28 堀部家作事奉行・矢沢左馬助秀俊の築城
7月28日
昼なお暗い森の中なら晩夏もまた過ごしやすい。
今、私……矢沢左馬助秀俊は、実に作事奉行職らしいことを存分にやっている。最近は財政を絞り混んでいるので、城の営繕くらいしか仕事らしい仕事がなかった。副奉行の田沢もそうだが、30人からの配下も数人を残して領地に返し、ほとんど百姓として生活させていた。
ところが、俄然、忙しくなった。城の北北東の四里の位置にある深い森の中に、砦を築くように、御館様に命じられたのだ。
敵の城を囲むなど長対陣の際に、寺などの宿舎の借り受けが周辺でできなければ簡易に小屋を立てるので、この手の作業はなれたものである。ただし、14日の嵐のおかげで、早稲、中手の稲の刈り入れを前倒しにする百姓が多くなって、小作の副業で人足をやってるやつらが不足してる。この農繁期に長々と拘束される造営は風向きが悪い。
一日の給金を100文まで引き上げて何とか口入れ屋に30人の人足を集めさせた。むしろ人足・大工の専業者を集めてもらったから質はいい。今は10人の配下とともに、この砦に詰めている。残り20人は四方村での手配の仕事、副奉行とその配下30人は氷室城に残して、城との折衝に勤めさせている。
さらに町奉行と郡奉行の思いつきで、罪人を一定期間、この作業に従事させることにもなっており、近日に数人送られてくるそうだ。
「とりあえず、今いる30人、寝起きと食事に困らない宿舎ができましたね。詰めれば40人は寝起きができそうだ」
「2棟目も屋根はできたからな。雨を避けるには困らん。もう一つも、もうちょっとで屋根は張り終えるだろう」
適地を見つけ、それなりの作りの宿舎を作りながら、周辺の邪魔な木を切り倒し、場所を広げ、百を超すくらいの兵を受け入れる宿舎を建てる。
さらに主街道まで、馬の通れる道もつける。
順次働く者を増やしながら、さらに宿舎、兵糧蔵、物見櫓を建てて、周囲に柵を巡らす。
田上城の連中が出兵してくるまで、やれるだけやれという御館様の命令であった。
「御奉行、罪人を受け入れる牢屋はどうします?」
「面倒くさい。逃げないように見張ればいい。入墨は入れて送るそうだし、それでいい」
「しかし、本格的な工事になってばれませんかね、津山家に」
「ばれても、出兵当日まで何もできんよ。ここは氷室郡内だ。すっとぼけて、開墾と野盗対策の防砦だと言っておけばいい。出兵を早めるなら、それだけ準備に抜かりが出やすい。わしらは油断せず、仕掛けてきたら逃げて構わん」
「じゃあ、宿舎作りと並行して、西へまっすぐ主街道へつながる道をつける作業もやっていきますね」
「そうだな。わしらが入って来た南への道も広げておこう。南から入ってきた百騎ばかりが、西に向け行進中の敵にちょっかいを出すための砦だと思えばいい」
「やることが増えてるんで、いろいろ整理しましょう」
「うん、そうだな」
ちょうど正午の休息だ。壁をまだ張っていない方の2棟目の宿舎に行き、そこに木板を組み合わせて作った卓を囲み、わしと配下の筆頭の高田政右衛門と人足頭の小助が鳩首して書き付けを作っていく。
1、3棟目の宿舎の屋根作り
2、南道の拡幅と整地
3、西道の開拓
4、北道の開拓
5、兵糧蔵作り
6、厩作り
7、斬り倒した丸木で、柵の基礎にする
8、中央の高木を残し、物見櫓に改修
9、宿舎の板壁張りと内装
「正直、8月いっぱいで5番くらいまでですかね」
政右衛門が言うと、小助が答える。
「人足の数が増えれば、もうちょっと行けますがね。一番は、明日・明後日中かな。屋根に板を張って行けるんで」
わしが思いつくままに意見を述べる。
「1、2、3を10人ずつの組に分けるか」
「屋根はあと2、3日でできますね」
「屋根ができた翌日からは、西の道作りに加わってもらう」
「南の組が終わったら、どうするんね?」
「北道作りに着手してもらう」
「なるほど西に道を開くのが、一番大変でしょうからね」
「北道はどうつけるんです?」
「西道の入り口から、木を1列残して、北へ伸ばすそうだ」
「伏兵を通したり、あるいはそこに伏せさせて置くつもりですか」
「さあ? そこは御館様もはっきり仰らなかったな」
「この森自体が、策の塊になりそうだ」
「常に作業が動いているようにしたいが、休養は十分に取らせたい。大丈夫か?」
「持ち回りで日に3人ずつ休ませて来たんで、これからは毎日各組の誰か1人が休むようにします」
「それで良い」
「4組ができるまで、新しく来るやつには、2棟目の宿舎の板壁を張ってもらうかね?」
「自分の寝床になりますからね。張り合いも出るってものだ」
「ははは、そいつはいいや」
「書き落とした。3棟目の屋根張りを終えたら、2棟目の厠作りが先だ」
「1棟目のだけ、糞が溜っては困りますからね」
「今は虫除けに焼いた草木の灰をかぶせて匂いを抑えているが、中身はどこかでまとめて処分しないとだな」
「そういう気の滅入る話は、我々ではなく、近々に『ご城代』になる人にお任せしたいですな」
「いや、まったくだ。わしらは、ただの森の中に井戸を掘り、寝るところ、炊事するところ、虫除けの煙を燻す窯、俵をおろせる場所……それと厠を作ることもやった。あとの地味に堪える苦労は、後任のやつに任せたいね」
「戦が終わったら、周りもずっと開墾しちまえばいいのさ。そうすりゃ、肥に無駄なく使える」
「南の四方村につなぐくらいに切り広げればいいのか」
「そうそう、村に繋げばいいし、刈り入れ後の小作をこっちに引き込みましょうよ」
「買い出しと休日の羽根伸ばしに利用するだけじゃ、もったいない」
「四方村は宿場町って言って良いくらい商売も上手くやってますし」
「ふむ……」
御館様は、城に籠もる気は毛頭ないのだろう。田上城の連中が押し寄せてきたら、四方村とこの砦を使って、野戦で事を決するつもりだ。それこそ、氷室城下まで攻め寄せられたら、開城するくらいのおつもりなのだ。
「そんではもう少ししたら、作業に戻りますかな」
配下の者も、人足も、思い思いの場所で、茶や水を飲みながら体を休ませている。
「お奉行様もたまには休んで、四方村で羽根を伸ばした方がええですよ」
「おお、そうじゃな。士分の10人とわしも、同じように休日を取るようにしよう」
四方村に連絡役を2人ばかり置くように命じておこう。そう思いながら、勘解由殿、副奉行、口入れ屋への要請の文を、わしはしたため始めた。