼び出すのに式札(和紙製の御札)もいらなくなった。だから、ことさらに陰陽師であることをさらさず、人のお役に立つ呪い師という立場で、世の中に浸透していけばよいのだ。
とは言え、生活は厳しい。金持ちは加持祈祷に頼るだけでなく、技術の確かな医師と高価な薬を使うが、我々の相手は中流以下の人々だ。今日の庄屋など出してくれた方だ。2週間分も大人が食べる心配をしなくて済むだけの金品を出してくれることは滅多になく、貧乏人は盆暮れにビタ銭何枚かだとか、酒1瓶、飯1食ということも少なくない。
今日だって、せっかく郊外に呼ばれて出かけたのだ。ついでに里山に分け入り、以前に見つけていた群落から何株か薬草を調達していかなければならない。新しい別の薬草も見つけたかったが、それには荷物が重すぎたので断念した。30を越した肉体は、まだ衰えを知らなかったが、無駄に酷使もしたくなかった。
「先生、お帰りなさい」
「おう、戻った」
町の呉服屋である越後屋の裏手にある仕事場兼住まいで出迎えてくれたのは、妻であり弟子の、おせんである。
この町に流れてきて看板を出した五年前。近在の商人、越後屋の病を治した。すると長患いで商売ができず、治療代に払うものがなく、15にならない娘を差し出された。婢代わりにということだった。私はその美しさに負けて手をつけてしまい、情も湧いたので、すぐに祝言をあげた。
私がおせんにぞっこんになったのは、美しいだけでなく、利発で強い精神力に恵まれていたためだ。滅多なことでは陰陽師になれる資質のある者には巡り会えない……私にはこの娘を育てることが、面白くてしょうがなくなった。
だからだろう。夫婦になって五年を経ても「先生」と呼ばれ続けている。
そして、今は越後屋と組んで、細工物のための冶金を手始めに、鍛冶屋や細工師と組んでさまざまな金属加工や素材の精錬、さらには薬品薬剤の製造も手掛けるようになった。若い陰陽師、仙術師を雇って、それらの仕事を大きくしようともしている。
そのことで、この城下が大きく歴史の流れを変えるとは、このときには知る由もなかった。