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27 周防守の城下屋敷・おかつのなかの玉藻前

 城下にある周防守の屋敷は乗っ取った。

 周防守と奥女中はことごとく籠絡し、わたしがもたらす快楽がなければいられない体にした。ただ人を殺して猜疑の目を向けさせるわけにはいかないし、特に周防守は快楽を褒美に凶暴な方向に導かなければならないのだから、やりすぎることのないようにしないといけない。

 わたしの回復には良くない。男女を問わず、人の恐怖を吸収することで、わたしの魔の力――器の大きさは増していく。そして女どもの生気を奪うことで、自分のまじない力の素を回復させる。あまりゆっくりにはしたくない。

 村では200ほどの男の恐怖を吸い上げ、300ほどの女の生気を奪った。そのおかげで、わたしが宿るおかつは、そこらの武芸者が相手にならないくらいの剛力(ごうりき)と素早さを発揮できる。町の坊主や神主くらいでは歯が立たないくらいの呪いを駆使できる。

 だが、村を出てからは、殺したのは1人だけ。おかつとおこうの2人連れなら金をむしり取れるだろうと脅しをかけてきた野盗……全身の関節を外し、血を流さずにいたぶり抜いて殺してやったけど、それっきり。

 だから、力の回復は十分ではない。


「玉藻姉さんて貪欲よね。あたしなら、ここで満足しちゃう」


 おかつが話しかけてくる。この子の庶民っぽい考え方は、わたしの考え方を変えてくれることがある。


(常人以上の力があって、気持ちいいことが不自由なくできて、それで十分?)

「そうよ。だから、玉藻さんの『もっと』って貪欲さ、尊敬しちゃう」

(あら、褒めてるの? まあ、でも急いでも、しょうがないかしらね)


 女中たちも死なせたり、急に老け込ませたりするわけにはいかないから、尻尾からの生気の吸い取りを激しくできない。ただ、今はおこうちゃんがいて、この子はわたしでも呆れるくらいの強靭な精神力の持ち主だから、彼女から生気を吸い上げ、あとは自然に回復を待てばいい。むしろ、私の力を貯める「器」を作る恐怖が足りない。

 今、おこうちゃんは寝ていて、昼番の女中三人をわたしの尻尾が手籠めにしている。一人は夜に極楽のように気持ちよくしてあげるからと言い含めて働かせる。最初は恐れていた女中たちも、今は夜番をこぞって願うようになった。


「周防守が言ってた氷室城への出兵で城下町をめちゃくちゃにしてあげたい。あの町は本当に大嫌い」

(戦は、わたしが力をつけるには一番。何千人って人間が怖がりながら死んでいくから。町一つ壊しながらの戦だと嬉しい)

「あの男、上手くやっているといいわね」

(あんたたちにめろめろだからね。出兵の日取りを前倒しにするって張り切っていたわね)

「戦に行くの?」

(行く。わたしたちが兵たちを際限なく殺し始めたら、周防守様、どんな顔するかしら……んん?)


 誰かいる。庭に面した障子が開いていた。うっかりだ。植え込みの後だろうか?

 使ってなかった四本の尻尾が、不可視の状態でその気配の元へと伸びる。

 初老の男、私たちは見たことがない。商人のなりをしている。わたしの2本の尻尾がそれぞれ左右の足首を、1本が左右の手首を前手で縛るように絡まり、その男を立たせ、手を万歳させて動けなくする。もう一本の尻尾は口に嵌まり込み、声を出せないようにした。


(あはは。大丈夫よ、声なんか出せなくても。触ってしまえば、あなたの頭の中はすっかり筒抜けだから)

「はぐぐ……げ……ぎひ……」


 嘔吐しそうなところギリギリまで尻尾を押し込むと、かなり息も苦しい……恐怖も高まり、私は心地いい。体に触れられれば、人の考えがわかる。この呪いは本当に便利だ。


(氷室城下からの密偵なのね。伍助さん。いつもこの屋敷に味噌や醤油を納めてるんだ)


 拷問する必要はない。でも、苦しめるために腕を引っ張り上げ、体が縦に引きちぎれるような苦痛を与える。死の恐怖から、伍助の頭の中は血の気が引き、思考がどす黒く染まっていく。


「あら、お姉さん、楽しそう」


 おこうちゃんが目を覚まし拷問にさらされている伍助を見て、きゃははと笑う。


「あたしもお姉さんたちのお手伝いする」


 おこうちゃんは庭に降りるための草履をつっかけ、かんざしを一本引き抜いて手に持つと、伍助の着物と襦袢の前を開け、簪の尖った先を胸の真ん中……わざと骨のあるところに突き立てて、ぐりぐりこね回す。

 伍助は声にならないうめき声をあげるばかり。痛みと恐怖心がごくごくわずかだけど、わたしの力の器を大きくする。

 まだ幼さの残るおこうちゃんが、あばずれのような恍惚とした表情を浮かべ、何度も簪を突き立てなおして、赤い斑点を伍助の胸に穿っていく。


 伍助は喋れないけど、その役目は考えを読んでわかった。氷室城主である堀田掃部介から命を授かっている。主席家老や戦奉行といった軍事の枢要の人間しか知らない密偵だ。この男のおかげで、氷室城に津山家の出兵は駄々漏れ状態だ。周防守もそうだけど、あちこちの家臣が陪臣や奉公人にべらべら喋り、それを注文のときに自慢げに出入りの商人に話す。これはなっちゃいない。

 特に伍助の営む信濃屋は味噌・醤油を商っていてそこら中の武家屋敷に出入りしていた。聴き込んだ話や注文数から、だいたい半年は戦える兵糧を持って、約五千の兵で攻め込むと予想していた。周防守の頭の中にあった数字と同じだった。

 そう……これは全部、堀部家に伝わってる。8月の中手の稲の刈り取り後、9月1日を目処に津山家は一気に氷川城下に攻め寄せるつもりだけど、きっとそうはいかないのね。それはそれで、わたしには面白いことだけど。さすがと思ったのは、伍助は自分の息子と番頭以外の密偵を知らないように、堀部家の諜報網は作られていること。繋ぎ役の男がいるけど、そいつは月に一度しか来ない。


(いいわ、それじゃあ、恐ろしい死に方をさせてあげるね)


 わたしは一旦、伍助の口いっぱいの尻尾を、帯留めの紐よりも細くして、喉の奥にさらに差し込み、胃の臓に先を到達させる。

 そして、口のところは再び太くして、声を出せなくする。胃の中で尻尾の先は鋭く尖り、ぐさりと胃の壁に突き刺さり、伍助は痛みのあまり身をよじるしかない。胃の壁を貫通する穴を開け、尻尾の先がそこから抜けると、胃の酸がぽたりぽたりと垂れ落ち、下にある臓物が焼けただれる。

 伍助は体を必死に折ろうとするのだが果たすことができない。目を剥き、叫ぼうにも叫べず、体は硬直したように引き伸ばされている。

 美味しい……ありえない苦痛、苦痛から間近に感じる死、さりとてすぐに死ねずに、どこまでこの苦痛が続くのか予想もつかないという恐怖。

 そして、喉から今での管の中で、だんだんとわたしの尻尾が、固くしっかりした棒のようになり、上半身を少しでも動かすと激痛になり、管にみっちりになると、息ができなくなってしまう。そして、息苦しさに体を悶絶させることもできないまま、管の中のわたしの尻尾は太くなり続け、管は裂ける寸前まで中から拡張させられて……この断末魔の恐怖をたっぷりとわたしは味わった。

 そして、事切れる瞬間……この男の体を、わたしは引きちぎった。


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